第40話 妖精と少女1

「なんかいつもと違うわね」


 ベラコスでも、スティーロでも、街を出る時は、ピーちゃんと私だけだった。

 それなのに、今回は私たちの周りに大勢の人がいる。

 元盗賊の人が十人余り、そして、ヘルポリで元領主に仕えていた人が二十人近く、合わせて四十人くらいが、一緒に旅をしている。


 そして、なぜかみんな元気がいい。

 小学生が遠足をしているようなノリだ。

 声を揃えて歌を歌ったり、楽器を演奏したり。

 とにかく楽しそうだ。


 この先に待っている、任務の難しさを知らないからかもしれないわね。

 でも、せっかく楽しそうだから、放っておきましょうか。


「メグミ様、今までどんな冒険をされたのですか?」


 冒険者になったばかりのレフが聞いてくる。


「うーん、私も冒険者になって二か月も経ってないから、余り詳しくはないの」


「「ええっ!!」」


 二人は凄く驚いたようだ。


「それで、どうやったら金ランクに!?」


 ライが信じられないという顔のまま尋ねる。


「うーん、それが大したことしてないのよね。

 キノコ採ったり、幽霊みたいなのやっつけたり。

 どうして金ランクになったか、私が知りたいくらい」


「そ、そうですか。

 では、どうやってドラゴンとお友達になったんですか?」


「ダンジョンの最下層で知りあって、そこのボスを倒したからかな」


「へえ、ボスですか。

 どんなボスですか?」


「デミリッチっていうんだけど、知ってる?」


「いいえ、聞いたことありませんね。

 レフはどう?」


「うーん、俺も聞いたことないですね。

 アンデッドっていう凄く強いモンスターがいるってのは聞いたことがあります」


「デミリッチは、そのアンデッドがすごく強くなった奴だよ」


「「ええっ!!」」   


「一体、どうやって倒したんです?」


「うーん、そこは話せないんだよね。

 二人とも、冒険者になったんだから、スキルやお宝のお話はしちゃだめって覚えておかないと」


「「はいっ!」」


 なんか、ライとレフがやけに素直な気がする。

 こうして、特に何も起こらないまま、私たちはフェーベンクロー公国へと入った。


 ◇


 公国に入ってすぐの所にあるエルミという街は、比較的大きく、人々の活気もあった。

 トルネイがかつてこの街へ来た時に訪れたという、大きな酒場で食事をすることにした。


 酒場は大通りに面していて、丸テーブルが八脚もあった。

   

「おかみさん、お久しぶり」


 トルネイが、愛想よさそうなおかみさんに話しかけた途端、彼女の顔色が変わった。


「あ、あんたはっ!

 出てお行きっ!

 塩、持ってきな!」


 働いている若い女性が壺を渡すと、それに手をつっこんだおばさんが、塩をトルネイにぶつけた。

 お客さんたちからも、声が上がる。


「帝国兵だなっ!

