第42話 妖精と少女3

 山間のキャンプ地で、二三日過ごすうちに、みんなの暗い顔も少しずつ晴れてきた。


 新しく仲間に入ったアクアが無邪気に飛びまわる姿を見て、みんな心が慰められたようだ。  

 ライとレイは、なんとかアクアと会話しようとしているが、まだ成功していない。

 最初ピーちゃんのことを嫌がっていたアクアだけど、時おり彼の頭に座るくらいには仲良くなっていた。

 フェーベンクローの公都に向け、出発することにした。


 エルミの街には入らず、間道を抜け街道に出た。

 街道は、思ったより人の行き来が多かった。材木や石材を荷車に載せ運んでいる人が目立つ。荷車の車輪が立てるゴロゴロという音が、絶えず聞こえてくる。


 昼過ぎに小さな街に到着した私たちは、その中心を貫く大通りを歩いていた。

 両脇には建築中の家や、修理中の家が多く、ここに来るまでに木材や石材を運んでいる人が多かった理由が分かった。


 一人のおばあさんが、腰に手を当て、途方にくれたように家を見上げている。

 その姿があまりに痛々しく、私は思わず声を掛けた。


「おばあさん、どうしたの?」


「あ、ああ、嬢ちゃん、去年の戦乱で家が壊れちゃってね。

 雨漏りがひどいんで、親戚んちに仮住まいしてるんだけど、懐かしくなって見に来たんだよ」


 よく見ると、確かに家の上半分が黒ずんでいる。

 もしかすると、一度火事になったのかもしれないわね。


「メグミさん、ちょっといいですか?」


 声を掛けてきたのは、元帝国兵のトルネイだった。


「みなと話したのですが、この家の修理をさせてもらえませんか?」


 それを聞いていたおばあさんの顔が、ぱっと明るくなる。


「あ、あんた、そりゃホントかい!」


「ええ、喜んでお手伝いさせてもらいますよ」


「ああっ、神様っているんだね。

 ウチは男手が無くてね。

 誰かに頼もうにも、みんな自分の家を直すのに手いっぱいだろ。

 もう、この家のことは半分諦めてたんだよ。

 だけど、死んだじんさんとの思い出が詰まった家だから、悔しくてねえ。

 あんたらが直してくれるなら、こんなありがたいことはないよ」


「分かりました。

 みんな、この方のおうちを直しましょう」


「「「おおーっ!」」」


 こうして、私たちは、おばあちゃんの家を直すことになった。


 ◇


 元兵士だった人の中には、土木技術に長けてる人もいたから、家の修理は思ったよりはかどった。

 大きな材木や石は、暗くなってからピーちゃんが運んだ。

 彼が街の人に見つかると、騒ぎになっちゃうからね。


 夜は、おばあちゃんの家に泊まった。人数が多いから、廊下も使っての雑魚寝だけど、みんなの表情が明るいから私は嬉しかった。

 ライとレフは、私が眠くなるまで冒険者やギルドのことを尋ねていた。


 大人数で修理したから、四日後にには屋根の穴は全てふさがり、火災で黒くなっていた壁も全て白く塗りなおされた。

 おばあちゃんは、私たち一人一人に頭を下げ、感謝してくれた。


「あんたたち、先を急がないならいつまで居てくれてもいいんだよ」


 そんな言葉までもらったが、さすがにこの人数がずっとお邪魔することもできない。修理が終わった翌日、そこを発った。


 ◇


 道を歩くみんなに、また笑顔が戻っていた。

 時々休憩を取りながら、街道を進んだ。


 前方に茶色の瓦を載せた屋根が連なる景色が広がる。

 私たちは、やっとレーベンクローの公都にたどり着いたようだ。


 街はとても大きく、やはりあちこちで戦争の爪痕が見られた。ただ、なぜか働いている人々の表情は、明るかった。

 街に入ってしばらく歩くと、特にひどく家々が破壊されている地区に出た。


 住民が冷たい目でこちらを見ているから、ここを破壊したのも帝国の兵士たちかもしれない。  

 私たちの一行は、自然にお互いに肩を寄せあうようまとまっていた。

 

 突然、壊れた建物の陰から、四五人の男が飛びだす。薄汚れたその服はやはり青かった。つまり、帝国兵崩れだろう。


「おい、お前ら、その女を置いていけ!」


 まさか、昼間から街中で盗賊まがいことが行われているのかしら?

