第39話 神樹と少女14

 ティーヤムギルドからヘルポリの街まで帰るのに、結局ピーちゃんに運んでもらうことになった。


「メグミー、なんかちょと重くなってない?」


「そ、そんな事ない……はず」


 地球にいた時は、少し食べただけで太る体質だったが、この世界に来てからは、なぜかいくら食べても太らなくなっていた。

 ただ、さすがにあれだけ食べれば、少しは体重が増えているのだろう。


 ヘルポリの空からナゼルさんの屋敷を見つけると、ピーちゃんは、一気に高度を下げた。


「ピ、ピーちゃん、もう少しそっと降ろしてよね」


「十分そっと降ろしてると思うけど」


「それより、この門、どうしちゃったのかしら」


「めちゃくちゃ壊れちゃってるね。

 ここで戦闘があったみたいだよ。

 血の匂いがするもん」


 私は、城下町でゆっくり過ごしたのを後悔した。


「た、ただいまーっ、ナゼルさん、ナゼルさん!」


 屋敷の中に入ると、すぐにナゼルさんが出てきた。

 その後ろには、感じがいいおじさんがいる。

 

「メグミ、お帰り。

 全て片づいたわよ」


「えっ?

 どういうことでしょう?」


「シュテイン殿下がいらっしゃって、街は元どおりになったの」


 私はなんのことか分からず、黙ってしまった。


「あなたがメグミさんですな。

 私は、ナゼルの父親です。

 娘だけでなく、この屋敷まで救ってくださり、ありがとうございます」


「い、いえ、それはいいのですが……みんなはどうしてます?」


「ああ、お仲間の皆さんですな。

 すでにケガも治って、元気いっぱいですよ」


「そ、そうですか。

 よかった」


 ナゼルさんが近寄ってきて、父親から見えない位置で私の手にエリクサーの筒を渡す。


「メグミ、この薬、いったい何?

 ちぎれかけた手や足がくっつくって、どんな薬よ!」


「ええと、それは話せないんです」


「まあいいわ。

 一人一滴ずつで治ったから、薬はそれほど減っていないはずよ」


 一滴ずつ使うように注意書きを渡しておいたからね。  

  

「それより、シュテイン殿下、素敵だったな~」


  ナゼルさんが、夢見るような声を上げた。


「凄く綺麗な方ですよね」


「魔術もすごいのよ。

 領主、ああ、元領主か、その一味をあっという間に動けなくしたんだから」


 温厚なシュテインしか知らない私は驚いてしまった。


「へえ、そうなんだ」


「ねえねえ、殿下は誰か好きな人がいるの?」


「すごく綺麗なセリカさんという婚約者がいます。

 公爵家の娘さんみたいですよ」


「がくっ。

 やっぱりねえ、高嶺の花だよねえ」


「ははは、ナゼル。

 お前にも、そのうちきっと素敵な王子様が現われるさ」


 ナゼルさんのお父さんが、慰めるように言う。


「あのリアル王子様を見た後では、どんな男性も霞んじゃうと思うけど」


「とにかく、明日のお祭りに向け、用意しとくように」


「お祭りがあるんですか?」


「ああ、街が元に戻ったお祝いと、竜騎士が救ってくれたお祝いだよ」


「……」


「メグミ、引かないで。

 町のみんなは本当にあなたに感謝しているんだから」


「ええと、私、神樹様の頼み事を果たしただけなんですが……」


「ああ、メグミさん、そのことですが、ここの庭は国が聖地に指定しました。

 当然、木の伐採はできなくなりましたよ」


「まあ、そうだったんですね」


 これもきっとシュテインが動いてくれたのだろう。

 私は、ここにいない彼に手を合わせた。


 ◇


「こ、これはっ!」


 盗賊の頭トルネイは、私が渡した紙を食いいるように読んでいる。


「そ、そんな……」


「隊長、どうしたんです?」


「モリアーナは、昨年、皇帝陛下が代わっていたそうだ」


「えっ、そうなんですか?!」


「し、しかも、新皇帝は昨年の内に、この国にいる兵士に帰還許可を出していた」


「げっ!

 とすると、俺たちがしてたことって……」 


「ああ、意味がなかったことになる」


「そ、そんなあ。

 意味もなく盗賊をしてたなんて……」 

 

 部下が、床に両手両膝を着く。


「しかし、俺たちは、人は殺さなかったものの、盗賊として多くの人を傷つけ、ものを盗ってきた。

 このまま国に帰るわけにもいかんな」


「あー、その事ですが、陛下がギルドに依頼を出されました。

 私への指名依頼で、それを手伝う条件で、あなた方の罪を免じるというお話です」


「そ、そんな……そんなことで許されるはずが……」


 トルネイは、涙を流し言葉を失った。


「領主の所にいた元兵士も同じ扱いを受けるようですよ」


「……メグミ様、どうお礼を言ったらいいか」


「お礼は国王陛下に言うべきですね。

 それに、それほど簡単な任務じゃないから、命を失うかもしれませんよ」


「望むところです」


 トルネイは、床にうずくまった部下の肩を抱いた。


「彼らを故郷に帰せる可能性があるなら、命など惜しくありません」


「では、お仕事の内容は、後で詳しくお伝えします。

 レフとライは、どこですか?」


「ああ、二人は、我々の看病で疲れしまい寝ていますよ」 


「ありがとう」


 トルネイから二人の部屋を聞きだすと、そこへ向かった。


 ◇


 レフとライの部屋に入ると、二人は青い顔をして寝ていた。

 

「レフ、ライ、ご苦労様でした」


「ああ、メグミ様、お帰りなさい」

「お帰りなさい」


 二人は、声にも元気がない。


「二人にこれを持ってきましたよ」


 私は赤いハンドバッグから、革表紙の本を二冊と紙袋を取りだした。

 二人は、虚ろな目でそれを眺めている。


「こちらは、冒険者の心得」


 私は本を一冊ずつ彼らの枕元に置く。


「それから、これはギルド章です」


 紙袋から金属製の黒いギルド章を取りだし、それぞれの手に握らせる。


「あなたたちの所属は、ティーヤムギルドになります。

 ギルマスのグラントさんは、曲がったことが大嫌いな方ですから、今度覗きをやったら、ギルド章を取りあげ、二度と冒険者をさせないそうですよ」


 二人は、ギルド章をじっと見つめている。

 そして、突然、声をあげ泣きだしてしまった。


 私は、どうすればいいか分からず、そのまま部屋を出た。

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