第5話

──ん。




誰かの声が聞こえる。





─聞こえる?





…誰だろう。



ぼぅっとする頭で、私は考える。




──おい、返事しろ。





すると、今度は違うもう1人の声が聞こえる。




…誰?







─咲ちゃん。








……ああ、藤井さんか。


私をちゃんづけで呼ぶのは、藤井さんくらいだ。


もうそう呼ばないでって言ったのに。


のに…?




ぼぅっとしていた私の頭が、段々はっきりしてくる。




…………いや違う。


藤井さんはもう私のことをちゃんづけで呼ばない。


今、私をそんな風に呼ぶのは──。









「ん……。」



意識がはっきりしてきた私が目を開けると、見知らぬ光景が広がっていた。


「…ここは……。」



そう言って私は周りを見渡す。


どうやらここは、電車の中のようだ。


窓から壁が見えるので、恐らく隠れて見えなかった車両だろう。


席には客と思われる人も複数いて、みんな手足を縄で拘束されている。


「…何、これ。」



そう言いながら私は、体を起こす。


私の手足も、客と同じように拘束されていた。




…確かホームの様子を見にきて…それから……。





「起きたか。」



私が状況を掴めずにいると、男がそう言いながら電車内に入ってきた。


爆弾処理班の服とマスクを身につけていて顔が見えないが、多分男だ。


「…どういうことですか、これは。」



状況を知っているであろうその男に、私はそう聞く。


「どういうことって、予告しただろ? 爆破するって。」


「…あなた、犯人ですか。」


「いくらこの服着てるからって、普通この状況で味方だと思うかよ。お前、警察のくせににぶいのな。」




男はそう言いながら、私の後ろに置いてあるものをいじる。


「…何をしてるんですか。」


「だから爆弾。…よしっ。」



そう言って男は立ち上がり、再び私の前に立つ。


「言っとくけど、誰も助けになんて来ないからな。」


《─咲ちゃん、聞こえる? 》



男の言葉に重なるように、無線に京極さんの声が聞こえる。


《─おい、聞こえてるなら返事しろ。》



続けて、杉沢さんの声も聞こえてきた。


「ん? 」



すると偶然にも、男は私が髪を耳にかけている方に無線をつけていることに気づいた。


「あぶねぇあぶねぇ。まあ、こんなのあっても使えないだろうけどな。」



男はそう言って、私の耳から無線をとる。



…グシャッ。




「これで本当に誰も助けにこれないな。処理班は使い物にならないし、駅員だって何もできやしない。というか、爆破が終わるまで、俺が誰もホームに入れない。」



無線を踏みつけながら、男はそう言う。


「あと5分くらいだから、自分の人生でも振り返ってろよ。」



最後は私を含めた乗客全員に男はそう言い、電車を出ていった。

















三並ノ町の現場から五月雨駅へとやってきた僕達が見たのは、混乱した人々だった。


そんな中、僕達は駅員に声をかけられある部屋へと向かった。


その部屋には。


「…どういうことだよ。」



そう言う竜ちゃんと、僕の前には縄で仲良く拘束された爆弾処理班。


何故か2人だけ、服を着ていなかった。


眠っているらしく、誰も動かない。


「…君たちがここにきたらこうなってたと? 」


「は、はい。」


「あっ、あとそれから…もう1人警察の方がいたんですけど、さっきから姿が見えなくて…。」



僕達は、もう1人の駅員が思い出したように言った言葉に反応する。


「もう1人って、女か? 」


「はい。」


「いつからいないの? 」


「…おい、いつからだ? 」


「確か誰かが、ホームを見に行ったって言ってたのが客の避難を終えて確認してる時だから……少なくとも10分はたってるんではないかと。 」


「…なるほど。」


《こちら京極。咲ちゃん、聞こえる? 》


駅員の言葉を聞いて、僕は再度咲ちゃんに無線で呼びかけてみるが、返事はない。


「…駄目だね。」


「ちっ。」


《…こちら杉沢。おい、返事しろ。》



竜ちゃんが苛立ちながらそう言うものの、やはり返事はない。


「無視してるわけじゃないと思うよ。」


「じゃあどうすんだよ、こいつらがここにいるってことは…。」



爆弾は恐らく処理されていない。


竜ちゃんはそう言いたいのだろう。


駅員がいるのではっきりとは言えないが。


「そうだね…とりあえず、ホームに行こうか。咲ちゃんいるかもしれないし。」


「…そうだな。」


「君たちは避難してて。この人達ももうすぐ起きると思うから、悪いけど、起きたら一緒に避難させてくれる? 」


「了解しました。」



爆弾処理班のことは駅員に押しつけて、僕達はホームへと向かう。


「竜ちゃん、爆弾処理とか出来るの? 」


「やったことはねぇけど、あれだろ、赤と青の線どっちか切ればいいんだろ。」


「それ、テレビの見すぎだよ。しかも、赤と青どっちか分からないの? 」


「うるせぇよ。だいたい、お前は出来るのかよ。」


「出来るわけないじゃん。」


「出来ねぇのかよ。」



僕達はそんな会話をしながら、ホームへ向かう。


《咲ちゃん、聞こえる? 》



ホームに向かいながら、僕は再度無線で呼び掛ける。


《おい、聞こえてるなら返事しろ。》



竜ちゃんもそう呼び掛けるが、相変わらず返事はない。


だが次の瞬間。


《─ザザッ。キィィィガガッ。》



突然耳障りな変な音がして、また何も聞こえなくなる。


あまりの音に、僕達は立ち止まり顔を見合わせた。


僕達の間に、嫌な空気が流れる。


「…とりあえず、電車内とホーム、両方見よう。僕は電車を見るから、竜ちゃんホームお願い。」


「…ああ。何かあったら、連絡する。」



僕達は再び歩き出し、そう会話する。


「んじゃ。」


「ああ。」



ホームについた僕達は、そう言って別れた。




[つづく]

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