第33話 神樹と少女8

 

 きらめく魔術灯に照らされた大部屋は、興奮した人々の熱気であふれている。

 香水と汗の臭いが漂ってくる。

 

 この世界ではよく知られた『メタム』という賭け事のテーブルには、私一人が座っている。

 私の前には、鋭い目つきをした初老のディーラーが立っており、その後ろには、このカジノの支配人らしい、太ったおじさんが立っていた。

 私とディーラーの間には、うずたかく積まれた高額チップの山がある。

 テーブルの周囲は、息を止め見まもるお客さんが立ちならんでいた。


 ディーラーが、手元の山から一枚のカードを私に配る。

 トランプサイズの札は、テーブルを滑り私の前でピタリと停まった。

 彼は自分の手元にも札を一枚配り、すぐにそれを開いた。


「ディーラーは、『水』です」


 開かれたカードには、二枚の羽根を持つ青い妖精が描かれていた。

 カードは三種類あり、それぞれ『水の妖精』『風の妖精』『火の妖精』の絵が描かれている。

 私のカードが『風の妖精』ならこちらの勝ち、『火の妖精』ならディーラーの勝ちになる。

 そして、デーラーと同じ『水の妖精』なら引きわけで、掛け金が倍になる。


 私はすでに十回以上ディーラーと同じカードを引いていた。そのため、賭けの倍率オッズが千倍を超えた。

 私が最初に賭けたのは、銀貨一枚。地球の価値でいえば、一万円程だろうか。

 すでに掛け金は、地球のお金で一千万円以上になっている。


 ためらわず自分のカードを開く。

 周囲の観客から、歓声が上がる。

 カードは『水の妖精』だった。

 ディーラーと同じカードだから、オッズは再び今までの二倍になった。

 掛け金は二千万円を超えた。


 黒いトップレスとミニスカートを身に着けたお姉さんが、テーブルの上にチップの山を加える。チップの量が多いから、彼女は大きなお盆にそれを載せ運んできた。


「おい、あれ、いったいいくらなんだ?」

「分からねえ。

 とにかく、とんでもねえ金額になってるな」

「いったい、どこまでいくのかしら」


 後ろに立つお客さんの声が聞こえてくる。

 それから五回、私はディーラーと同じカードを引いた。

 掛け金は、日本円で億単位となっている。


 カジノ側からお願いされ、ここで休憩が入った。

 支配人が私を貴賓室に案内した。

 その部屋の必要以上に豪華な内装は、カジノが悪どく儲けていると、改めて気づかせてくれる。


「折りいって、お話があります」


 もみ手で話しかける支配人は、額に大粒の汗を浮かべていた。


「何でしょう?」


「ここでお帰り頂けるなら、これだけのモノを差しあげます」


 彼は、コンビニの小袋と似た革袋をテーブルに置いた。 

 それを開くと、宝石がたくさん入っている。この世界では、宝石も硬貨のように使うことができる。

 私はそれから手を離した。 

 

「そうですか。

 では、『メタム』のテーブルで、どうするか決めさせてもらいます」


「今ここでお帰りになってはいただけないので?」


「だから、それはテーブルで決めます」


 支配人のこめかみには、青筋が浮いている。彼は視線だけで私を殺せそうな目をしている。


下手したてに出れば、つけあがりおって!

 吠え面かかせてやる!

 小娘、次に負ければお前は、あれだけの金額を払えまい。

 奴隷として、お前をトンベと一緒に飼ってやる」


 トンベというのは、この世界にすむ豚のような魔獣だ。


「やっと本性をあらわしたわね。

 じゃあ、『メタム』のテーブルで」


 そう言うと、私は部屋を後にした。


 ◇     


 少女が部屋から出ていくと、カジノの支配人は、胸のポケットから魔法陣が描かれたカードを出した。彼が小声で呪文を唱えると、カードの魔法陣が一瞬光る。

 時間をおかず、目立たない顔つきの男がやってきた。

 

「ご用でしょうか?」


「ピテ、やっかいな客が来てる。

 いつもの手はずで頼む」


「お客はどこに?」


「大部屋の『メタム』だ」


「了解しました」


 支配人からピテと呼ばれた男は、深緑色のローブをひるがえすと、音も立てず部屋から出ていった。


「フフフ、あの小娘め。

 奴隷にしたら、どう料理してやろうか?」


 支配人は顔を醜く歪めると、いやらしい妄想にふけるのだった。

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