 私は、むしろそのことに驚いた。


 男の一人が、なべのような形をした金属を棒で叩くとカンカンという高い音がなり、周囲に同じような男たちが湧くように現れた。

 人数はこちらの方が多いが、彼らは弓を持っている者が多かった。

 魔術が一般的なこの世界で弓を見たのが初めてなので、私はもの珍しくてそれをじっと見てしまった。


「メグミ様、この下に!」


 ライとレフが、背中で私を押すように荷車に近づく。これは、家を直したおばあさんからもらったものだ。

 レフが私をその下へ押しこんだ。

 荷車を中心に輪になった仲間が、懐からワンドを取りだす。


「やっちまえっ!」


 最初に声を掛けてきた盗賊がそう言ったのと、その彼に何かがぶつかり吹っとんだのは同時だった。


「い、痛ってえ、な、何だ!」


 大きくはね飛ばされた盗賊だが、それほどダメージは受けていないようだ。


「なんか、見た顔でやすねえ」


 のんびりした声が聞こえてくる。

 ワンドを構えた七、八人の男たちが現れた。

 彼らは、銀色の鎧を身に着けており、鎧の胸には同じ紋章が描かれていた。


 その男たちが何か唱えると、弓を持っていた盗賊がさっきの男同様、吹っとんだ。


「おい、殺すなよ」


 左目に黒い眼帯を着けた鎧のおじさんが、落ちついた声でそう言った。


「団長、俺たち近接が苦手なのを知ってて言ってるでやすか」

「まったく、苦労させてくれやすねえ」


 男たちの会話は、着ているものと似合わない気がした。  

 なにより、あまりに落ちついた態度が、この状況にそぐわない。


 鎧の騎士たちは、「団長」と呼ばれた眼帯の男を除き、ワンドをしまうと、両手の指ををぽきぽき鳴らしながら盗賊に近づいていった。


「おめえら誰だっ!」


 盗賊たちが身構える。


「忘れたでやすか?

 まあ、一年以上前だからしかたないでやすけどね」


「お、おい、こいつら……」


 急に盗賊たちが怯えだす。


「に、逃げろっ、ヤツらだっ!」


 背中を向けた盗賊に、鎧の男たちが襲いかかる。

 彼らは、次々に盗賊を倒していった。


 私は驚いてそれを見ていた。なぜなら、鎧の男たちが、空手や柔道のような技を使っていたからだ。

 走って逃げようとした盗賊は、眼帯の男に魔術で倒されていく。

 なぜか、盗賊は誰一人魔術を使わなかった。


「まったく、懲りねえやつらでやすねえ」

「まあ、これでやっと城下も静かになるだろう」


 盗賊を全員倒し、それを後ろ手に縛りあげた鎧の男たちが、そんな会話を交わしている。


「お嬢さん、お怪我はありませんか?」


 眼帯の男性が、私に話しかけてくる。


「はい、助けてくれてありがとう」


「俺たちが通りかかってよかったですね。

 こいつらは、城下で散々悪さをしてきた盗賊団で、前から探していたんですよ。こいつら、魔術は使えないんですが、やり方が巧妙でなかなか尻尾がつかめなかったんです」 


「そ、そうですか?」


「も、もしかして、スグリブおじさん?」


 私の横に並んだトルネイが、驚いたような声を出す。


「んっ?

 お前、トルか?

 なんでこんな所にいる?」


 トルネイは、がしっと眼帯騎士の鎧に抱きつくと、その胸の紋章に顔をつけ体を震わせている。声を殺して泣いているようだ。


「団長、とにかくこいつらを何とかしませんと」


 騎士の一人が、足元に転がっている盗賊を指さす。


「そうだな。

 お嬢ちゃん、その荷車貸してくれるか?」


 トルネイのせいで身動きが取れない眼帯さんは、部下に指示を出し、縛りあげた盗賊たちを荷車に載せた。

 盗賊を山積みにした荷車は、ライとレフ含め、数人が押している。

 荷車に載っていた荷物は、私の仲間がそれぞれ分け持った。


「お嬢さん、どこへ行きたいのかね?」


 眼帯の騎士が私に尋ねる。


「実は、ティーヤム国王からの親書をお城に届ける目的で来ました」

 

 それを聞き、おじさんは驚いた顔をしたが、すぐに落ちついた表情に戻った。


「そうですか、私たちが城まで案内しましょう」


 ◇


 私たちは、トルネイが「スグリブおじさん」と呼んだ眼帯の騎士に連れられ、大通りを歩いていく。

 家並みが整った地区までくると、人々が拍手する。

 鎧の男たちが、それに手を振りこたえる。

 若い女性から、黄色い声が上がる。


「きゃーっ!

 騎士様ーっ!」

「マリオ様ーっ!」

「エロル様ーっ!」


 彼らは、人気があるようだ。

 男性アイドルグループのような立場なんだろうか?

 そう思うほど、若い女性からの歓声は凄かった。


「やばいでやんす。

 俺っち、またモテモテでやんすよ」

「綺麗なお姉ちゃんがいる店に、だんだん行きにくくなるでやんす」


 鎧の人たちは、アイドルらしからぬ会話をしている。

 彼らの素性が知りたかったが、それを聞く相手であるトルネイは、眼帯のおじさんと肩を組んで歩いている。仕方ないから私は黙っていた。


 三角屋根の大きな家が建ちならぶ美しい通りを抜けると、跳ね橋を渡った。

 大きな門を潜ると、そこにはヨーロッパ風の大きな城があった。

 石造りの城は、あちこち丸太で足場が組まれており、修理中のようだった。

 この国に帝国が攻めこんだ時の爪痕だろう。


 お城に入ると、鎧を着けた騎士だろう人たちや、ローブ姿の人たちが、私たちの先を歩く鎧の男たちに頭を下げている。

 もしかすると、彼らは、かなり位が高い騎士かもしれない。

 

 私たちは、すごく立派な迎賓館に案内され、そこに泊まることになった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る