第8話

溜まっていた仕事をひたすら片づけること4時間。


仕事は減る気配がなく、誰も手伝ってもくれない。


息抜きに屋上で煙草を吸っていると、修一が缶コーヒー片手にやって来た。



「お前だろ。」



隣にきた修一に、俺はそう話しかける。


「何がですか? 」


「歓迎会をやろうって言ったの。」


「ああ、そうですよ。」



俺の質問に、隠す素振りも見せず答える修一。


「言っちゃうのかよ。」


「嘘は苦手なんですよ。これでも、正直をモットーに生きてるんで。」


「…それこそまさに嘘だろ。」


「ひどいなぁ、本当ですよ。あ、そうだ、藤井さんの快気祝いもついでにやっちゃいましょうよ。」


「ついでかよ。」



良案を思いついたとでもいうような顔をして言う修一に、俺はそう言う。


「つうかお前、やけに柊につっかかるのな。惚れでもしたか? 」


「…バレました? 」


「へぇー、何でまた。まだ会ってそんなたってねぇだろ。」


「まあ…いわゆる、一目惚れってやつです。…でも咲ちゃんは、僕のこと嫌いみたいですけど。」



修一は柵に手をかけ、苦笑しながらそう言う。


「何でそう思う。」


「なんていうか…凄く距離を感じるっていうか、見えない壁があるっていうか。」


「ああ、それは多分嫌われてねぇよ。」


「そうなんですか? 」


「ああ。柊は誰にでもそうなんだ、気にするな。」



俺がそう言っても、修一はあまり納得していない顔をする。


「…なんか、物凄く近くで話してても、物凄く遠くに咲ちゃんがいるように感じるんですよ。」


「その呼び方。」


「え? 」


「柊の呼び方。よく柊が許したな。」



…本当、懐かしい呼び方してんな。



「別に普通に許してくれましたよ。」


「俺はさ、その呼び方禁止にされたんだよね、柊に。」


「えっ。」


「だからそうやって呼んでも文句を言わないってことは、お前のことは嫌いではないんだと思うよ。好きかは分からねぇけどな。」



そう言って、煙草を吸い終えた俺は扉の方へ歩きだす。


「……それって、咲ちゃんは藤井さんのこと嫌いってことですか。」


「…まあな。」



距離を置かれる前の柊を思い出しながら、俺はそう言ったのだった。

























「そりゃあ竜、赤だろ。」


「えっ。」


「どっちか迷ったら、俺は絶対赤を切るね。なんか正解って感じするじゃん? 」



とある居酒屋に、自信満々にそう話す藤井さんの声が響く。


今日は例の歓迎会だ。


私は行かないつもりだったのに、強制連行された。


「…じゃあ、藤井さんは黄色とか緑とかが混ざってても赤を選ぶんですか? 」


「当たり前だろ。」



京極さんがまた、杉沢さんの爆弾解除の認識についての話をすると、藤井さんは笑いながら現在のように答えている。


何というか…。


「…助けにきてくれたのが、藤井さんでもなくてよかったです。」


「どういうことだよそれは。」


「まあまあ竜ちゃん。」



そんな会話をしていると、突然誰かの携帯電話の音が聞こえる。


「ん? ああ、俺だ。ちょっと3人で食べててくれ。」



鳴ったのは藤井さんの携帯電話らしく、そう言って藤井さんは席を立つ。


「はい。」


「ちっ、つかその呼び方やめろって言ってんだろ。」


「いいじゃん。」



言い争いをしている2人は、藤井さんに気づいているのかいないのか。


藤井さんはトイレの方で何か話している。


「咲ちゃんから揚げ食べる? 」


「…はい。」


「話をそらすんじゃねぇよ。」



そんないつもより騒がしい食事はまだまだ続くのだった。





























ピッ。



「…来ないみたいです。彼。」



電話を切りながら、そう誰かに伝える女性。


黒髪の長髪で、年齢は20歳くらいだろうか。



「そうか。まあ、あいつが来るなんて、滅多にないけどな。」



そう答えるのは、仮面をつけフードを被った男性。


2人とも、廃ビルの通路を歩いていく。



「待たせたね。」


「おせーんだよ、てめーから呼びつけくせに。」



2人がたどり着いた広間に待っていたのは、3人の男性。


一人は髪を赤く染め、耳にピアス、指に指輪をたくさんつけるなど派手な男性。


一人は黒髪でおどおどした印象の男性。


一人は茶髪で左手の甲に猫のタトゥー、猫耳のパーカーなど猫好きがうかがえる男性。



「ごめんごめん。」


「あれ、また例のあいつは来ないの? 見当たらないけど。」



茶髪の男性が、女性の方を見てそう聞く。


「はい。」


「そんなんいつものことじゃねぇか。」


「そだね。で、今日の用件は? 」


「まず、電車爆破の件だけど。まあ、簡単に言うと失敗した。」


「はぁ!? どういうことだよおい。」



派手な男性が仮面の男性の言葉を聞いて、黒髪の男性に掴みかかる。


「し、知らないよ! 俺はちゃんと言われた通りのものを作ったよ! 」


「うん、爆弾は悪くなかった。ちゃんと作動もしたしね。……ただ、作戦を実行する奴が無能だった。」


「そ、そうえばそいつ今日来てないけど…。 」


「おい! 」


「ああ、死んだよ。」



仮面の男性の言葉を聞いて、空気が凍りつく。


「さて、話を続けようか。次についてなんだけど…誰かやりたい人、いる? 」


「……。」


「……。」


「…ちっ、俺がやるよ。」



少しの間があった後、派手な男性がそう言う。


「いいの? 」


「というか、消去法で俺しかねぇんだろ。こいつは別案件があるし、こいつは爆弾作るしかほぼ出来ない。」



そう言いながら、派手な男性は茶髪の男性と黒髪の男性を指す。


「まあ、そうだね。じゃあ、次は君で。」


「ああ、任せとけ。」



不敵な笑みを浮かべ、派手な男性はそう言うのだった。
























歓迎会も終わり、私は自宅へと歩いていた。


「柊、今日は楽しかっただろ? 」



…藤井さんと一緒に。


一人で帰れると何度も言ったのだが、送っていくからとうるさいので諦めた。


「…修も竜もいいやつだろ。まぁ…竜は第一印象がちょっとあれかもしれないが…でもいいやつなんだ、分かりにくいかも知れねぇが。」



私が喋らないので、藤井さんはいつも通り一人で喋り続ける。



2人がいい人なことくらい、言われなくても分かっている。


だからこそ私は…。



「…お前が周りと距離を置いてるってのはわかるが、もう少し……せめてあいつらにくらいは─。」


「駄目です。」



それ以上言わせまいと、私が藤井さんの言葉を遮る。


藤井さんは私の言葉を聞いて、何かを言おうとしたがやめた。


「…お疲れ様です。」



そう言って、私はたどり着いた自宅へと帰った。


「…ああ。」



そんな私に、藤井さんは少し弱く返事を返した。


「……けどな、あいつらといるお前は楽しそうだったぜ。」



去っていく藤井さんがそんなことを呟いたが、私には聞こえなかった。



[つづく]

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