第44話 妖精と少女5


 次の日、皇女様と謁見するため、私はメイドたちに服装を整えられていた。


「お嬢様、宝飾品などはお持ちではないので?」


 うーん、マジックバッグの中にはあるけど、なるべく人前で使わないように言われてるし。 


「ありません」


「しょうがないですね。

 代用品でごまかしておきましょう」


 メイドが、おそらくガラス玉だろう首飾りを着けてくれる。

 見るからに安っぽい。


「では、後ほどお迎えにあがりますから、お召しものを汚さないよう、飲食はなさらないでください。

 お召しものがシワになるから、横になられたり椅子にお座りにならないようお願いします」


 うへー、貴族って毎日そんなことしてるの?

 そんな生活、私には絶対無理だわ。


 ◇


 しばらくして、ノックがしたのでドアを開けると、凛々しい長身の女騎士が立っていた。


「メグミ様、お支度はよろしいか。

 謁見のお手伝いをいたします、ミネルバと申します」


「こんにちは、よろしくお願いしますね」


 騎士ミネルバは、私の姿を見るとギョッとしたような顔になった。

 メイドが出ていってから、マジックバッグの中にあったティアラ、首飾り、イヤリング、指輪を着けたけど、それが似合ってなかったのかしら。

 せめて、腕輪だけでも外した方がいいかな。


「どうぞ、こちらへ」


 ミネルバさんは、私の考えを中断させるようにクルリと後ろを向くと、さっさと歩きだした。

 毛布を被って寝ていたピーちゃんを袋に入れ、慌てて後を追う。


 長い廊下を何度も曲がり、足が痛くなるほど階段を上がると大きな扉があった。

 前に槍を持った二人の騎士が立っている。


 ミネルバさんが、私の方を振りかえる。


「あっ!

 いつの間に袋を?

 スグリブ様から、袋は玉座の間に持ちこまないよう言われています」


「でも、私の友達ですよ!」


「魔獣の子など、玉座の間に入れられるわけがないでしょう!」


 ミネルバさんの言葉にカチンときた私は、袋の蓋を開けた。


「魔獣だろうが、ドラゴンだろうが、友達とはいつも一緒です」


「やめろよ、メグミ、恥ずかしいだろう」


 ピーちゃんが少し赤くなっている。


 ガチャ、ガチャ、ガチャ


 そんな音がして顔を上げると、ミネルバさんはもちろん、警備の騎士二人も白目になり床に倒れている。


「ボ、ボクのせい?」


 ピーちゃんの声は、他の人には、なにやら唸り声のように聞こえるみたいだからね。


「ピーちゃんは、悪くないっ!」


 私はきっぱりそう言うと、扉をバーンと開けた。


 ◇


 広さが体育館ほどもある豪華な部屋は、奥の高くなった所にキラキラの椅子があり、そこに美しい金髪の女性が座っている。

 その顔には、昨日会った少女の面影があった。


 周囲には胸に紋章がついた騎士が控えていた。

 両脇に貴族が居並ぶ赤いカーペットの上をずんずん歩き、玉座の前まで行く。


 スグリブさんが後ろに下がりなさいというジェスチャーをしてくるけど、気にしなかった。


「スグリブ、構いません」


 玉座に着いている、もの凄く綺麗な女性がそう言った。

 ただ、なぜか彼女はその両目を閉じている。


「こんにちは、公女様。

 私は冒険者で、メグミと言います。

 ティーヤムの国王陛下から、お手紙とお言葉を持ってきました」


「いいでしょう。

 聞きましょう。

 でも、あの国には、さんざん嫌な思いをさせられてきました。

 お話を聞いても、それにお答えできるとは限りませんよ。

 それでもよろしいか?」


「はい、ヴァルトアイン陛下から、公女様がそうおっしゃられるだろうとうかがっております」


「なるほど、で、その言伝とは?」


「この者に免じて過去の遺恨は水に流してほしい。

 償いは、公国への援助で示したい。

 そうおっしゃられていました」


「……確かに、この国は復興に全力を挙げているところ。

 どんな援助でも欲しいのです。

 ただ、それがティーヤムからとなると話は別です。

 彼の国は、かつてトリアナンと呼ばれていましたが、約定を違え、この国を攻めただけでなく、先代の公王であった我が夫を殺し、私と娘をさらいました。

 友人が助けてくれなければ、私も今ごろ生きてはいなかったでしょう。

 現国王ヴァルトアインは、直接それに関わっていたわけではありませんが、トリアナン国王の実弟ですよ。 

 それでも、私に彼の申し出を受けろと言えますか?」 


 ティーヤム国王から聞いていた通り、確かにこれは難しい仕事だわ。


 公女様が、その両の目を開いた。 

 そこには普通の目はなく、青く光る宝石のようなものがあった。


「トリアナン国王は、私の目をえぐり取り、この宝玉を入れました」


 うーん、両国の仲直りは無理っぽいわね。 


「とにかく、このお手紙だけはお読みください」


 マジックバッグから、手紙を入れた美しい装飾箱を取りだした。


「まあ、ついでですから、拝見だけはしましょう」


 公女様がそう言うと、騎士の一人が私の手から箱を取り、公女様の前でひざまずくとそれを頭上に掲げた。

 玉座の後ろから出てきたローブ姿の老人が、ワンドを取りだし呪文を唱える。

 箱が光ると、その蓋がふわりと浮いた。


 老人が礼をして後ろに下がると、皇女様は箱の中から手紙を取りだした。

 青い宝石の目を大きく開けると、驚いた顔になる。


 私も驚いていた。だって、あんな目で物が見えるのかしら?


「メグミ、あなた竜を連れているって本当ですか?」


「本当だよ」


 公女様の問いかけには、私ではなく、袋から顔を出したピーちゃんが答えた。

 まあ、みんなには、竜の唸り声が聞こえただけだろうけど。

 貴族たちの多くが腰を抜かし、床にお尻を着いた。


「……竜騎士、あなた竜騎士に任命されたのですね?」


「はい」


「なるほど、だから、『この者に免じて』とティーヤム国王は、伝えたわけですか。

 しかし、それでも……」


 公女様の口から、両国の関係修復を断ちきる言葉が出ようとしたとき、なぜかそれが途切れた。


「あ、あなた、それは?」


 公女様が、震える指でこちらを指さす。

 私の肩には、水の妖精アクアが座っていた。

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