第34話 神樹と少女9
私がカジノの大部屋に戻ると、お客さんが歓声をあげた。
「嬢ちゃん、応援してっぞ!」
「いけ好かないカジノに、思いしらせてやって!」
「ウチの息子の嫁に来んか?」
最後に聞こえたセリフに苦笑いする。私、そんな歳に見えるのかな。たぶん、十五か十六くらいの外見だと思うけど。
私はゆっくり『メタム』のテーブルに近づくと、一つだけ空いている椅子に座った。
「では、引きつづき勝負します」
大きくハッキリした私の言葉は、部屋中に聞こえただろう。
「「「おおおーっ!」」」
周囲から歓声が上がる。
奥に引っこんでいたディーラーが姿を現したとたん、大部屋が静かになった。
なぜかニヤニヤ笑いを浮かべた支配人がディーラーの後ろに立った。
再開後、ディーラーが最初に引いたカードは『火の妖精』だった。
私のカードも『火の妖精』で、掛け金がさらに二倍になる。
チップの数が足りなくなり、係のお姉さんが慌てて他のテーブルからそれをかき集めてきた。
支配人がディーラーに小声で何かささやく。
「次が、最後の勝負になります」
ディーラーがそう告げた。
◇
支配人から依頼を受けたローブ姿の男ピテは、観客に紛れ、『メタム』のテーブルへ近づいた。
どこに標的がいるかは一目で分かった。なぜなら、部屋中の客が一つのテーブルに集まっていたからだ。
ピテは足早に標的の少女が座っている場所に近づこうとした。
突然、人混みから女性が現れ、彼にぶつかる。
「きゃっ。
あ、お客様、すみません!」
それはカジノで働く女性だった。手にチップを載せたお盆を持っている。
「おい、酒がこぼれちまったじゃないか」
ピテの後ろにいた、口髭の小男が文句を言う。
ピテは黙って人混みをかき分け、狙う少女の斜め後ろ、彼の仕事にとって最適な場所に立った。
「次が、最後の勝負になります」
ディーラーがそう告げる。
「ディーラーは、『火』です」
ピテは周囲に聞こえない小声で魔術を詠唱した。
彼がローブで隠した左手に、突然カードが現われる。
それはディーラー側の山札一番下に置かれていたカードだ。そして、次に少女が引くカードでもある。
それは緑色をした『風の妖精』のカードだった。つまり、彼が何もしなくても、少女は負けていたことになる。
もし、それがディーラーの『火』に勝つ、『水』のカードなら、ピテはそれを破棄し、『風』のカードが出るまで魔術を続けただろう。
小さくため息をついたピテは、もう一度魔術を唱え、カードを元の位置に戻した。
彼が使った能力は、かなり特殊なものだ。
世間に知られていないもので、特殊な効果がある。
カジノのカードには、客側も店側も魔術が掛けられないような処理がしてある。ピテの魔術は、カードではなく、それを取りまく空間に働くものだった。
詠唱に時間が掛かり、小さなものしか動かせないから、この仕事こそ彼の天職といえた。
ピテはローブの陰で愛用の
◇
「ディーラーは、『火』です」
私の前にカードが配られた。
私の周囲は、観客たちが感じている、手で触れられるほどの緊張感が漂っている。
ディーラーの後ろで支配人のニヤニヤ笑いが大きくなるのが見えた。
私は無造作にカードを開いた
全員がそれを覗きこむ。
誰かが、息を呑む音が聞こえた。
そこには、青い水の妖精が書かれたカードがあった。
「「「うおーっ!!」」」
お客さんたちが熱狂する。
「嬢ちゃんの勝ちだぜ!」
「いけ好かない支配人め、ざまあみろっ!」
「絶対、ウチの嫁に……」
支配人の方を見ると、目を皿のようにして固まっている。
私は人がそれほど驚く顔を見たことがないから、ちょっと引いてしまった。
なんであんなに驚いてるんだろう。
五分くらいたつと、やっと支配人が動きだした。
ディーラーを邪険に手で追いはらうと、愛想笑いを浮かべ、こう言った。
「お、お支払いは、半分だけ今させてもらいます。
残りは後ほど……」
そこでお客から声が上がった。
「お嬢ちゃん、ダマされるな!
カジノでは、その場の支払いが原則なんだ。
今すぐ、もらっておけ!」
「そうよっ!
こっちには、その場で払えって要求するくせに。
虫がいいこと言わないでよっ!」
「とにかく、今もらっておきな!」
お客さんは、みんな私の味方みたい。
「そうね。
私、旅の途中だし、今ここで払ってちょうだい」
私のその声を聞いた支配人が、がっくり膝をつく。
「「「払え! 払え! 払え!」」」
みんなの大合唱が始まる。
支配人は土下座の格好になり、手で両耳を塞いでいる。
カジノのスタッフが何人か出てくると、支配人を連れていく。
「嬢ちゃん、俺たちが見張っておくからな!」
「おう、心配すんな」
「任せて」
支配人をお客の集団が追いかける。
スタッフがそれを止めようとしたが、数の力で圧倒された。
しばらくたって、みんなが帰ってくると、大袋に一杯の宝石と、金貨の山をテーブルに積みあげた。
「みなさん、ありがとう!」
私が言うと、カジノの大部屋は拍手と歓声で一杯になった。
◇
「なぜ、今までの恩を忘れて俺をダマした?」
カジノの支配人は、明らかに正気を失った目をしていた。
その手に持った短剣が、ピテの腹部に深く刺さっている。
「宝石、俺の宝石……」
支配人はぶつぶつ言いながら、カジノ裏にある倉庫から消えた。
地面に横たわったローブ姿の魔術師は、自分の命が残りわずかだと悟った。
震える手で、子供の頃から使いこんできたワンドを取りだす。
一度も失敗したことがない魔術がなぜ?
暗くなっていくピテの視界に、ワンドの先、魔術詠唱にもっとも大切な部分が映った。
そこには、何かの雫がついていた。
ピテは、さっき魔術を唱える直前に女性とぶつかり、彼の後ろに立つ男が酒をこぼしたのを思いだした。
自分がなぜ魔術を失敗したか、死ぬ前にそれだけは分かった訳だ。彼はニヤリと笑うと意識を失なった。
たまたま通りかかったカジノの従業員に見つかり、ピテが治療所に運ばれたのは間もなくの事だった。奇跡的に死の淵から生還したとき、彼だけが使えた物質転移の能力は、なぜか消えうせていた。
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