第37話 神樹と少女12

 メグミが、ティーヤム王国の城下町に着いた頃、ヘルポリのある商家を男たちが訪れていた。


「何の用ですか?」


 ナゼルは、領主の一味が借金の取りたてに来たのかと思い、警戒感を隠しきれない。


「メグミさんから、ナゼルさんのお屋敷を守るように言われて来ました」


「えっ!

 あなたたちが、メグミが言ってた応援?」


 ナゼルは驚いた。

 なぜなら、がっしりした体つきの男たちが十人以上いたからだ。


「ええ、俺はレフ、こいつはライです。

 ここの敷地に絶対に人を入れないようにってメグミ様から言われてます」


「……ありがとう。

 とにかく、みなさん中に入ってください」


 ライとレフに率いられた一団が、ぞろぞろとナゼルの屋敷へ入った。


 ◇


「そう、そんなことがあったの」


 ライとレフは、メグミと出会ってからのことをナゼルに話していた。


「俺とこいつは、メグミ様に受けた恩がありますから、命懸けでここを守りますよ。

 そうだろ、レフ?」


「ライの言うとおりです。

 俺たち、メグミ様のためなら命も惜しくありません」


「ま、まあ、ほどほどにね」


 なぜか熱くなっているライとレフに、ナゼルは少し引き気味だ。


「ナゼルさん、お屋敷の出入り口を全て教えてもらえますか?」


 声を掛けたのは、盗賊団を率いていたトルネイという男だ。


「はい、どうぞこちらへ」


 トルネイは二人の部下を連れ、ナゼルの後を追った。


「ふむ。

 門も壁も思ったより頑丈そうだ。

 これなら、かなり強固な陣が張れそうだな」


「は、はい?」


 トルネイが、部下と軍事用語を多用した専門的な話を始めたので、ナゼルは三人を放っておいて屋敷の中に戻った。


「メグミ、早く帰って来て。

 この人たち、なんか変だよ」


 屋敷と庭を守ってもらえるのは嬉しいが、子供の頃から自分が過ごした場所が、よそよそしい空間になったようで、ナゼルは心細さを感じていた。


 ◇


「おい、いるのは分かってんだぞ。

 ナゼル、さっさとここを開けろ!」


 早朝から三人の男が、ナゼルの屋敷を訪れていた。

 そのうちの一人が、閉まっている門を、大きな木づちのようなもので激しく打ちならす。


 ガンガンガン


 かなり大きな音が、周囲に響いた。

 道行く人が立ちどまり、それを眺めている。


「コブ、あなたたち、朝から近所迷惑よ!」


 門が薄く開き、ナゼルが顔を出した。


「その近所迷惑にならねえよう、早く屋敷を空けわたさねえか!」


 コブと呼ばれたがっしりした体格の男が、毛むくじゃらの胸を両手で打ちならす。

 とにかく騒がしい男だ。


「約束は、四日後のはずよ。

 今日は父も留守なの。

 もう帰って」


「そうはいくか。

 金目のもんだけでも、持ちかえらせてもらうぜ」


 二人の男が、少し開いた門をこじ開ける。


「な、何だこりゃ!」


 コブが驚いたのも無理はない。

 門の中には、木材を組みあわせた柵のようなものがこしらえてあった。

 それは、盗賊たちが、兵士として身につけた技術で作ったものだ。


「ナゼルさんに、何か用か?」


 六人の男が、領主の使いである三人を取りかこむ。


「て、てめえら、どこのどいつだっ!」


「そんなことを教える義理はない。

 尻尾しっぽを巻いて逃げるか、ここで袋叩きにされるか、好きな方を選べ」


 ついこの前まで盗賊の頭をしていた男が、冷たく言いはなった。 

 

「ちくしょう、おぼえてやがれっ!

 後悔させてやるからな!

 咆えづらかくなよっ!」


 領主の使い三人は、まっ赤な顔をして去っていった。 

 

「隊長、うまくいきましたね!」


「ああ、だが、次はこうはいかんだろう」


 屋敷を守備する盗賊は、自分が以前兵士としてつかっていた言葉で会話しているのに気づかなかった。 


 ◇


「兵士風の男たちが、門を守っていただと!?」


「ええ、そうなんで」


「いったいどういうことだ?」


 コブからの報告を受け、領主フランコは戸惑っていた。


「とにかく、期限は四日後だ。

 すでに材木商から金はもらってるんだ。

 期限までに、全員叩きだしてしまえ」


「へい。

 ですが、俺たち三人だけじゃあ……」


「心配するな、『蜂』の連中を使え」


「えっ!?

