第一章④

その言葉を聞いたシンは、

「……え?」

一瞬何のことか理解できず、

「え……?」

理解したとしても、理解したからこそその提案を自分の中で受け止めきれないでいた。

シンのほうけた顔が絶望に染まる過程を存分に堪能したスパイクは、腹を抱えて笑っていた。

「さぁシンよ! 我と再度契約を交わそうではないかっ!」

「で、出来るわけないだろ!」

目を血走らせながらも、何とかシンは言い返すことが出来た。

「ボクは娘を、セイを生き返らせるために魔術師になったんだぞ! それを、それを諦めたら、ボクが戦う理由はなくなってしまう!」

「そうだな。だがシンよ。ここでお前は魔術師に再度なるチャンスを捨てるのか? 奇跡を、マリーンになることを諦めるのか?」

「……でも、セイのことは諦めきれない!」

「……そうか。それでは交渉決裂だな」

その言葉とは裏腹に、スパイクの顔はまったく残念そうにしていない。

反対に諦めきれないと言ったシンの表情は、何かに葛藤しているようだった。

スパイクは気付いているのだ。もし娘を諦めることを選択すれば、選択することが出来れば、スパイクの術がまた使えるようになる。どう使うか次第だが、それはきっとシンの今後の人生にとってマイナスにはならないだろう。それに元々娘は死んでいるのだ。それを無理に生き返らせなくたって、誰にも迷惑をかけたりしない。娘の両親が諦めれば、それで全て丸く収まる。という、利己的で卑しい打算的な考えが、今シンの頭の中に渦巻いているということに。

スパイクはそんなシンを眺めながら、これが見たかったんだと言わんばかりに口を吊り上げ、下卑た笑い顔をしていた。

その顔は、人間に魂を売り渡すことを迫る悪魔の顔だった。

「さて、そろそろ我は消えるとしよう」

「まっ……!」

「ん? どうした? シンよ。我と再度契約する気になったのか?」

「……」

シンは、思わずスパイクを呼び止めた自分を責めるように顔を伏せた。

それを見て、またスパイクがうれしそうに笑う。

悪魔は鼓を求めて人間と契約する。

だがこの契約が行われてるようになってからかなりの月日が流れた今、悪魔たちの中には、鼓を回収する過程を楽しむモノも増えていた。

いや、そもそも悪魔とは元からそういう存在だったはずだ。奇跡に目がくらみ、悪魔が見えなくなっていただけなのだ。

「ああ、やはり人間で遊ぶのは面白い! 苦渋に満ちた顔を見るのが、我の最高の喜びだ! これだから人間に術を貸すのを止められない!」

「っく! うるさい! もうお前とは契約することはない! さっさと消えろ!」

「はははははっ! それでは我は本当に消えるとしよう。だがシンよ。我と契約したくなったら、いつでも我に声をかけるといい。お前のような愚かしい人間を見るのが、我の楽しみなのである!」

そう言って、半透明だったスパイクの体は徐々に透明化していく。

その姿が消え去る前に、スパイクは俺とモロに視線を向けて、つぶやいた。

「ほぅ」

悪魔が半透明の状態になれるのは、人間と契約をする時と、その契約が破棄された時だけだ。

この状態の悪魔は契約に必要な、人間の鼓の状態、そして既に人間が契約して魔術師になっていた場合、その契約の内容を見ることが出来るのだ。

だから今のスパイクには、俺とモロとの契約の内容が見えているはずだ。

「契約の結びつきが強すぎて、我には細部までは分からんが、お前たち中々面白い間柄のようだな」

そう言って愉快そうに笑い声を上げながら、スパイクは消えた。もうどこを探しても、あの巨躯は見当たらない。

一人残されたシンに、俺は目を向ける。

シンはうつむきながらも、何かつぶやいていた。

「……そうだ。別の悪魔に、鼓を必要としていない別の悪魔を探して契約すればいいんだ。そうすればまたボクは魔術師になれる。マリーンになれる可能性がある。セイを神に生き返らせてもらうことが出来る」

鼓がなくなったからと言っても、それで人間が死ぬということはない。

「……まだだ。ボクはまだ終わってなんかいない。もう一度魔術師になって、あのガキを殺せば、まだチャンスはボクにだってあるんだ!」

だが一度でも魔術師となり、奇跡を追い求めた人間にとって、その奇跡へ至る道が閉ざされたという現実を受け入れるのは難しく、シンがつぶやいていたように鼓を代償として必要としない悪魔と契約しようとする。

そして再度契約を果たせば、また俺の目の前に必ず現れる。

俺の契約した、悪魔の中でも最強と言われているモロを狙って。

だから、


「モロ。殺せ」

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