第52話 陰謀と少女5
「ええい、くそっ!」
「フルーマル卿、どうしたのじゃ?」
「これは、サイラス様、な、なんでもありません」
自分の館に帰ったフルーマルは、昼間少女に侮辱されたことが我慢ならなかった。
何としても、あやつに煮え湯を飲まさねば。
「ところで、ティーヤムからの使節は、どんな者たちじゃった?」
前皇帝サイラスが、鋭い目で彼を見た。
「は、はい、使節は思ったほどの規模のものではなく、代表はただの小娘でした」
「小娘?
なぜそのような者が使節団を率いておる?
王族か?」
「いえ、それがどうもよく分かりません」
少女を竜騎士と認めたくないがために、フルーマルは大事な情報をサイラスに伝えなかった。
「ふむ、小娘なら、策を練るのにちょうどよいの。
ところで、兵の準備はどうじゃ」
「はっ!
セルート伯爵の兵一万。
マリー辺境伯の兵五千。
我が兵一万五千、会わせて三万の兵が動かせます」
「よかろう。
時は満ちた。
一気に動くぞ!」
「ははっ!」
こうして前皇帝サイラス率いる三万の兵が反乱を起こすことになる。
◇
「メグミ様、フルーマル公から、街の案内をしたいという申し出がありました」
迎賓館に滞在中している私の所にトルネイがやってきた。
「フルーマル公って誰?」
「玉座の間で気絶した男がいたでしょう。
あの者です。
その時のお詫びもしたいそうです」
どうしようかしら。なんだかあのおじさん、生理的に無理っぽいんだけど。
「理由をつけて断ることはできない?」
「それが、招待の書面が正式なものになっていまして。
断ると、後々、なにかと面倒が起こるかと」
庶民の私には、貴族の生活って耐えられそうにないわね。
だって面倒臭そうなんだもの。
「分かりました。
日時を聞いておいてください」
「はい、分かりました」
「ところで、トルネイさんは、故郷に帰らなくてもいいの?」
「はい。
メグミ様の王都での滞在が終わるまでは、お手伝いさせてください」
「故郷では、ご両親が待っているんでしょ?」
「はい」
「私のことはいいから、早く帰ってあげてね」
「はい、ありがとうございます」
頑固な彼のことだから、言葉通り、私の滞在が終わるまでは王都を離れないだろう。
なるべく早く王都を出よう。
私は、そう心に決めた。
◇
「メグミ様、こちらでございます」
フルーマル公からの使者に案内され、私は城の敷地を歩いていた。
その辺りは木々が生い茂り森のようになっている。
レフ、ライ、そしてトルネイたち数人が一緒だ。
「こちらでしばしお待ちを」
彼が私たちを案内したのは、森を抜けた所にある庭園だった。
石造りのベンチと東屋があり、百合のような白い花が咲き乱れていた。
武骨な城の中にある庭園とは思えぬ美しさだった。
「ああ、ラウネの花だ……」
トルネイの部下が膝を着き、そっと花に触れている。
「ラウネの花は、帝国の国花でもあります。
本来、もう少し早い時期に咲くのですが、ここは少し標高が高いので、今が満開ですね」
トルネイが説明してくれる。
ライ、レフ以外はみな涙を流している。
故郷に帰ってきた実感が湧いたのかもしれないわね。
突然、のんびりしたこの場にそぐわない音が聞こえてくる。
カチャカチャと言う金属がこすれる音だ。
振り向くと、鎧を着た多くの兵士が森から出てくるところだった。
全員が手にワンドを構えており、その先頭には見覚えがあるおじさんがいた。
また、新しいカツラを被ったらしい。
「フルーマルさん、お詫びがしたいということでしたが――」
「馬鹿な小娘がっ!
なんでワシがお前なんぞに詫びねばならん?
お前は、サイラス様が皇帝に返り咲く、その生贄になってもらうぞ」
どうしよう、ピーちゃんなら炎で彼らを焼き尽くせるだろうけど、その間にトルネイたちが、攻撃を受けてしまうかもしれない。
私がそんなことを悩んでいると、大勢の足音がした。
「フルーマル公、これは何事です!?」
声は皇帝陛下のものだった。
「陛下、動かぬように。
何かあれば、この小娘を血祭りにあげますよ。
それより、小門の跳ね橋を降ろしてください」
「血迷ったか!
サイラスを担ぎあげても、誰も彼になどついては行かぬぞ!」
皇帝陛下は厳しくそう言ったが、とても落ちついていた。
もしかすると、このような修羅場を潜ったことがあるのかもしれない。
「それはこちらが決めること。
さあ、早くなさい!」
フルーマルが、ワンドを私の方にまっ直ぐ向ける。
皇帝陛下が引きつれていた騎士の一人に何か話しかける。
騎士は私たちの横を通り、傾斜がついた道を下っていった。
跳ね橋を降ろしに行ったのかもしれない。
皇帝陛下は、どうして私たちを見捨てないのだろう。
そうすれば、いくらでもやりようはあるだろうに。
間もなくお城の外で
どうやら、跳ね橋が降りたみたい。
フルーマルの仲間が、その辺りで待機していたのかもしれないわね。
城内になだれ込んでくる兵士の姿が見えるような気がした。
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