第35話 神樹と少女10

「嬢ちゃん、最高だったぜ!」

「うふふ、あの支配人、コテンパンね」 

「ぜひ息子の嫁に来ておくれ」  


 カジノから出てるとき、私はお客さんみんなから祝福を受けた。

 だけど、カジノがつぶれちゃったけど、この人たちこれからどこで遊ぶんだろう。

 そんなことを考えていると、目の前に白馬二頭に引かれた綺麗な客車が停まった。


 客車の窓から、すごく綺麗な若い女性がこちらを見ている。

 周囲の音が消えたので、振りかえると、カジノに来ていたお客さんが、みな膝を着き、頭を下げていた。

 いったいどうしちゃったんだろう。


「メグミ、乗るといいよ」


 ああ、ローブを着ていた人だね。声を聞くとやっぱり男の人かな。

 私が見たままの年齢なら、恋に落ちていたかもね。

 

「ありがとう」


 お言葉に甘えることにして、客車の中へ入った。

 中はすごく素敵な造りになっていて、綺麗なレースや彫刻で飾られていた。

 馬車が走りだすと、後ろでお客さんたちの歓声が上がった。

 

 ◇


「あの、お名前は?」


「ああ、そうだね、シューって呼んでくれる?」


「分かりました。

 シュー、この馬車はどこへ向かってるの?」


「ああ、言うのを忘れてたよ。

 君が行きたがっていたギルドだよ」


「あ、そうだったんですね。

 ありがとう。

 でも、どうして私に親切にしてくれるんですか?」


「リーシャおばあちゃんの頼みっていうのもあるけど……。

 君ね、ボクの友達と、どことなく雰囲気が似てるんだ」


「友達?」


「うん、今はどこか遠い所にいるはずなんだけど。

 その人は男で、しかも君とは全く違うタイプなんだけどね」


「それでも、雰囲気が似てるんですか?」


「うん、口ではうまく言えないけど」


「そうですか」


「ああ、そういえば、カジノはどうだった?」


「潰しておきました」


「はははは、君はやっぱり彼とは違うね。

 彼ならそんな冗談なんて言わないから」


 私は本当にカジノを潰したのだけれど、彼の勘違いを訂正しないことにした。

 馬車が、ゆっくり停まった。


「はい、ここがティーヤムギルドだよ。

 こんにちは」


 うかうかしているうちに、シューが先に挨拶してしまった。

 彼は、またローブのフードをかぶっていた。


「こんにちは」


 私もギルドの中へ声を掛ける。

 部屋には大きな丸テーブルが四つもあり、何人かの冒険者がちょうど食事をしていた。

 今はお昼過ぎだからね。

 私のお腹が鳴る。

 そういえば、昨日夜から何も食べていないんだった。


「シューさん、お礼にごちそうしますよ」


「そう?

 じゃ、ありがたく」


 私は、キッチンのカウンターに並ぶ。


「アイアンホーンのステーキありますか?」


 ヒゲもじゃのシェフが、窓口から顔を出した。


「あるにはあるが、値が張るぜ。

 銀貨一枚だけど、払えるかい?」


「ええ、それでは二十枚下さい」


「おいおい、冗談じゃねえんだろうな?」


「冗談じゃありませんよ。

 三枚は、今ここで食べます。

 あと十七枚は、この……プレートに載せてください」


 私はマジックバッグから、ひょいひょいと十七枚の金属プレートを取りだした。


「げっ!

 それ、マジックバッグかい!

 どうやら、冗談じゃなさそうだな。

 待ってな、今すぐ焼いてやるよ」


 私はシューが着いているテーブルへ戻った。


「おい、マジックバッグだとよ!」

「だけど、あんなマジックバッグ初めて見たぜ」

「私は、マジックバッグ自体初めて見るわ。

 でも、あんな素敵なバッグなら、マジックバッグじゃなくても欲しいかも」


 冒険者たちの声が聞こえる。


「メグミ、すごいもの持ってるね」


「そう?」


「うん、すごいよ。

 うちの宝物庫にも、いくつかあるけど、そんなすごいのは見たことない」


 見るただけで、私のバッグが凄いって分かるって、もしかすると、シューは凄腕の冒険者なのかもしれないわね。


「ところで、そっちのバッグには何がはいってるの?

 気のせいか、時々、動いているように見えるんだけど」


「友達のピーちゃんが入ってるんです」


「ピーちゃんね。

 魔獣の子かな?」


「まあ、そんなものです」


「メグミー、魔獣はないんじゃない?」


 ピーちゃんの声がしたとたん、部屋の音がピタリとやんだ。


「あれ?

