第47話 妖精と少女8
街が祭りで盛り上がっている中、私はスグリブさんを連れ、以前立ち寄った酒場の扉を潜った。
店の中はお客さんが一杯で、壁際で立ったままお酒を飲んでいる人もいた。
「ああ、嬢ちゃん、また来てくれたのかい?」
おかみさんが、笑顔で迎えてくれる。
その笑顔が凍りつく。
私の後にいるトルネイを目にしたからだ。
ただ、今回は、凍ったその顔があっという間に驚きで溶けた。
「あっ、あんたは!」
トルネイの後ろから現れたのは、スグリブさんだ。
「スグリブの旦那、久しぶりだね!
どうしてたんだい?
それより、その鎧はどうしたんだい?」
酒場のお客も、皆こちらに注目している。
お酒で顔を赤くした商人風のおじさんがガタっと立ちあがる。
「も、紋章騎士!」
その声をきっかけに、酒場がすごい騒ぎになった。
膝をついたり、平伏しようとした人が多かったのだが、若い女性は、スグリブに抱きつこうとする者もいた。
「皆のもの、静かに。
ここにおられるのは竜騎士メグミ殿だ。
畏れおおくも、この国の復興にお力をお貸しくださった」
「スグリブさん、あ、あんた紋章騎士って、本当かい?」
「ええ、本当ですよ。
以前ここに女性と立ちよった事があるでしょう。
あれは、公女様ですよ」
「なんだって!?」
おかみさんの前でずっと頭を下げていたトルネイの背中を、スグリブがドンと叩く。
「こいつは、俺の甥です。
今、竜騎士様をお守りしています」
おかみさんは、頭を下げているトルネイをじっと見ていたが、突然奥のドアから出ていった。
「スグリブさん、おかみさんを知ってるんですか?」
「ええ、一年ほど前、ここを通りかかったとき、この店で暴れていた帝国兵を叩きだしたことがあるんです」
ああ、一年前に帝国兵を懲らしめた正義の味方ってスグリブさんだったのね。
おかみさんが、奥から出てくる。
両手で木箱を抱えている。
彼女は、それをトルネイに手渡した。
「腐りにくいもんだから、旅の途中、みんなでお食べ」
「お、おかみさん……」
トルネイが涙ぐんでいる。
「あたしも言いすぎたよ。
帝国兵ってことで、罪もないあんたを恨んじまった」
「だけど、俺は……」
トルネイは、言葉が続けられなくなった。
その肩をスグリブさんが、抱いている。
「おかみさん」
「なんだい、嬢ちゃん、あっ、竜騎士様だったね。
馴れ馴れしくして申し訳ありません」
「おかみさん、私には、今までと同じように接してください。
それより、今日ここにいるお客さんのお勘定は、全部私につけてください」
「えっ、そんなことしてもらっては――」
遠慮しようとしたおかみさんに、スグリブさんが話しかける。
「ははは、おかみさん、竜騎士殿のご厚意だ。
ありがたくいただいておきなさい」
「そ、そうかねえ。
おーい、みんな、今日の食事はここにいらっしゃる竜騎士様のおごりだよ!」
「「「おおーっ!」」」
お客さんが盛りあがる。
「じゃ、おかみさん、俺とこいつで音楽やっていいかい?」
「スグリブさん、あんたそんなことできたのかい?」
「まあ、あまり期待しないでね」
スグリブさんは、鎧の中からオカリナのようなものを二つ取りだした。
彼はその一つをトルネイに手渡した。
「腕は落ちてないだろうな」
スグリブさんは、そう言うと、それを口に当てた。
「おじさんこそ、音を外さないようにね」
二人は拳をぶつけあうと、楽器を吹きはじめた。
それは、お祭りにふさわしく心が浮きたつような曲だった。
店を手伝っている二人のお姉さんが、曲に合わせて踊りだす。
次々にお客が立ちあがり、彼らも踊りだした。
横を見ると、おかみさんが涙を浮かべてそれを見ていた。
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