第1話ー0課の死神ー

バァン!



「ったく、毎日熱心だな。」


射撃の練習をしている私にそう話しかけてきたのは、上司の藤井警部。


いつものように、こげ茶の髪をかきながらタバコを吸っている。


「…何か用ですか? あと、ここ禁煙ですよ。」


練習を中断し、私は藤井さんにそう聞く。


「用がなきゃ、話しかけちゃ駄目なのか? 」


「普通は用があるから話しかけるのでは。」


「ちょっと練習を覗きに来ただけだ。」


そう言って、笑いながら私の髪をぐしゃぐしゃと撫でる。


タバコを吸うのは止めそうにない。


「…仕事してください。」


髪を直しながら、私がそう言ったその時。




─青空町で強盗事件発生。被疑者逃走中。ただちに被疑者確保へ向かってください。尚、被疑者は前科3犯。




いつもの出動命令放送が流れた。


「…んじゃ、お仕事しますか。」


そう言う藤井さんと共に、私は現場へと向かった。
















「…では、盗られたのはそのレジの中の現金で、怪我人はいないんですね? 」


「はい…。すみません、包丁見せられて…私、怖くて…。」


「いえ、懸命な判断です。」



怯えた様子の店員に、私はそう言う。




私の仕事─それは、この国の警察。


この国には、警察 という職に就いている人が少ない。


多分、その気になれば全員覚えられるのではないのだろうか。


その原因としては、難関といわれる試験と職務で命が危険にさらされることなどがあげられる。


私はその警察になって、2年くらいになる。



《あーこちら藤井、被疑者確認ただいま追跡中。どうぞ。》


いつもの緊迫感のない声で、無線が入る。


《…了解。》


「…ご協力、ありがとうございました。」



私は店員にそう告げると、店を出る。



《柊、被疑者は夕焼け町方面に向かって走ってる。大通りから離れた細い路地だ。》


《了解です。》


そう答えながら、私は藤井さんが言う路地の方へと走る。






私が藤井さんのいる0課にきたのは1年くらい前。


0課はどんなに小さい事件でも出動命令が下る。


しかし逆に、警察全体で動くような大きな事件が起きた時は、厄介者扱いされる。


0課は問題がある者が行き着くところだと噂されていた。


ただでさえ少ない警察を、問題があるというだけでくびを切る訳にもいかない。


だから、そういう人達を送る課なのだと。





そんなことを考えながら走っていると、私の数メートル前方に脇の路地から男が飛び出してきた。


「! 」



男は私に気づき、私のいない方へと走り出す。


手には大きなバックと包丁を持っていた。


「待ちなさい! 」



私は拳銃を構えながら、すかさず追いかける。


《あー柊聞こえるかー。被疑者を見失った。見つけたら教えてくれ。あとお前、どこにいる? 》


《…被疑者を追ってます。》



藤井さんの無線と、男の持っているものなどを総合して考えると、あの男は強盗犯で決まりだろう。


「止まりなさい! 」



再度警告するが、男に止まる様子はない。


だが、全力で走っていた男の足が突然遅くなった。


─行き止まりだ。


高いフェンスがあり、通れなくなっている。


「諦めなさい。逃げても、罪が重くなるだけですよ。」



男から少し離れた所で銃を構えながら、私はそう言う。


「うるせぇ! そんなお飾りの銃を向けられたって少しも恐くねぇんだよ! 」



男は、包丁を振り回しながらそう言う。


確かに、この男に射殺命令は出ていないので私達はこの男を射殺することはできない。


でも。


「…急所を外しての射撃は出来ます。」



そう言って私が狙いをさだめると、男はたじろぐ。


「包丁とバックを捨てて、手をあげてください。」


「…なあ。」



私の言葉に、男はそう返す。


包丁とバックはまだ捨てていない。


「何ですか。」



私は警戒しながら、男にそう返す。


「俺、今度こそ死刑か? それとも無期懲役か? 」





前科3犯の男。


今回の強盗事件で4犯になることは確実だが、そこまでじゃない。


この国では、処罰の仕方を大きく2つに分けると死刑と無期懲役となる。


他の国ではもっと沢山の処罰の仕方があるらしいが、この国ではそうではない。


規準はざっくり言えば、人に危害をもたらしたかもたらしてないか。



死刑は文字通り死ぬことで償わせる。


無期懲役は一生刑務所の中だ。


重大犯罪を犯した者はこの2つのどちらで罪を償うかの裁判をする。


だが、この男のように軽犯罪であれば捕まっても裁判を受けることはない。


ただ、何日間か身柄を拘束される。


だが、軽犯罪でも5回をこえると無期懲役で罪を償うこととなる。


しかし、この場合は素行が良ければ出所出来る。






「…いや、まだそこまでじゃない。」



私がそう言うと、男はニヤリと笑った。


「そうか。」



そして、そう言うと同時に何かを地面に投げつけた。



ボンッ!