 出ていけっ!」

「おとといきやがれ、このクズどもっ!」

「食事がまずくなるよっ!」


 散々ののしられ、みんな店から出ていった。

 何が起こったか分からない私がキョロキョロしていると、おばさんが、こちらを向いた。


「お嬢ちゃん、どうぞこちらへお座り」


 私も怒鳴られると思っていたから、あまりに優しい声に驚いてしまった。


「驚ろかしちまったね、さあさあ、座ってね」


 私は一つだけ空いているテーブルに着いた。

 テーブルを一人で使ってもいいのかしら。


 お水を持ってきてくれたお店のお姉さんに、さっきの事を聞いてみる。


「どうして、おばさんは、あんなに怒ってたんですか?」


「ああ、あれね」


 お姉さんは、私の方にかがむと、小さな声でささやいた。


「一年ぐらい前に、おかみさんのご主人が帝国兵の無法で殺されちゃってね。

 私もその時、その場にいたんだけど、それはもうひどかったの。

 まあ、その後、そいつらは正義の味方にコテンパンにやっつけられたけどね」


 なるほど、それでは帝国兵を嫌うのも当然だ。


「その後も、フェーベンクローでは帝国兵や、帝国兵崩れが暴れまわっていたから、この街には誰も帝国兵を相手にしようって人はいないよ」


「そ、そうですか……」


 街の事についていろいろ尋ねてから、その店を後にした。

 ピーちゃんが匂いをたどり、公園で座りこんでいる彼らを見つけた。

 ここに来るまでの陽気さと一転、みんな凄く暗い顔をしている。


「みんな、ちょっと聞いてちょうだい」


 お店でお姉さんから聞いた話を、包み隠さずみんなに伝えた。


「なるほど、そういうことでしたか」


 トルネイは納得したようだが、暗い表情は消えなかった。


「国を守るために軍人になったのに、どうしてこんなことになってしまったのか……」


 そう言ったのは、ヘルポリで領主に仕えていたヒプノという元士官だった。


「みなさん、とにかく今夜の宿を探しましょう」


 私はそう言うと、みんなを引きつれ町の宿を回った。

 元兵士の服装から、彼らが帝国兵だと分かるのか、宿泊を引きうけてくれる宿屋は一つもなかった。  


 ◇


 元兵士たちは、買い物さえお店の人から断られたので、私、レフ、ライが手分けしてテントや食材を買いこんだ。


 準備が終わると、私がみんなの先頭に立ち、お店のお姉さんから聞いていた場所へ向かった。

 そこは山道を少し登ったところにある広場で、旅商人たちがよく利用するらしい。

 着いてみると、広場はかなり広く、石造りのかまどやトイレまであった。


 水場は広場の脇にある小さな滝で、水浴びはできそうになかったが、飲み水には十分な水量があった。

 マジックバッグから皮の大型水筒を出し、それに水を満たす。

 ピーちゃんがポンと袋から顔を出した。


「何かいるね」


 彼がそう言ったとたん、私が抱えた大型水筒から、ぽちゃんと何かが飛びだした。手のひらに収まりそうなその生き物は、身体が青く、二枚の透明な羽根で宙を舞っている。

 鈴を鳴らすようなちいさな音がした。


チリチリリーン


「アナタ ダレ?」

「アナタ ダレ?」

「アナタ ダレ?」


「マネスル ダメ」

「マネスル ダメ」

「マネスル ダメ」


 いつの間にか、三体のそれがクルクル周囲を飛んでいる。

 私は、それが何か知っていた。


 妖精だ。

 青い色をしているから、水の妖精だろう。

 ティーヤムの王都にあったカジノで賭け事をしたのだが、そのときカードに描かれていた水の妖精そっくりだった。

 

「アイツニ ニテル」

「ニテル」

「ニテル」


 私に似た誰かに会ったことがあるのかしら?


「あのう、あなたたちは、誰?」


「ニンゲン シャベッタ!」

「シャベッタ!」

「シャベッタ!」


 あら、私は普通に話せるけど、他の人はそうではないのかしら。


「あなたたちは、誰?」


「フォレラ」

「フォレラ」

「フォレラ」


 水の妖精は「フォレラ」って言うのかしら。


「フォレラ、私はメグミ。

 ここで何をしているの?」


「メグミ、フォレラ ココニイル」

「ココニイル」

「ココニイル」


 どうも、きちんとしたお話はできそうにないわね。


「ドラゴン!」

「ドラゴン!」

「ドラゴン!」


「メグミ、この子たちは水の妖精だね」


 ピーちゃんも、水の妖精について知っていたのね。


「妖精って何?」


「妖精のことは、あまりよく分かっていないって先生が言ってた」


「先生?」


「竜の里で、子竜がたくさんいた森があったでしょ」


「ええ」


「あそこには、竜の学校があって、妖精のこともそこで習ったんだよ」


「へえ、学校の建物なんて無かったけど」


「建物なんて要らないよ。

 外の方が気持ちいいでしょ」


「まあ、それはそうね」


「分かっていることは、妖精の仲間に精霊、大精霊なんかがいるんだって」


「精霊?」


「うん、妖精が一番下っ端で、精霊がその次、大精霊が一番上だね」


「へえ、大精霊か」


「水の大精霊は、フォーレ。

 すごく恐ろしい精霊なんだって」


「こ、怖そうね」


 私はデミリッチを思いだした。


「あ、とにかく、水汲みしなきゃ」


 水でいっぱいになった皮の袋をマジックバッグにしまうと、次の皮袋を取りだした。

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