第2話

─あの日も雨が降っていた。






学校帰りの私は、いつものように帰り道にあるショッピングモールの前を通った。


この時間帯は夕飯を買いにくる主婦などで賑わっている。



─だが、この日は違った。


この日のショッピングモールの前には複数の警察がおり、中に入れなくなっていた。


不思議に思った私は歩みを止め、人混みの間から様子をうかがう。


すると、慌ただしく動く警察の中に私は藤井さんを見つけた。



『! 藤井さん! 』


『!? 咲ちゃん…。』



私を見つけた藤井さんは、少し驚きながらそう言ってこっちにくる。


『どうしてここに? 』


『学校の帰りなんだ。ねぇ、これどうしたの? 事件? 』


『まあ……ちょっとね。』


『ふーん。』



こんなに警察がいるなんて珍しいな、なんて思いながら私はそう返す。



『そういえば、お父さんとお母さんは? 別々に仕事してるの? 』




そう、私の両親は警察。


そしてその部下が藤井さんだった。




『……玄さんと菜々さんは…。』


そう言って、口ごもる藤井さん。


『…どうしたの? 』



なんだか嫌な予感がしながらもそう聞いたその時。


藤井さんの後ろで運ばれていく人の腕時計に、見覚えがあった。



『!? 咲ちゃん!? 』



私は傘を離し、藤井さんや他の警察の制止も振り切ってその人に駆け寄る。



バッ!



