第48話 陰謀と少女1

 私たち一行は、フェーベンクロー公国から帝国領に入った。


 エルミの街で馬車と荷馬車を雇ったから、旅はずい分楽になった。


 私は荷馬車だけ雇おうとしたのだが、レフとライがあっという間に手続きしてしまったのだ。

 客車には、私とピーちゃん、アクアだけが乗っている。

 こんなに贅沢していいのかしら。


 ピーちゃんは、私が撫でる回数が増えてご機嫌だ。

 旅の途中、綺麗な水が流れている所があれば立ちどまり、アクアを遊ばせているから、彼女も機嫌がいい。


 本当は自分の足で歩くのが好きなんだけど、ピーちゃんとアクアが喜んでくれるならこれでいいわよね。

 

 帝国に入ってからは道幅も広く、旅は順調そのものだ。  

 道行く人々の衣服も整っており建物はよく手入れされている。フェーベンクロー公国で見たような荒廃は、かけらも見られない。

 豊かに実る穀倉地帯を通り、道は続いていた。


 私たちは、小さな村に宿を取ることにした。

 村長の好意で、私だけ彼の家にある離れに宿泊する。

 他の人は、宿屋や民家に泊めてもらうことになった。

 四十名を超える人数なので、この辺は仕方がない。


 どうしても、私を護衛すると言っていたレフとライも、宿屋に泊まるようしてもらった。

 今までずっと気を張っていた彼らに、ゆっくり休んでもらいたかったのだ。


 日が暮れまで、まだ時間があったので、ピーちゃんとアクアを連れ、散歩することにした。

 畑の中を通る道をゆっくり歩く。稲に似た穀類が実った畑は、黄金色の海のようだった。

 そよ風が吹くと、それが波のような模様を描く。

 途中見つけた小川のほとりに腰を降ろす。

 流水のせせらぎが耳に心地よい。


 ピーちゃんは私の膝で丸くなり、アクアは水浴びしている。

 二人の幸せそうな顔を見ていると心が温かくなる。

 それはとても素敵な時間だった。


 ◇


 次の日、村長にお礼を言ってから村を出発した。


「トルネイ、村のそこかしこに、赤い布が縛ってあったけど、あれはなに?」


「ああ、私もそのことを不思議に思って尋ねたんです。

 宿のおかみが言うには、一年ほど前に、王女様が村にいらっしゃったそうで、その方の赤い髪にちなんで、そういうことを始めたそうです」


「へえ、そうなの」


 この世界に来てから、赤い髪の人には会ったことがない。

 しかも、王女様なんて素敵だわ。

 そのうちにお目にかかってみたいわね。


 これから大変な目に遭うとも知らない私は、そんなことを考えていたの。


 ◇


「なに?

 ティーヤム国の使節が入国してるだと?」


「はい、間違いありません」


「そうか。

 確かに、いくさが終われば親善使節が訪れてもおかしくないが……」


 痩せぎすの男が、暗い目でつぶやく。

 この男は、サイラスと言う。 

 一年前まで、ここモリアーナ帝国の皇帝だった男だ。

 彼は、ティーヤムから使節が来たことに不安を覚えていた。

 なぜなら、ティーヤム王国がまだトリアナンと呼ばれていたころ、部下に命じ、その国の内部をかく乱しようとした事があるからだ。

 トリアナンに仕掛けた戦争も、この男が皇帝として命じたものだ。


 サイラスが恐れているのは、ティーヤム王が彼の行った秘密工作を調べあげ、責任を追及するのではないかということだった。

 悪いことに現ティーヤム国王は、前トリアナン国王の実弟にあたる。

 だから、サイラスが罪を問われる恐れは十分にあった。


 しかし、ものは考えようだ。クーデターにより、サイラスが二代前の皇帝を追いおとしたきっかけは、他国からの使節だった。

 この国を訪れているティーヤムからの使節を上手く利用すれば、もしかすると、念願の復権が果たせるかもしれない。

 サイラスは、そんな胸積もりを抱くことになった。

    

 これは、愚かとしか言いようのない事だった。なぜなら、皇帝としておこなった数々の失政により、彼は国内外共にまったく信用されていないからだ。

 クーデターを起こそうなどと企んでもついてくる者がそれほどいるはずはなかった。ただ、本人は全くそのことに気づいていないから厄介だ。


 モリアーナ帝国は、前皇帝を生かしておいたばかりに、ふたたび混乱を招こうとしていた。

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