第6話
犯人が電車内を出ていった後、私はこの状況をどうするか考えていた。
恐怖のあまり話せずにいた乗客達も、犯人がいなくなったことによって騒ぎだした。
「ちょっと! あなた警察なんでしょ! なんとかしなさいよ! 」
「俺…死ぬのか…? 」
乗客の1人がそう言った次の瞬間。
バァン!
遠くで、そんな音がする。
「い、今の…。」
バァン!
しかも、もう一度同じ音が聞こえた。
「な、何!? 今の音! 」
「まさか…ここ以外にも爆弾が…。」
「うわぁぁぁ! 」
音を聞いた乗客達は、混乱してさらに騒ぎだす。
なかには、爆弾の音だと思っている人もいるようだ。
「…落ち着いてください。音はそんなに近くないですし、まだ大丈夫です。」
恐らく、今の音は銃声だと思われるが誰がなんの為に撃ったのか分からない。
新たな不安を生むよりは、その事はふせておいたほうがいいだろうと思った。
「落ち着けるわけないだろう! だいたい、この爆弾だってもう時間がないじゃないか! 」
そう、私の後ろにある爆弾に表示されている時間は刻一刻と減っていく。
…乗客は11名。
拘束は解いてみようともがいてみたが無理だった。
出入り口も犯人が開かないようにガムテープが張るなど細工をほどこしたのが、窓から見えた。
「そうだ! 早く助けろよ! 」
…3分。
あと3分で、爆弾が爆発する。
爆弾処理班は来ない、無線も壊された。
自力での脱出は不可能にちかい。
どうすれば……。
乗客の言葉を聞きながら、私がまた考えていると。
ドンッ!
突然、扉を叩く音がする。
私がその音に反応して、扉の方を見ると。
ドンッ、ドンッ!
誰かが体当たりをして、扉を壊そうとしていた。
その見覚えのある人物は。
ドンッ、ドンッ…ド…ガシャァ!
「お待たせ、咲ちゃん。」
京極さんだった。
…藤井…さん?
壊れたドアと共に中へ入ってきた京極さんが一瞬、藤井さんと重なる。
「あー、やっぱり無線壊されちゃったんだ。」
床にある粉々の無線を見て、京極さんはそう言う。
「…京極さん、何故ここに? 」
京極さんの言葉を聞いて我にかえった私は、そう聞く。
「何故って、咲ちゃんを助けに決まってるじゃん。てかそれ、動いてるの? 」
京極さんはそう言いながら、私の拘束を解いていく。
「動いてます。」
「うわぁ…。」
「おい! 」
すると、私達の会話を聞いていた乗客の1人が突然話し出す。
「そいつじゃなくて、まず俺から自由にしろよ! 」
苛立ちながら、京極さんに乗客はそう言う。
乗客の言葉を聞き、京極さんの手が止まった。
「…は? 」
そして、乗客の方を見ながらただ一言そう告げた。
その声と表情はとても冷たく、いつもの京極さんからは想像できないものだった。
「……京極さん。」
私が名前を呼ぶと、京極さんは我にかえったような表情になる。
「私なら構いません、皆さんの拘束を先に解いてあげてください。」
「…2人で解いてあげてったほうが早いでしょ。」
私の言葉を聞いて、また笑顔でそう言いながら京極さんは私の拘束を解き終えた。
「…それもそうですね。」
色々と京極さんのことが少し気になりつつも、私はそう言って乗客の拘束を解いていく。
「拘束が解けた方から避難してください。上に人がいます。」
私がそう言うと、拘束が解けた乗客は次々と電車内を出ていく。
…さっき、一瞬京極さんと藤井さんが重なって見えたのは多分、呼び方のせいだろう。
でもまさか、京極さんにあんな一面があるとは思わなかった。
まだ数日しか一緒に過ごしていないから、知らない一面があっても当然なのだが。
私はそう思いながら、乗客の拘束を解き終えて京極さんの方を見る。
「…さて、僕達も避難しよっか。」
最後の乗客の拘束を解き終え、私の方を振り向いた京極さんはそう言う。
「…まだ爆弾があります。」
「うーん、ちょっと時間的に無理じゃない? 」
そんな会話をしながら、私達は爆弾をみる。
時間は、あと2分だった。
「爆弾処理は専門外だからさ。咲ちゃん、できる? 」
「…できません。」
「だからとりあえず避難しよう。それに、竜ちゃんも探さないと。」
「分かりました。」
そうして、私達は電車内を出た。
あの後、杉沢さんからの連絡をうけた私達は男子トイレの方へ向かっていた。
「あ、いたいた。おーい、竜ちゃーん。」
杉沢さんを見つけた京極さんは、そう声をかける。
しかし、杉沢さんはこちらを振り返ることもなく、トイレの方を見つめたままただ黙っていた。
何か変だとは思いつつも、杉沢さんの方へ近付いてみると、足下に血溜まりが見える。
「竜ちゃん。」
京極さんがそう言って杉沢さんの肩に手をかけた。
杉沢さんはこちらを振り返り、一瞬驚いた顔をした後に不快な表情を浮かべる。
多分、京極さんの呼び方が気に入らないのだろう。
そして、杉沢さんの前にある血溜まりにあったのは。
「…それ、どういうこと? 」
「……知るか。俺が来たらもう死んでたんだよ。」
爆弾処理班の服を着た、1人の遺体。
恐らく、あの男だろう。
左胸を撃たれており、手には銃を持っていた。
「…多分この人、犯人です。」
「…なんで分かるんだよ。」
「犯人は処理班の服を着ていました。ただ、声しか聞いていないので確かなことは言えませんが。」
「じゃああれ? 犯人が逃げきれないと思って自殺したってこと? 」
京極さんは、犯人を指しながらそう言う。
…自殺……。
私が最後に見たとき、この男は少なくとも自信があるように見えた。
逃げきれないとは思っていなかったはずだ。
もしかしたら、逃げる途中でそう思ったのかもしれないが。
だとしても、自殺するのに自分の胸を撃つだろうか。
私が聞いた銃声は2回。
私が聞いた銃声がこの男の持っているものだとしたら……。
私はそんなことを考えながら、男の顔を確認しようとマスクを取ろうとする。
「…つか、爆弾の方はどうだったんだよ。」
杉沢さんの言葉を聞いて、私の手は止まる。
「あ、忘れてた。えっと、今1分きった。」
時計を見ながら、そう言う京極さん。
「はあ!? 動いてるのかよ!? 」
「言ったじゃん、爆弾処理はできないって。」
「んなこと言ってる場合かよ! 」
「…とりあえず、避難しましょう。」
私達はそんな会話をして、ここから一番近い階段へと向かう。
「あーはい、30秒きりました。」
「分かったから走れ! 」
「走ってるじゃん。あ、あった階段。」
相変わらず悠長な京極さんと、それに苛立つ杉沢さんと共に私は階段をかけ上がる。
だが、階段の真ん中辺りまできた時。
「! 2人共、伏せて! 」
時計を確認した京極さんが私と杉沢さんの方を振り返り、焦った様子でそう言う。
「は? 」
ドォン!
