第一章⑤

俺の声と同時に聞こえてきたのは、プチトマトを押しつぶしたような破裂音。その音の発信源には、娘を生き返らせるために俺を殺そうとした一人の魔術師だった男が赤い水溜りに変わっていた。

それを見ながら、俺はシンのことについて思いをめぐらせていた。

少し、引っかかることがある。シンはあまりにも魔術師として未熟だった。偶然魔術師になったのだろうか? だが、それだとしたら何故俺とモロのことを知っていたんだ?

魔術師と縁もゆかりもない人間が、偶然魔術師になったのなら、最強の悪魔であるモロの存在を知る機会はないはずだ。誰かから聞いたとしか思えない。

そう思いながらも、今考えても仕方がないと考え、俺は両手を上げて背筋を伸ばした。

「それじゃ、後はお片づけよろしくねー」

「まったく。人使いが荒いのぉ」

やれやれと肩をすくめ、モロが術を発動させた。

魔術師たちは、自分の存在を秘匿する傾向がある。魔術師以外の人に迷惑をかけたくないといったそんな殊勝な心がけではなく、単純に魔術師の数を増やしたくないのだ。悪魔と契約して魔術師になれると知られると、強い悪魔と契約するライバルが増える可能性がある。

契約していない悪魔は普段目で見ることは出来ないが、先ほどのシンの時のように契約を破棄した現場にたまたま人が居合わせられると、その人が新しい魔術師になるかもしれないのだ。

こうした可能性を少しでも少なくするために術を使った形跡はなるべく消し、魔術師同士で争う時も人目に付かない場所で行われ、時間も明け方か深夜に行われる。

こうした隠蔽工作をするための術は、比較的どの悪魔も得意としていた。普段姿が見えていない、人間に気付かれることが少ない彼らにとってみれば朝飯前なのだろう。

戦闘を行う地域に、ふわりとサランラップをかけるイメージだ。この隠蔽工作を行うための術を魔術師の間では、『結界』と呼んでいる。これが破れない限り、ラッピングされている場所に人は近づかず、音は漏れず、物は壊れない。

魔術師以外の介入をさせず、知らせず、悟らせず。陰に隠れるようにして魔術師たちは奇跡を求めて戦っている。

その例に漏れることなく、俺とシンも結界を張った町外れの採石場で戦闘を行っていたのだ。

だが、俺には魔術師がいつ襲ってこようと関係なかった。

いかなる時、いかなる理由があろうとも、魔術師が俺たちを襲うというのなら、容赦なく殺すことにしているからだ。

俺たちに手を出せば、死という結末しかないと言うことを宣伝するために。もう俺たちを襲ってくるなと伝えるために。

そもそも、俺は魔術師でありながら奇跡なんて求めていないのだ。

今俺が手にしている、くだらなくて、なんとなく同じような日が続いて、学校に通って友達と喋っる、そんな日常があればいい。これこそが俺にとっての奇跡だ。

だからこそ、どこにでもありそうな、何の変哲もない俺の日常を脅かす存在は、塵殺しなければならない。

「むぅ? コーイチ。そんな怖い顔をしてどうしたというのじゃ。もっと笑え。コーイチのそういう顔も好きじゃが、妾は笑っているコーイチの顔の方が好きじゃ」

「ふぁからってふぉっぺてぁつぅりあぐぇろのにゃめるぉふょなー(だからって頬っぺた吊り上げるの止めろよなー)」

俺はモロの腕を振り払って睨み付けた。

腕を振り払われたモロは、今度は俺の右腕に絡み突いてくる。

モロは目を伏せ、怪しげな目線を送ってくる。その眼は俺を甘言で誘う、悪魔のものだった。

「のぅコーイチ。そんなに今の状況に不満があるのなら、今すぐにでも神に会いに行(ゆ)こうではないか」

「バカ言ってんじゃねーよ。めんどくせー」

間延びした口調でモロに答えつつ、俺は体を捻りモロの手を避けた。

右腕に抱き付いたモロが、そのまま俺のポータブルゲーム機を奪おうとしていたのだ。

「なんじゃいなんじゃい、ツレナイのぉ。コーイチが望めば、妾は今すぐにでも御主を神の前に連れて行ってやるぞぅ?」

「よけーなことしなくてもいいから」

なおもへばり付いてくるモロを、俺は押し返した。

「つーか、この契約内容じゃなぁ」

「何がじゃ?」

俺が押し返した倍の力で、モロが頬をすり寄せてくる。

「『何がじゃ?』じゃなくてさー。つーかモロ、くっ付きすぎだし。おまけに熱いし、ちょっと離れて俺の契約の代償思い出してみ?」

「契約の代償じゃと?」

しぶしぶといった感じで、ようやく俺から離れたモロは昔を懐かしむようにこう言った。


「コーイチの代償は、御主がマリーンになることを破棄する、じゃったのぅ」


そう。俺は魔術師の誰もが目指す、マリーンという奇跡を起こす権利を破棄することで、最強の悪魔モロと契約を結んでいたのだ。

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