そして私は、その人にかけてあった物を取った。


『なんだ君は! 』


『……。』



そこにいたのは。





『君、返しなさい。それから、外に出て。』



お父さんだった。



『すみません、ちょっとだけ駄目ですか。この子身内なんですよ。』



放心状態の私に傘を差しながら、そう言う藤井さん。



『…少しだけだぞ。』



そう言って、お父さんの遺体を運んでいた人達は人目のつかない所へ両親の遺体を運んでくれた。








『お父さん…お母さん…。』



涙が止まらなかった。



『何で……どうして……。』



この仕事をしている以上、いつかはこうなってもおかしくないとは思っていた。


覚悟していたつもりだった。


それでも。


涙が止まらなかった。


この日から両親が火葬される日まで、私は泣き続けた。


そしてその日から、泣くことはなくなった。


まるで、涙が枯れてしまったように。





それから数年経って、私は両親と同じ警察になった。


だが、私は配属初日に問題を起こした。


配属された課で、一緒に仕事をしていた上司が殉職したのだ。


私のせいではない、とみんなは言った。



─初めは。



私は、他の課に配属された。


だがそこでも上司が殉職した。


その後、私が他の課に配属される度にその課の誰か一人が殉職した。


そんなことから、私についたあだ名は 死神。


そして最後に配属されたのが、0課だった。


聞けば、両親も0課だったらしい。




あの事件で生き残った人物は2人いると聞いた。


1人は、犯人を射殺したという少年。


少年と言っても、私と同じくらいの年だそうだ。


もう1人は、射殺された犯人と一緒にいたというフードをかぶり、ピエロの仮面をつけた男。


仮面をつけていたが、声から男ではないか ということだった。


この男は逃走しており、依然その足取りはつかめていない。



事件について、私が知っているのはこのくらいだ。


藤井さんはそれ以上は教えてくれなかった。


だから自分で調べるしかない。


事件の時にいた少年に会えば、もっと分かるのだろうがその少年がどこの誰かも分からない。


ピエロの男を見つけるのが、一番手っ取り早いだろう。



あの日、何故両親は殺されなければいけなかったのか。


私はそれが知りたい。


















「だから悪かったって。」


ベットの上で苦笑しながら、そう言う藤井さん。


「ここ何日か寝てなくてさ、それでお前に担がれて歩いてたら何かこう……すげー気持ちよくなってきたっていうか……。」


「……。」


私は藤井さんの言い訳を、パソコンで始末書を書きながら聞く。


あのあと、病院の前にいた私達を見つけた医師が病院の中から出てきた。


それで私の早とちりだったことが分かり、藤井さんは今こうしてここにいる。


「つうか、お前も勝手に俺のこと殺すな。何だ、申し訳ありませんって。」


「……そんなこと言ってません。」



聞かれてたのかと思いながら、私がそう言ったその時。




コンコン。



扉をノックする音がする。


私はすぐさま扉の方を向いて銃を構えた。



この部屋は誰にも教えていない。


医師が来る時間は決まっているし、警察の偉い人は0課の見舞いなんかには来ない。


一体誰が─。



「おい柊、大丈夫だ─。」


「失礼しま…おわっ! 」


「…これ、どういう状況? 」



扉を開けて入って来たのは、2人の男性。



「柊、こいつらは怪しい奴等じゃねぇよ。」



藤井さんにそう言われた私は、銃を下ろす。



「失礼しました。」



そして、また始末書を書く作業へとうつる。



「2人共とりあえず、中に入れ。」



そう藤井さんに促された2人は部屋の扉を閉めて中に入る。



「えっと…0課の藤井誠ふじい まこと警部……ですよね? 」


「ああそうだ。悪かったな、配属初日にこんな所まで来てもらって。」


「別にいいですよ。つか、大丈夫なんですか怪我。」


「平気平気。とりあえずお前ら、自己紹介頼むわ。」



そんな3人の会話を、私は始末書を書きながら聞く。



「ああ、はい。京極修一きょうごく しゅういちです。よろしくお願いします。」


「俺は杉沢竜一すぎさわ りゅういち。よろしく。」


「ああよろしく。柊、今日から0課に配属される修と竜だ。階級はお前と同じ警部補。つうか、話聞いてた? 」



藤井さんは私の方を見ながらそう言う。


しかもさっそく、2人の名前を略している。



「…聞いてました。よろしくお願いします。」



私が始末書を書きながらそう答えると。



「おい。」


そう言いながら、男性の1人が私の肩をつかみ引っ張った。


多分、竜一と言っていた方だ。


声と雰囲気で分かる。


容姿は黒髪短髪で、年は私と同い年くらいだろうか。



「…何ですか。」


「よろしくお願いしますくらい、相手に向かって言えねぇのかよ。」


「ま、まあまあ竜ちゃん、落ち着いて。まず相手、先輩だからね? 」



私に対して怒っている杉沢さんに焦ったようすでそう声をかける京極さん。


こちらの容姿はとても薄い茶髪で年はやはり同い年くらいに見える。



「…ちっ。つか、竜ちゃんやめろ。」


そう言って、杉沢さんは私の肩を離す。


「いいじゃん。」


そんな2人の会話を聞きながら私はパソコンを閉じ、立ち上がる。


「ん? どこ行くんだ? 」


その行動を見た藤井さんがそう聞く。


「あと少しなので、静かな所で仕上げてきます。」


そう言って、私は病室を出た。
















「何なんですか、あいつ。 」



ため息混じりに竜一はそう言う。



「まあ…あいつにも色々あるから許してやってくれ。」


