第7話


『えー! 藤井さんって彼女いないの!? 』



部屋に響く、咲ちゃんの声。


『ははは…。』


『こら、咲。』



父である玄(げん)さんはそう咲ちゃんを注意するするものの、顔は笑っている。


『でも本当、仕事もいいけど早くいい人見つけなきゃ。』


『菜々さんまで…。』



料理をテーブルに置きながら話す菜々(なな)さんに、俺はそう返す。


『誰かいないのか? 』


『いませんよ、そんな人。』



玄さんの言葉に俺がそう返すと、席についた菜々さんが笑う。


『じゃあさ、私がなってあげようか。』



咲ちゃんは俺の向かいの席で笑いながら急にそんなことを言う。


『何に? 』


『藤井さんのお嫁さんに。』


『却下だ。』



俺が答えるより早く、玄さんがそう答える。


『ええー、何でー。』


『咲、誠くんは彼女さんを探しているのよ。お嫁さんじゃないわ。』


『いや、菜々…そういう問題じゃなくてだな…。』











数年後、玄さんと菜々さんはある事件で殉職した。



『あっ…藤井さん。』


『咲ちゃん…。』



咲ちゃんはずっと泣いていた。


ただ、泣いてばかりいられないのも咲ちゃんは分かっていて。


俺が葬式に行った時も、振りかえったその目は腫れていて涙を無理矢理ぬぐったようだった。




『…これからはね、おばあちゃんの家にお世話になるんだ。』


『そうなのか。』


『おばあちゃんの家、ここからちょっと遠いから藤井さんにもうあんまり会えなくなるね。』



寂しそうに笑ってそう言う咲ちゃん。


『…藤井さん、お仕事頑張ってね。』


『咲ちゃんこそ、勉強頑張れ。…元気でな。』



俺はそう言いながら頭を撫でる。


『分かってる。……ふぐっ…ごめん……泣かないように…してたんだけど……。』


『…我慢しなくていいよ。』









それから俺は巡査部長から警部補に階級が上がり、1人で0課をもつことになった。



1人の0課にも慣れてきた頃、変な噂が聞こえてきた。


死神と呼ばれる、ある人物の噂。


そいつが課に配属されると、必ず誰かが死ぬのだという。


そんなことが起こる中で俺の階級がまた1つ上がったある日、そいつは0課にやって来た。



『柊咲です。よろしくお願いします。』



それは、咲ちゃんだった。


『咲ちゃん…? 』



感情が無いかのようなその表情は、以前の咲ちゃんからは想像が出来なかった。


『…その呼び方、やめてください。』



ため口だった言葉も、敬語になっている。


成長と言って片づけるのは簡単だが、そうではない気がした。


しかも、警察になっていたことに驚いた。


両親の死の真相を追うためなのか、両親のやっていた仕事をやりたかったのか。


あるいは、その両方か。


『…柊…とかでお願いします。』


『…分かった。』




こうして、俺と柊2人の0課が始まった。


後で分かったのだが、どうやら柊は人と距離を置くようにしているようだった。


両親の死や上司の死などはすべて自分に関わったせいだと考えたらしい。



だから人とはあまり関わらずに一定の距離を保ち、前から親しかった大切な人とはより距離を置くようにしていた。


だから柊は、親しい人間に自分が警察だということを知られることを極端に嫌がる。



俺がその中に含まれたのは嬉しいような、悲しいような複雑な気持ちだ。


でも、1つ気になるのは。



…俺だけ、異常な距離のとられかたじゃね?






















五月雨駅の事件から1週間がたった。


関係者への取り調べも終え、事件の報告書もまとまった。






『メール? 』


『そうよ。ねぇもういいでしょ、早く帰して。』







電車内で縛られていた11人のうち5人が、メールであの車両に乗って五月雨駅へと来るよう指示されていた。


メールの差出人は5人の共通の友人だったが、その友人は携帯をなくしていた。


後日携帯は見つかったが、使われた痕跡は何一つ残っていなかった。


恐らくメールは、犯人が送ったものだと思われる。


犯人と思われる遺体の身元はまだ判明していない。


結局、犯行の目的も動機もよく分からないままだ。






バァン!





犯人は自殺ということになった。


だけど、どうも腑に落ちない。


自殺するのに、胸を撃つだろうか。


だが、他殺を疑おうにも京極さんと杉沢さんは誰も見ていないと言っているし、犯人に協力者がいるようすもなかった。





バァン!




第1発見者である杉沢さんなら可能かもしれないが、動機がない。


第一、杉沢さんは警察だ。


犯人が抵抗したから撃った、とかなら分かるがそれなら正直に言えばいい事だ。




バァン!





爆弾処理班の人達は、あの部屋で眠らされたらしい。


11人の乗客も、駅に着く前に眠らされたと言っていた。


つまり、事件を整理すると。





バァン!




五月雨駅へ向かう電車のあの車両に、駅員に変装した犯人が乗っており、駅に着く直前に乗客を眠らせた。


電車内に仕掛けられた爆弾は偽物で、その偽物に本物の爆弾の場所、つまりあの部屋の名前が書かれていたので爆弾処理班はそこへ向かった。


しかし、その部屋で爆弾処理班は眠らされた。


ちなみに、縛られている爆弾処理班の中に服を奪われたと思われる駅員も混ざっていた。



それから犯人は乗客を縛り、本物の爆弾を準備する。


何かのタイミングで私を見つけ、邪魔だと思って拉致した。


そして爆弾を起動させ、電車を出て逃亡ののち死亡……。




バァン!