すると辺りは煙でなにも見えなくなってしまう。


「っ!? 」



煙が晴れた頃には男はいなくなっていた。





















ザアァァァ…。





「待ちなさい! 」



もう一度男を見つけた私は、また追いかけていた。




バシャッ!




いつの間にか降りだした雨がつくったみずたまりを、構わず踏みつける。



《柊ー、お前今どこ走ってる? 》


《…夕焼け町の方に向かって走ってます。》



藤井さんの無線に、私は走りながらそう返す。


《おっ、いいね。じゃあそのまま走って来い。》


《…どういうことですか。》


《俺、柊が向かってくる方向にいるから。挟みうちだよ。》



藤井さんは無線で得意気にそう話す。



《…了解です。》



この路地は少しいりくんでいるが大丈夫なのだろうか。


そんな心配をしながら、私は男を追い続ける。



「止まりなさい! 」



ここで止まってくれたらそれはそれでいい。


そう思いながら、再度警告をするも男に止まる様子はない。


それどころか、突然脇の道に曲がって姿が見えなくなった。


急いで私もその道にはいるが、そこに男の姿はない。


脇に木箱などがある、ただの一本道だ。


《…こちら柊、被疑者を見失いました。》



私は立ち止まって、藤井さんに無線でそう話す。


《了解。おっ。》



そう返していた藤井さんが突然変なところで無線を切る。


「柊見っけ。」



そしてそう言いながら、向かいの道から歩いてきた。


「…無線で遊ばないでください。というか、被疑者に会いませんでしたか? 」


「いいだろ。いや、誰にも会わなかったが? 」


「おかしいですね、被疑者はそっちに逃げ─。」


「! 柊! 」



私の言葉を遮って、藤井さんは私の名を叫ぶ。


その視線の先は、私の背後に向けられていた。


振り向いた時にはあの男が包丁を今にも私に刺そうとしていた。


だが次の瞬間、私は腕を捕まれ後ろへ引っ張られた。


それにより、私と藤井さんの位置が逆になる。


そして─。




ザシュッ。




「…ぐっ……。」



男に刺された藤井さんは、地面に倒れる。


「藤井さん! 」



私がそう言って藤井さんに駆け寄っている間に、男は逃げ出す。


「ま、待ちなさい! 」




バァン!




そう言いながら私は、男の右足を撃った。



「ぐ…あああ! 」



だけど。



「ぐ……はぁっはぁっ…。」



男は痛みをこらえて逃走した。



「なっ…。」



私は男を追おうして止めた。



「藤井さん、藤井さん! 」



まずは藤井さんの手当てが先だ。



「…聞こえてるって。」



返事があったことに私は少し安心する。



「藤井さん、ちょっと頑張って歩いてください。」


「……お前、鬼畜だな。」


「確かこの近くに病院があります。そこまでです。私が支えるので。」



そう言いながら、私は藤井さんの右腕を肩にかける。



「つうか、被疑者はどうした? 」


「…逃げました。」



そう言いながら、私達は歩きだす。



「今すぐ追え。病院までは……俺一人で行く。」



痛みをこらえながら、藤井さんはそう言う。



「大丈夫です。あとで他の課に頼んでおきます。その時の責任は藤井さんにとってもらうので大丈夫です。」


「全然……大丈夫じゃないよ。それ。」



雨のせいだろうか。


藤井さんから血がどんどん流れているように思える。


それになんだか冷たい。



「…藤井さん。」



会話が途絶えた途端話さなくなった藤井さんを変に思った私は、名前を呼ぶ。


「藤井さん。」


「……何だ? 」


「急に黙らないでください。」


「いつもなら……黙ってろって言うじゃねぇか……お前。」


「…もうすぐですよ、病院。」


「なぁ……柊。」



そう言う藤井さんの力が、だんだん弱くなるのを感じる。



「…何ですか。」


「結局お前……最後まで敬語だったな。全然……笑わねぇし……。」


「上司には普通敬語です。というか、最後ってなんですか。」


「いや……何かもう……疲れてきたからさ。」


「そんなの絶対駄目です。私、また一人じゃないですか。」


「…………大丈夫だ、一人じゃねぇよ。」



そう言うと、藤井さんはまた話さなくなる。


そんな話をしているうちに、病院へとついた。



「藤井さん。」



私は再度藤井さんの名前を呼ぶが、藤井さんは答えない。



「…藤井さん、病院…着きました。」









ザアァァァ……。





そう呼びかけても答えてくれない藤井さんに、私は呼びかけ以外の言葉を呟いたが、雨がその言葉をかき消した。



【つづく】

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る