「いつもああなんですか? 」


「いや、いつもはもう少しましだ。今日は特別機嫌が悪くてな。」



まあ、俺のせいだろうけどな。



そう思いながら俺はそう言う。


「…俺、修一みたいにあいつを敬うとか多分無理ですよ。」


「それでいいよ。つうか、お前ら同い年だし、柊もそんなに気にしないだろ。」



俺がそう言ったものの、竜一はあまり納得していない表情を浮かべる。



「…そういえば、あいつの名前何ていうんですか? 」


「そういうのは本人に聞け。」


「…分かりました。」


竜一は不服そうな顔をしてそう言い、病室を出ていった。


「あいつら仲良くできっかなー…イテテっ。」















『……大丈夫だ、一人じゃねぇよ。』








…あれはこういう意味だったのか。



昨日の藤井さんの言葉を思い出しながら、私が食堂で始末書を書いていると。


「柊先輩。」


さっき病室で自己紹介をした修一という男が現れる。


「…何か。」


私はそう言いながら横目で京極さんを確認すると、始末書を書き続ける。


もう少しで書き終わりそうだ。


「コーヒーどうぞ。 」


「…ありがとうございます。」


始末書を書き終えた私はそう言って、パソコンを閉じる。


「始末書書き終わった? あ、いや、終わりました? 」


「いいですよ、別に敬語使わなくて。年も同じくらいでしょうし。」


「やっぱり同じくらいなんだ。あと、名前教えてほしいな。」


私が敬語を使わなくていいと言った瞬間、それを実行に移す京極さん。


「…柊咲ひいらぎ えみです。」


「咲…。可愛い名前だね。」


「いえ別に。」


そう言って、私はコーヒーを飲む。


「どう呼べばいい? 確か藤井さんは柊って呼んでたよね。柊先輩? 咲先輩? 」


「…京極さんの好きなように呼んでください。」


「じゃあ…咲ちゃんで。」


京極さんの思いがけない一言に、思わず私はコーヒーを吹き出しそうになる。


「僕の好きなように呼んでいいんでしょ? 」


私の様子を見て笑いながらそう言う、京極さん。


「それから、僕のことは修一って─。」


「それはお断りします。」


「えっ。」


「私のことを何と呼んでも構いませんが、京極さんは京極さんです。」



…正直、名前を呼ばれるのも呼ぶのもあまり好きではない。


顔見知り程度だった仲が、より親密な仲へと発展してまった感じがあるからだ。


大体─。



「そういえば、京極さんはどうして0課にきたんですか。」


私はもう、これ以上一緒に仕事をする人を増やしたくなかった。


0課に人が配属されるなんてめったにないから、それはないと思っていたのに。


しかも2人も配属されるなんて異常だ。


「僕? 僕は藤井さんに誘われたんだ。知らなかったの? 」


「…じゃあ、何か問題を起こしたわけではないと。」


「うん。」



…何を考えているんだ、藤井さんは。



「それから、竜ちゃんも別に何か問題を起こしたわけじゃないよ。」


「…竜ちゃん? 」


「その呼び方やめろ。」


そう言いながら現れたのは、さっき自己紹介してた竜一という男。



……ああ…だから竜ちゃん。



「あれ、竜ちゃんどうしたの、竜ちゃんも咲ちゃんと話したくなった? 」


「違ぇよ。名前を聞きにきただけだ。」


もう呼び方を訂正するのも面倒くさいらしく、不快な顔をしながらも杉沢さんはそう言う。


「咲ちゃんだよ。」


「柊咲です。」


京極さんが勝手に教えたのを、私はすかさず訂正する。


「あの、杉沢さんも問題を起こしたわけじゃないってどういうことですか。」


そして、中断されていた話題を元に戻す。


「ああ、竜ちゃんは自分から希望して0課にきたんだよ。ね? 」


そう言って、京極さんは杉沢さんを見る。


「それがどうかしたのかよ。」


「…では2人共、何も問題を起こしていないのに0課にきたんですか。」


「…ああ。」


「うん。」



「…なら2人共、すぐに他の課に移ったほうがいいですよ。」


少しため息混じりに、私はそう言う。


「「は? 」」


2人は、理解出来ないという顔をしている。


「このまま0課にいたら、死にますよ。」


私がそう言うと、少しの間沈黙が流れる。


「…ああ、死神の噂か。知ってるよ、お前がその死神だってことくらい。」


「ちょっと竜ちゃん。」


杉沢さんの言葉を聞いて、京極さんが強めに名前を呼ぶ。


「俺はそれを知った上で、0課を希望したんだよ。」


「そうそう。僕も誘われたとはいえ、無理強いされた訳じゃないからさ、そういうの含めて最後は自分で決めてきたから。」


「…藤井さんくらい、悪運強くないと死にますよ。」



…その藤井さんも死にかけたわけだが。



「知らねぇよ。お前に何と言われようと、俺はもう他の課にいくつもりはねぇ。」


「大丈夫。僕達、悪運強いから。咲ちゃんを1人にしたりしないよ。」


「……。」




……藤井さんも同じことを言った。


そして、その約束を破りかけた。



「とりあえず、これから0課として同じくらいの年どうし、3人で頑張っていこうよ。 」


そう言って、京極さんは手を出す。


「同じくらいじゃなくて、同い年らしいぜ。」


「やっぱりそうなんだ。」


そう言って京極さんは、手を出さずにいた私と杉沢さんの手を引っ張る。


「これから3人、仲良く頑張ろう! 」


それから無理やり手を重ね合わせ、京極さんはそう言った。










─駄目だ。


距離をおかないと。


線を引かないと。


もうこれ以上─。




[つづく]

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