第49話 陰謀と少女2

 モリアーナ帝国皇帝ダルメイは、よく整えられた彼の執務室で、机の前に立つ宰相に話しかけていた。


「モラル、その後、サイラスの様子はどうです?」


 彼らは、前皇帝サイラスを王座から引きずりおろした政変で、戦友として戦った。だから、二人だけになると、当時の口調に戻る。


「はい、皇太子様誕生の恩赦を受けて後、フルーマル公の所で大人しくしているようです」


「油断ならない人だからな。

 決して目を離さないでくださいよ」


「ええ、分かっています」


「ところで、彼らの居場所は分かりましたか?」


「いえ、イポローク王国から、エルフ領へ入った所までは分かっておりますが、その後の消息が入ってきていません」


 皇帝が行方を探しているのは、彼らと共にモリアーナ帝国を建てなおした功労者だ。


「まあ、彼らの事だから、どこかで大暴れするに決まってますから、間もなく消息が知れるでしょう。

 他に何かありませんか」


「そういえば、城下にティーヤムからの使節が訪れたという知らせが入っております」


「ティーヤムから?」


 モリアーナ帝国は、隣国ティーヤムと因縁浅からぬ関係にある。

 ティーヤム王国の前身トリアナン王国が崩壊するきっかけとなったのは、前皇帝サイラスの命でこの国が向こうに攻めこんだからだし、現皇帝の后であるタニアは、亡くなったトリアナン王の娘だ。


「なんでも、使節団の代表は竜騎士とか」


 竜騎士か。

 ティーヤム王もまた古めかしいものを持ちだしたものだ。

 皇帝ダルメイは、少し呆れていた。

 伝承に伝わる竜と共に戦った騎士に因んで、特に功績があった者を竜騎士と名づける習慣は、すでに廃れて久しい。

 その名で呼ばれる騎士がいる国は、すでに一つもなかったはずだ。


「竜騎士とはな……。

 どんな男だ?」


「いえ、それが報告によれば、美しい少女だという話です」


「なに?

 それは一体どういうことだ?

 ティーヤム国王は、私をからかおうというのか?」


 まだ隣国との関係が良かった頃、舞踏会で会ったティーヤム国王の人となりを思いうかべる。

 当時まだ若く、帝国の軍師にすぎなかった彼の目には、貴族らしく優雅で、上品な冗談も言えるティーヤム王は、眩しいものに映った。

 しかし、竜騎士として少女を送ってくるなどという、奇想天外なことをする人柄には見えなかった。


「とにかく、謁見の用意をしておいてください」


「はっ。

 その時は、念のため近衛騎士に加え帝都騎士隊からも、人員を配置しましょう」


 長いつき合いで、モラルは皇帝が言葉にしなくても、彼の意図を察することができた。


「お願いしますよ」


「六日後の皇太子様の任命式はいかがしますか?」


「そうですね。

 予定通り進めてくれますか」


 この国では、王の長男が生まれると、一歳の誕生日を待ち正式に皇太子として任命される。この儀式は、かつて赤子が出生からわずかで死ぬことが多かった時代の名残だと言われている。 


 ダルメイ皇帝は、立ちあがると振りかえり、窓から見える景色を眺めた。

 小高い丘の上に建つ城の窓からは、広大な帝国領がかなり遠くまで見とおせた。


 何も無ければよいが。

 元が有能な軍師であった皇帝は、何かが起こりそうな不安を拭えなかった。


 ◇


 一足先に城下町に入っていたトルネイに案内され、私たちは大きな食事処に来ていた。

 テーブルが八脚もある立派な店で、お客さんも裕福な人が多そうだった。

 人数が多い私たちは、別室の大広間に通され、そこで食事をすることになった。

 

「ヘルポリからここまでの長旅、ご苦労様でした。

 おかげで、神樹様からのお願いとティーヤム国王陛下からの依頼の両方が無事終わりました。

 みなさんが故郷に帰れたことをお祝いして、乾杯しましょう。  

 乾杯!」


 「「「乾杯!」」」


 みんなが笑顔で涙を流している。

 故郷に帰れた事が、よほど嬉しかったのだろう。

 地球にこれっぽっちも帰りたいと思わない私には、その気持ちは分からなかった。


 城下では有名な店ということで、出てくる料理はどれも美味しいものばかりだった。

 

「メグミー、この丸いの、もっとちょうだい」


 ピーちゃんは、甘く味付けされた肉団子が気に入ったみたいだ。

 アクアは、お皿の上に置いたグラスで水浴びをしている。


「メグミふぁま、このあろはどうしますか?」


 口に一杯料理を詰めこみ、リスのような顔になったライが、話しかけてくる。

   

「そうね。

 せっかく来たんだから、ここの観光をしようかしら」


「わー、いいですね!」


 レフが喜んでいる。

 二人とも、剃っていた髪の毛が伸び、スポーツ刈りくらいになっているから、街に出ても笑われたりしないだろう。


 食事を終えると、私たちは街に繰りだした。


 ◇


 王都中心部は、素晴らしく美しかった。

 あちらこちらに花を植えた公園が見られ、着飾った人々が穏やかな表情で石畳の道を歩いている。 

 色とりどりの花や鮮やかな絵で美しく飾り付けられた店舗が軒を連ね、まるでおとぎの国に来ているようだった。

     

「なんかすごい街だね、メグミ」 


 袋からそっと顔をのぞかせたピーちゃんも、街の様子に驚いたようだ。

 

『メグミー、アッチ』


 アクアが、空中で小さな手を伸ばす。

 彼女が指さす方へ進んでみる。


 そこは街の中心なのか、円形の大きな広場になっており、巨大な噴水が中央にあった。

 そこから空中に噴きだす水は、十メートルくらいの高さがあった。

 アクアが小さな青い体をひらめかせ、さっと水の柱へ入って行く。


「おかあさん、あれはなに?」


 男の子が、噴水で戯れるアクアに気づいた。


「どこ?」

「ほら、噴水で遊んでるよ」

「うーん、お母さんには何も見えない……えっ!」


 噴水の周囲にいた数人が、アクアの方を見て、口をポカンと開けている。


「み、水の妖精!

 どうして姿が見えるの!?」

「騎士に知らせろっ!」

「妖精さん、こっちに来てー」


 騒ぎがだんだん大きくなってくる。

 どうしよう。アクアには、もっと遊ばせてあげたいけど……。


 そのとき、バタバタという足音がすると、数人の男が噴水に近づいていった。

 恰好からして商人のようだ。


「急げっ!」

「騎士が来る前にずらかるぞ!」

「早く捕まえろっ!」


 一人が手に柄の長い網を持っている。

 大変、このおじさんたち、アクアを捕まえる気だわ!

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