第31話 神樹と少女6
一度、領主のお屋敷に戻った私は、暗くなるのを待ち、ナゼルさん
暗い中、ピーちゃんに吊りさげられ飛ぶのは、すごく怖かったけれど、これは大切な事のためだからね。
ピーちゃんが降ろしてくれた木立の中は、まっ暗だった。どこかで鳥が、ボウボウと鳴いている。神樹様のお仕事がなかったら、私は泣いて逃げだしただろう。
ピーちゃんのお父さんからもらった光る板を出す。
それから虹色の光があふれ、周囲を照らした。
そこは木々に囲まれており、確かに、大きな木がたくさんある。
青い玉を取りだしたが、ずっと光っているからどちらを探せばよいかも分からない。
ピーちゃんが何か感じているかもしれないと思い、念話してみる。
『ピーちゃん、神樹様が、この辺りにいらっしゃるはずなんだけど、何か感じない?』
『うーん、確かに大きな力を近くに感じるけど、近すぎてかえってどこか分からないよ』
しょうがないから、手にした灯りを頼りに、歩きまわることにした。
周囲が暗いからか、ピーちゃんは、すぐに袋で寝てしまった。
彼の寝息を聞きながら、木々の間を歩きまわった。目印らしい目印もない森は、歩いても歩いても同じ場所が続いているように思える。夜明け前の空気は冷たく、それが私の体力を奪った。そのうち、空が白み始め、朝告げ鳥が鳴きはじめた。
疲れきった私は、一本の太い木にもたれ息を整えた。
今日はダメだったが、明日また探そう。
そう思ったとき、何か温かい波動のようなものを感じた。
「神樹様?」
思わず声が漏れる。
私は、もたれている大きな木の方を向いた。
しかし、温かな波動は、私の背後から感じられる。
振りかえり、光る板を掲げる。
巨大な木が並びたつ、その足元に、小さな双葉があった。それがぼんやり青く光っている。その光は、神樹様から頂いた玉で見慣れたものだった。
私は袋の中から青い玉を取りだした。
それは眩しい程の光を放っていた。双葉の光と玉の光がお互いに伸びると宙で繋がった。
『お姉ちゃんがメグミ?』
頭の中で、小さな子供のような声が聞こえた。
◇
夜が明けかけた森の中で、やっと神樹様と会うことができた。
『お姉ちゃんがメグミ?』
神樹様の声は中性的で、男の子か女の子かはっきりしなかった。
「はい、そうです」
『みんなが君の事を話してくれた』
距離が離れていても、神樹様同士は話ができるみたいね。
「そうですか。
やっとお目にかかれて嬉しいです」
『誰かが、この森を狙ってるみたいなの』
「はい、そこのお家に住んでる人からもそう聞いています」
『周りの友達がいなくなると、ボクは死んじゃうの。
助けてくれる?』
「ええ、もちろんです」
『君も助けてくれる?』
「はい、神樹様」
あれ?
いつの間にかピーちゃん、起きてたのね。
私は袋から顔を出したピーちゃんの頭を撫でた。
『ドラゴンの君がいるなら、ここを狙っているやつを燃やしちゃってもいいんだけど……できるなら、何か他の方法を考えてね』
「「分かりました」」
その時、右手の木立から、ナゼルさんが出てきた。
彼女は、手に剣と盾を持っている。
「メグミ!
ああ、びっくりした。
庭で聞いたことがない声がするから、領主の一味が忍び込んだんじゃないかと思ったわ」
ナゼルさんは、ピーちゃんの声を聞いたのかもしれないわね。
私が握っていた青い玉はすでに光を失い、足元にある小さな双葉も、もう光っていなかった。
「メグミ、どうしてこんな時間にこんなところに?」
「ナゼルさん、実は大事なお願いがあるのですが」
「まあ、とにかく、家に入って温かいものでも飲みましょ」
ナゼルさんは、私の肩を抱くと、お屋敷に招きいれてくれた。
◇
「ド、ドラゴン?
神樹様?」
私がこの町に来た本当の理由をナゼルさんに話したが、彼女はさすがにそれが信じられないようだった。
「いきなり話しても分かってもらえるとは思いませんが……とにかく、私の友達を紹介しますね」
私は、ピーちゃん袋の蓋を開けた。
ピーちゃんが顔を出す。
彼は、つぶらな瞳でナゼルさんを見ている。
「こ、これは?」
「ドラゴンです」
「ド、ド、ド、ドラゴン!?」
「はい」
私はピーちゃんの頭をなでた。
ピーちゃんが気持ちよさそうに目を細める。
「で、でも、ドラゴンってもっと大きいんじゃ?」
「この子は、自分に小さくなる魔法をかけちゃったんです」
「と、ということは、本当に?」
「ええ、ドラゴンです」
ナゼルさんは、白目になると、ソファーにパタリと倒れた。
彼女が目を覚ますまで、お茶を飲んだりピーちゃんとおしゃべりして過ごした。
「う、ううう」
「ナゼルさん、大丈夫ですか?」
「ええ、あれ?
私なんでこんなところに寝てるの?
メグミ、どうしてここに?」
ナゼルさんは、気を失ったことで、少しぼうっとしているようだ。
「ナゼルさんは、ピーちゃんを見て気を失ったんです」
「ピーちゃんって?」
「私の友達、ドラゴンです」
「……あ、あれって夢じゃなかったの?」
「ええ」
「不思議な木の話も?」
「はい」
「……ということは」
彼女は、蓋を閉めているピーちゃん袋を指さした。
「そ、そこには」
「ナゼルさん、心配しないで。
ピーちゃんは、大人しいドラゴンですから」
「そ、そうなの?」
「ええ、そうですよ」
「……ま、まあいいわ」
「それより、お庭に大事な木があるのです」
「大事な木?
ああ、気を失う前に聞いてた神樹様だっけ、そのことね?」
「はい。
私がこの街に来たのは、その木を守るためです」
「そんなに大事な木なの?」
「ピーちゃんのお父さんによると、神樹様は、この世界をお守りになっているそうです」
「……ごめん、メグミ。
話が大きすぎてついていけない」
「とにかく、お庭を守らないといけないってことですよ」
「ああ、それなら理解できるわ。
私自身、この屋敷を手放したくなかったの」
「お屋敷を引きわたす期限はいつですか?」
「一週間後、つまり六日後ね」
「では、それまでに領主をなんとかすればいいんですね?」
「まあ、そうなんだけど、前にも話したように、それは並大抵なことではないわよ」
「領主、カジノ、お城の誰か、それだけ一度に相手しなければならないからですね?」
「そうだよ」
「とにかく、私、やってみます」
「でも、どうやって?」
「領主の横暴が国王様に伝われば、何とかなるんじゃないでしょうか?」
「うーん、それはそうなんだけど。
国王様にお話が伝わるかしら」
「それは、私に任せてください。
ナゼルさんには、私の仲間を任せますから、お庭を荒らされないようにがんばってください」
「分かったわ」
「なるべく六日以内に帰ってきますが、間にあわなくても、お庭には誰も入れないようにお願いします」
「どこまでできるか分からないけど、とにかくやってみるわ」
「じゃ、お互いに頑張りましょう」
私とナゼルさんは、堅く握手を交わした。
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