第一章①
雄叫びが聞こえる。
同時に聞こえてきたのは岩を砕き、破壊する破砕音。
俺が今いる場所は町外れの採石場。周りには特撮映画の撮影で使われそうな、土と岩がむき出しになった山が見える。石を削り出すための機材が動いているならば、騒音がするのも頷ける。
だが今は深夜で作業員の姿もなく、機材も動いている様子はない。月だけが唯一の光源となっているこの場所で、岩を砕く音がするのは不自然だ。
俺は騒音の発信源に目を向けるため、手にしていたポータブルゲーム機から顔を上げた。
そこにいたのは、右腕を地面に突き立てた筋骨隆々の大男だった。
いや、男というよりも、雄と言った方がいいだろう。
全長四メートル、子供の胴体ほどもある太さの腕が、左右に二本ずつの計四本生えており、顔は牛の形をしている。
黒玉色の二本角以外全身コケが生えたような緑色をしており、色も姿もこの世のものとは思えない存在だ。そいつが今地面に突き立てている腕は、下に生えている方の右腕だった。
あれは、悪魔だ。
悪魔とは、『神』と神の下僕である『天使』を除いた人智を超えたナニカのことだ。神はこの世界の創造主で、天使は神の下僕となるために存在しているモノのことを指す。
この世界の創造主たる神と人間が契約することは出来ず、また神のためだけに存在する天使も、人間と契約することはない。
「いけぇスパイク! あのガキを殺せっ!」
牛の悪魔から少し離れた場所から、赤ら顔をした小太りの男が俺、赤星 幸一(あかぼし こういち)を指差していた。
人間は悪魔と契約することで、術が使えるようになる。つまり、魔術師になることが出来る。
契約とは、人間から悪魔に依頼して結ぶ雇用関係のことだ。悪魔が提示した代償を人間が支払うことを了承することで契約は完了し、人は魔術師となる。
俺を指差した男は、あの牛の悪魔と契約している魔術師だ。魔術師の話から推察するに、悪魔の名前はスパイクというらしい。
小太りのリムレスフレームをかけた魔術師に応えるように、スパイクは咆哮を上げながら俺に向かって突進してくる。
スパイクの移動速度は尋常ではない。自分の肉体を強化し、普段以上の力を出す術を使用しているのだろう。一歩進むたび、スパイクの腕と足の筋肉が膨張しているのが分かった。
術を使える以上、悪魔も鼓を持っている。それも、人間とは比べ物にならないほど大量に。
では、何故悪魔は人間と契約するのか?
それは、悪魔は消費した鼓を回復する手段がないからだ。悪魔が契約で人間に要求する代償は、ほとんどの場合が人間の鼓だ。鼓を悪魔が集める理由はさまざまで、鼓を食べる悪魔もいれば、より強い力を、術を求めて鼓を集めている悪魔もいる。
人間と契約した悪魔は、魔術師が使用する術以外に鼓が提供されれば、スパイクのように実体化し、魔術師同士の戦いにも参加できるのだ。実体化した悪魔が戦闘中に使用する術についても、魔術師が鼓を支払うことになっている。
魔術師から追加で鼓が支払われ、術を使ったスパイクが力強く地面を踏みしめた。突き立てられた足が大地を揺らし、破砕する!
そして、スパイクは跳んだ。
飛翔したスパイクは放物線を描きながら、俺に渾身の一撃を食らわせるために落ちてくる。落下しながらもスパイクは術を止めることはせず、その腕は子供の胴体どころか、乗用車ほどの大きさになっていた。あの腕で殴られたら、普通人間は死ぬ。
でもそれは、殴られたらの話だ。
「これ。妾のコーイチに何をするのじゃ。怪我でもしたら危ないじゃろう」
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