すると突然下の方で爆発音がし、沢山の煙がのぼってきた。
「ちっ! 」
事態に気づいた杉沢さんは、すぐ下にいた私の腕を急に掴んだかと思うと自分の方へ引き寄せた。
煙の中で、杉沢さんは私に覆い被さる形となる。
「……げほっ、げほっ。おい、大丈夫か。」
煙が少し薄くなってきたところで、杉沢さんはそう言う。
「…はい。ありがとうございます。」
「…げほっ。2人共、大丈夫? 」
京極さんは煙を払いながら、そう言う。
「大丈夫です。」
「よかった。とりあえず、上に行こうか。」
「ああ。」
そんな会話をして、私達はまた階段をのぼり始めたのだった。
「おい、0課。」
駅員や客に事情を聞いていた私達に、そう話しかけてきたのは。
「…お疲れ様です、須磨警部。」
部下を連れた、1課の須磨警部だった。
恐らく、会議が終わったので来たのだろう。
「ああ。で、どうなんだ? 状況は。」
「…爆弾は爆発してしまいました。今、消防隊が消火活動を行っています。被疑者は見つけましたが、死亡しました。」
「爆発はふせげなかったのか? 」
「すみません。」
「被疑者死亡って、遺体は? 」
「ホームにあります。爆発に巻き込まれました。」
「はあ…何をしているんだ、君たちは。」
溜め息をつきながら、須磨警部はそう言う。
その言葉を聞いて、私の後ろにいる杉沢さんと京極さんが少し苛立つ。
「…まあいい。あと、刃物男はどうなった? 」
「捕まえましたよ。怪我人は出ちゃいましたけど。」
須磨警部の質問に、今度は京極さんが答える。
「そうか。…では、俺達はそちらを引き継ぐ。君たちはこらに専念しろ。」
「は? どういう─。」
「いえ、大丈夫です。どちらも私達がやっておきます。警部は連続殺人の方にでも集中なさってください。」
私は杉沢さんの言葉を遮り、手で制止しながらそう言う。
「そちらは君に言われずともやっている。いいから0課は黙って従っていろ。君はそんなことも分からないのか。」
私の言葉を聞いた須磨警部は、苛立ちながらそう言う。
須磨警部達は手柄が欲しいのだ。
今回の私達は代理をしたようなもの。
それは分かっているし、よくあることだ。
須磨警部達だけじゃなく、他の課の人もそうだ。
だから、爆弾犯が生存していたらそっちをとったと思う。
…でも、せっかく京極さんと、杉沢さんが捕まえてくれた犯人を……。
そう思いながら私が2人の方を振り向くと、2人とも状況をだいたい理解したらしく、黙ってこちらを見ていた。
「……分かりました。」
それを見て私は須磨警部に向き直り、そう言う。
「全く。ではここは任せたぞ。」
「…はい。」
「入院中の君たちの上司に言っておけ、部下の教育ぐらいちゃんとしておけと。」
須磨警部はため息混じりにそう言い、立ち去った。
「…すみません。京極さんと杉沢さんが捕まえた犯人なのに。」
私は2人の方を振り返り、頭を下げてそう言う。
「何で咲ちゃんが謝るの。まあ確かに、ちょっと驚いたけどさ。」
「ああ。確かにあいつはムカついたが、謝る必要はねぇ。」
2人の言葉を聞いて、私は少し驚いて顔をあげる。
京極さんの反応は分かるが、杉沢さんも同じような反応をすると思わなかった。
てっきり、いつものように怒るものだと思っていた。
「だいたい、これからもこんなこと沢山あんだろ。お前、その度に謝る気かよ。」
「そうそう。それに、仕事が無くなった訳でもないしね。」
「……ありがとうございます。」
2人の言葉を聞いた私は、そう言う。
「…そろそろ消えたんじゃない? 火。」
京極さはそう言って、階段の方を見る。
「そうですね。行ってみましょう。」
「ああ。」
そんな会話をして、私達は歩きだすのだった。
[つづく]
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