 みんなどうしちゃったの?」


「おい、いま、な、なにかの唸り声がしなかったか?」

「あ、ああ、気のせいだよな、アレじゃないよな」

「あんたたち、なんでそんなに怯えてるの?」

「だ、だって、あの声、一度聞いたことがあるんだ」

「だから、何の声?」


 そのとき、カウンターに三枚のプレートが出てきた。


「ほい、まずは、ステーキ三枚と」


「ありがとう」


 私は三往復して、テーブルの上にプレートを移した。


「いただきまーす」


「わーい、ステーキだー!」


 ピーちゃんが袋から顔を出す。

 こちらに背を向けた冒険者のお姉さんの声がする。


「だから、何の声って聞いてるの」


「「「ド、ド、ド、ドラゴーン!」」」


 ◇


 冒険者たちが大騒ぎする中、私とピーちゃんは、ステーキをゆっくり味わって食べた。

 ピーちゃんが袋から出てきた時は、さすがに驚いたシューだったけれど、彼はすぐに落ちついてステーキを食べだした。

 そういう反応をする人は初めてだったので、新鮮だった。


「やっぱり熱々の食事はおいしいね。

 こんなに美味しいもの食べたの久しぶりだな」


 シューったら、いつもは冷たい食事してるみたいじゃない。変なの。

 でも、喜んでくれたなら、まあいいか。


「おい、嬢ちゃん、ここは冒険者専用だぜ」  

 

 太い声が聞こえたので振りかえると、でっかい男の人が立っていた。スティーロギルドのヒューさんといい勝負かもしれない。

 

「まあ、建前だけどな、ガハハハ」


 男の人が豪快に笑った。


「おい、お前ら、嬢ちゃんが食事してんのに、何騒いでんだ!」


 どうやら、彼は冒険者たちを叱っているみたいね。


「ギ、ギルマス、そこ、そこ」

「ド、ド、ド……」

「あ、危ないっ」


「お前らいってえ、どうしたって……」


 ギルマスがピーちゃんと目を合わせた。


 ドスンと腰を落とすと、小さな声でつぶやく。


「ド、ド、ドラゴン……」


 なんか、ヒューさんと同じ反応なんだよね。


 ◇


 その後、私とシューは、個室に連れていかれた。


「じゃ、メグミは金ランクだってんだな」


「はい、そうです」


 ソファーに座った私は、テーブルの上にギルド章を出した。


「ベラコスか、サウタージ姉さんとこだな。

 おっ!

 もしかして、お前、黄金タケ採らなかったか?」


「ええ、採りました」


「ってえと、もしや、ラストークダンジョンをクリヤしたのって――」


「ええ、私とこのピーちゃんです」


「……」


「へえ、メグミ、君がラストーク制覇の冒険者だったのか」


「え?

 シュー、なんで知ってるの?」


「誰でも知ってるよ。

 だって、ラストークって『死のダンジョン』って言われて、入るのさえ国で禁じてたんだから」


「そうなんだ」


「おい、嬢ちゃん、お前、スティーロギルドにも寄らなかったか?」


「ええ、寄りましたよ」


「やっぱりな。

 俺はグラントってんだが、あそこのヒューとエマは俺の幼馴染だ。

 駆けだし冒険者の頃、エマを俺とヒューが取りあってな、俺が負けたってわけ。

 それをバネに冒険者してたら、いつの間にか、ここのギルマスになってたんだ」


「へえ」


 なんか運命を感じるわね。


「あとな、あそこにダンテっていただろ。

 シェフやってるのが」


「はい、お世話になりました」


「ヤツは、俺の甥でよ。

 ついでに言やあ、ここのシェフの弟子だぜ」


「へえーっ!」


 私は、驚くしかなかった。

 ステーキの味つけが、ダンテさんのものと似てたわけだわ。


 ◇


 ギルドを出ると白馬の馬車が待っていた。

 私とシューが乗りこむと、馬車はゆっくり走りだした。


 馬車を見た町の人が、平伏したり、敬礼したりしている。

 もしかすると、この馬車は、普段は偉い人が使ってるのかもね。


 次第に緑が増えていく景色の中を、馬車はゆっくり進んでいく。

 そこは、まるで街中のようには見えなかった。


「綺麗なところねえ」


「そう?

 メグミにそう言ってもらえると嬉しいな」


 馬車はお堀を越え、大きな門を潜ると、お城の中へと入っていった。

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