 よろしいんで?」


「ああ、お前の命令を聞くよう伝えておく」


「へへーっ!」


 コブは、思わぬことで『力』を手にいれ、笑いが抑えきれなかった。

 前からナゼルに目を付けていた彼は、どうやって彼女を料理するかを考えると、体が熱くなるのだった。


 ◇


 二日後、ナゼルの屋敷を、三十人ほどの男たちが取りかこんだ。  


 青い制服を着た男がワンドを構えると、それを門に向けて振った。


「ファイアボール!」


 にぎりこぶしほどある火の玉が、門に命中する。


 ドーンっ


 破裂音とともに、門が倒れる。


「今日こそ、屋敷のモノをいただくぞ!」 


 コブが大きな声で宣言する。


「懲りない奴らだ。

 相手になってやる。

 掛かってこい」


 盗賊の頭が、落ちついた声で答えた。


「トルネイか?」


 コブに率いられた一団の先頭にいた男が驚いたような声を出した。


「お前、ヒプノか」


 盗賊の頭も、驚いたようだ。


「士官学校以来だな」


「……お前も、トリアナン攻略戦に参加してたのか」


 その戦いこそ、彼らが惨敗し、国を捨てることになったいくさだった。


「おい、おしゃべりはいいから、ヤツらを叩きだせ!」


 コブが青服の男に命令する。


「偉そうに言うな。

 我らは、領主様に言われたから、お前に従っているにすぎん」


 青服の声は、どこまでも冷たいものだった。


「だから、領主様の命令が、ヤツらを叩きだすことなんだよ!」


 コブはイライラを隠しきれない。


「そんなことは、言われなくても分かってる。

 おい、トルネイ。

 互いにいくさでは、何もできずに敗れた同士だ。

 せめて、この場を借りて思う存分戦おうではないか」


「望むところだ。

 では、形式にのっとって始めるぞ」


 二十人以上いる青服の男たちが、門のところから少し下がった。  


 盗賊の頭トルネイと青服を率いるヒプノだけが、前に出る。 

 これが、この世界における戦の作法だ。


 二人は、五六歩の距離まで近づいた。

 手に持っていた武器をしまうと、胸に手をあて礼をする。


 軍人の礼などに興味がないコブが、それをチャンスとばかり、トルネイに切りかかった。


 彼の仲間であるはずのヒプノがさっとワンドを抜くと、もの凄い速さで呪文を詠唱した。

 ワンドの先から一抱えほどある水の玉が撃ちだされると、それがコブに命中した。

 

「ぶぺっ……。。。」


 コブは、門の中までふっ飛ぶと、地面に倒れたまま動かない。


「戦の様式美も分からぬ雑魚には困ったものだ」


「確かにな」


 トルネイとヒプノは、お互いに視線を合わせると、声を上げて笑った。


「では、参るぞ!」


「おう!」


 二人がそれぞれ仲間の所まで下がると、両方の集団からときの声が上がった。

 領主の手先となった元兵士たちと、盗賊に身をやつした元兵士たちが門のところで激突した。


 ◇


 ナゼルは、目が回るほど忙しかった。

 昨日あった戦闘は、結局引きわけの形で終わった。

 しかし、屋敷を守っていた男たちには、多数のけが人が出た。

 特に怪我がひどいものには、手や足がちぎれかけている者がいる。

 幸い、まだ誰も亡くなってはいないが、数名はいつ死んでもおかしくない容体だ。


「もう包帯が足りないわね。

 シーツを熱湯消毒して、それを使おうかしら」

   

 戦闘に参加しなかった、彼女、ライ、レフは、けが人の世話に追われていた。


 その時、玄関の方から、大きな破壊音がした。 


 ◇


 壊れた入り口の扉から屋敷の中に入ってきたのは、領主とガラの悪い男たちだった。

 総勢十名ほどだが、いまの屋敷には、彼らに対抗できる戦力は残っていなかった。


「ナゼル嬢ちゃん、今日中に屋敷を明けわたしてもらうぞ!」


 領主フランコの大声が、屋敷中に響いた。 

 奥からナゼルが出てくる。


「ここには、ケガ人がたくさんいます。

 騒がないでください」


「嬢ちゃんが大人しくするなら、誰も騒がないさ」


 フランコは、後ろにひき連れた男たちを指さした。


「とりあえず、庭の木だけ先にいただくぞ。

 予約が詰まっててな」


 領主が連れてきたのは、木材伐採とその運搬に特化した魔術が使える男たちだった。


「おい、さっそく庭へ回れ」


 フランコが部下に命令する。

 ナゼルは絶望にかられた。


 メグミ、ごめん。

 庭の木を守れなかった。


 彼女がうなだれかけたとき、庭の方から叫び声が上がった。


「ギャーっ」

「ぐぅーっ」

「べべべべっ」


 ナゼルは、庭に飛びだしたフランコの後を追った。

 庭の手前で、領主の部下が倒れている。


 そこには、鎧姿の騎士数名と、まっ白な服を着た美しい女性がいた。

 

「お、お前らどうしたっ!?」


 領主が倒れている男たちに走りよる。


「こひるらなりらしら」(こいつが何かした)


 倒れた男が何か言ってるが、舌が回っていない。


「おめえら、いってえ誰だ!

 おりゃ、この街の領主だぞ!」


 フランコが腰に手を当て、白服の小柄な女性を見下ろす。

 女性が手を伸ばすと、騎士の一人が、その手に、巻いた紙を載せた。


「国王ヴァルトアインの名において告げる。

 ヘルポリ領主フランコ、この者を領主の任から解く。

 なお、調査が終わるまで、この街を騎士の管理下に置く」


 ナゼルはその声を聞き、白服の人物が女性ではなく男性だと分かった。


「な、なんだってんだ!

 おめえにそんなことする権限などねえぞっ!」


 後ろに控えていた騎士が、さっと前に出ると、剣の鞘で激しくフランコを殴りつけた。


「殿下への無礼、確かにこの目で見たぞ。

 調査を待つまでもない。

 こやつを牢に入れよ!」  

 

 倒れたフランコが、首を振りながらつぶやく。


「で、殿下?!」


「お前が無礼を働いたこのお方は、シュテイン皇太子殿下だ」


「ひ、ひいっ!」


 すでに倒れていたフランコが、地面に這いつくばる。

 二人の騎士が、それを無理やり立たせると、どこかへ連れていった。


「ナゼルさんですね?」


「は、はい……」

 

「メグミからこれを預かっています。

 手紙をよく読んでください」


「は、はい」


 ナゼルは、状況の変化に頭がついていかず、ぼうっとしている。


「では、殿下」


 騎士から声がかかり、白服の男性は門から出ていった。

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