…犯人は何故、爆破予告をしたのだろうか。


予告なんてしたら計画は失敗する。


だいたい、五月雨駅に爆破予告をしたのに駅には爆弾は仕掛けられていなかった。


……一体、犯人は何がしたかったのだろう。




バァン!




そんなことを考えながら、私は最後の銃弾を撃つ。


「咲ちゃん咲ちゃん。」



射撃の練習を終えた私にそう話しかけてきたのは、いつものように笑っている京極さん。


「…何ですか。」


「そろそろ行ったほうがいいんじゃないかなって思ってさ。今日でしょ? 藤井さん来るの。」


「…そうですね。」



そう、今日は藤井さんが0課に復帰する日。


まあ、だからといって何かをするわけではないのだが。


「てかさ、僕ずっと咲ちゃんの隣で練習してたのに全然気づいてくれなかったよね? 」


「…考え事してたので。」



そう言って、私達は歩きだす。


「ふーん。まあ確かに、結構怖い顔してたね。」


「…そうですか。」


「うん。あっ、そうだ咲ちゃん。」



何かを思い出したように、京極さんはそう言う。


「何ですか。」


「今度、ご飯食べに行かない? 」


「お断りします。」


「いやいや、決断早すぎでしょ。」



何かと思えばそんなことか。


何故急に、そんなことを言うのか。


「じゃあさ、2人じゃなくてみんなで行こうよ。竜ちゃんと藤井さんも誘って。」


「お断りします。」



私は、何人だろうと行く気はない。


「じゃあ…僕達の歓迎会ってことでどう? 」


「はい? 」


「歓迎会。やってないよね、僕達の。」


「…そういうことは普通、歓迎される人は言わないものなのでは。」


「細かいことは気にしない。で、どう? 」




…確かに2人の歓迎会はやっていない。


しかも歓迎される側がそれを望んでいるのに行わないのは、少し可哀想な気もする。


「…藤井さんに聞いてみます。もしかしたら、もう考えているかもしれませんし。」



まあもし計画していたとしても、行く気はないが。



「ああ、そうだね。」



そんな会話をしながら、私達は0課へと向かうのだった。
















怪我も治り、仕事への復帰を許された俺は久し振りに0課へと向かっていた。


「あいつら仲良くしてっかなー。」



そんな独り言を言いながら、俺が0課の入り口近くまで来ると。


「咲ちゃん知ってる? 竜ちゃんさ、爆弾は赤か青どっちかの線を切れば解除出来ると思ってたんだって。」


「なっ! お前なんか、爆弾は解除出来ないとか言ってたじゃねぇか。」


「僕は正直に言っただけだから。てゆうか、竜ちゃんだって赤か青どっちが正解かまでは分からないんでしょ? 」



そんな会話が、部屋の中から聞こえてきた。


「そんなの、爆弾によるだろ。」


「…助けに来てくれたのが京極さんでよかったです。」


「どういう意味だおい。」


「まあまあ。」




ガチャ。





俺が部屋に入ると、会話をしていた3人がこちらを見る。


「よお。」


「あっ、藤井さん。」


「お久しぶりです。元気そうですね。」



俺が軽く挨拶すると、修一と竜一はそう返す。


「まあな。俺としてはもう少し看護士さんとの日々を楽しむのも悪くなかったんだが。」



そう言いながら、俺は自分の席へ向かう。


「ははっ、そんなに綺麗な人がいたんですか? 」


「そりゃあもう。特にあのポニーテールの─。」



バサッ。




俺が席について話していると、言葉を遮るように柊が机の上に書類を置く。


「…柊、これは? 」


「仕事です。」



柊にそう言われ恐る恐る書類を見てみると、休んでいた間の事件の報告書や始末書など、色々な書類があった。


判子を押すだけのものもあれば、面倒くさい書類もある。


「大変ですね。」


「…そう思うなら手伝ってくれよ。」


「無理ですよ、それは藤井さんにしか出来ないじゃないですか。」



助けを求める俺の言葉を聞いて、笑いながらそう言う修一。


「…それから。」



俺達の会話が終わったあと、まだ机の横にいた柊が話しだす。


「ん? 」


「……京極さんと、杉沢さんの歓迎会を行う予定はありますか。」


「歓迎会? 」


「はい。」



確かにやってねぇな。


つか、柊がそんなこと言い出すなんて驚きだよ。


さっきの会話を聞いてても思ったんだが、この数週間で結構仲良くなったのか。


…………ってんな訳ねぇか。


いや、仲良くはなったかもしれない。


だがきっと、歓迎会を思いついたのは柊じゃない。


俺はそんなことを思いながら修一と竜一を見る。



柊の言葉を聞いた竜一は、席から立ち上がり何言ってんだお前的な顔をしていた。


修一の方はというと、いつもの笑みを崩さずにいた。


…なるほどな。



「…行う予定がないのでしたら、それでいいです。」



俺が返事をかえさずにいると、柊はそんなことを言う。


「いや、やろう。今決めた。聞いてたか、修、竜。」


「き、聞いてましたけど……。」


「聞いてましたよ。」



俺達のそんな会話を聞きながら、柊は席に戻る。


「日時と場所は後で知らせる。とりあえず、全員参加な。」


「はぁ…。」


「楽しみだなー。ね、咲ちゃん。」


「…いえ、私は別に。」


「柊、全員参加だからな。」



自分は関係ないという雰囲気たっぷりの柊に、俺はもう一度そう言う。


「…お断りし─。」


「業務命令だ。」



柊の言葉を遮り、俺はそう言う。


「……仕事してください。」



柊は不服そうに言葉を飲みこんだあと、そう言ってまた自分の仕事をはじめた。




【つづく】

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