第30話 神樹と少女5

 ナゼルさんが連れていってくれたのは、教会のような建物だった。


 礼拝をするための広い部屋を通りぬけ、奥のドアを潜りぬけると廊下があり、それを突きあたりまで歩く。

 ナゼルさんが、傷だらけの大きなドアを開くと、そこには痩せた子供たちがたくさんいた。

 教室ほどのスペースに、二十人くらいの子供がいて、床で積み木のようなことをしているが、中にはただ横になっている者もいる。

 どの子も痩せて顔色が悪く、明らかに十分食べられてないようだった。


 ナゼルさんが手に持った肉串に皆の視線が集中する。


「あっ!

 お肉っ!」


 元気のなかった子供たちが目をぎらつかせ、肉串を見ている。


「今日は、肉が入ったスープだよ」


「「「わーい!」」」


「ナゼル姉ちゃん、肉なんてすげえな!」

「お姉ちゃん、ありがとう!」

「お肉だーっ!」


 すごい騒ぎになった。


「このお肉はね、このメグミお姉ちゃんがくれたんだよ」


 ナゼルさんが、私を指さす。

 子供たちが、私の周りに集まってきた。


「お姉ちゃん、ありがとう!」

「姉ちゃん、金持ちか?」

「お肉、ありがとう!」


 私は、急に元気になった子供たちのエネルギーに圧倒されていた。


「ナゼル、来てくれたの?」


 奥から出てきたのは、針金のように痩せた初老の女性だった。


「司祭様、こちら、街の外から来たメグミです。

 このお肉を分けてくれました」


「おお!

 精霊様のお導きだね」


 女性はお祈りのような言葉を唱えると、私の顔を見た。


「まあ、なんて綺麗な娘さんだろう!

 お肉、本当にいただいていいのかい?」


「はい、どうぞ」


「わたしゃ、この聖堂を預かっている、パティーという者さ。

 どうぞ、あんたも食事をしていっておくれ」


 こうして私は、聖堂で子供たちと一緒にお昼をよばれることになった。


 ◇


「うめえ!」

「肉ー!」

「お肉、おいしい!」


 お祈りの後、始まった食事はとてもにぎやかなものだった。


「ネルスにも食べさせてやりたいなー」

「ホントだねー」

「美味しいもんねー」


 子供たちは、それほどお肉が入っているとはいえないスープを、あっという間に平らげてしまった。

 

「もうなくなっちゃった」

「あーあ」

「なくなっちゃったね」


 お皿をペロペロなめ、パティーさんから叱られている子もいる。

 パティーさんに許可をもらうと、私は部屋の外に出て、マジックバッグからあるものを取りだした。これはスティーロの街で大量に仕入れたものだ。

 それを布に包み、食堂へ戻る。

 テーブルの上に布の包みを置き、それを広げる。


「お姉ちゃん、これ何?」

「いい匂い!

 おいしそう!」

「もしかして、お菓子?」


「これは、スティーロって町で売ってるダザラっていうお菓子。

 食べてごらん」


「ふぉいひいっ!」

「なにこれっ!

 甘い!」

「かりかりする!」


 ダザラは、甘く煮詰めたナッツ類を生地にくるんだものだ。


「お姉ちゃん、なんでこれあったかいの?」

「ほんと、不思議ー!」」

「この布が魔法の布なんだよね?」


「メグミ、子供たちにお菓子までもらってありがとう」


 ナゼルお姉さんが、涙ぐんでいる。


「司祭様、ネルスにも持っていってあげていいですか?」


 年長の女の子がお願いしている。

 パティー司祭が、私の方を懇願するような目で見た。

 私が頷くと、彼女はお祈りをささげてから、余っていたダザラの一つをお皿に載せた。


「残りは、みんなで分けて食べるのよ」


「「「わーい!」」」


 子供たちの歓声を背に、私はパティー司祭に続き、部屋を出た。

 彼女が向かった小部屋には、ベッドに横たわる少年がいた。

 おそらく四、五才だろう男の子は、とても痩せており、顔色が青かった。

 司祭が話しかけても、目を薄く開けるだけで、言葉を話す元気すらないようだ。

 これでは、枕元に置かれたダザラを食べることもできないだろう。


「司祭様、私の故郷に伝わるおまじないを試してもよろしいか。

 決して体に悪いものではありません」


「そうね。

 今になって貴方がここに来たのも、精霊様のご加護かもしれないわね。

 いいわ、試してちょうだい」


 パティー司祭は、この子がもう長くないと思っているようだ。

 彼女が部屋から出ていくと、私は胸の内側から筒を出した。

 熱っぽい息をしている男の子の、かさかさした唇に、一滴の青い液体を垂らす。

 エリクサーの効果は、今回も劇的だった。


「あれ、ここはどこ?

 お姉ちゃん、誰?」


「私はメグミ、元気になってよかったね」


 部屋に戻ってきたパティー司祭が、すごく驚いている。


「こ、これは一体!

 メグミ、あなた治癒魔術が使えるの?」


「いえ、使えません。

 おまじないが効いたようです」


「ネルス、あなた、よかったわねえ」


 司祭様は、精霊に対する感謝の言葉を口にしていた。


 ◇

    

 私と司祭様がネルス少年を連れ食堂に戻ると、子供たちがすごく喜んだ。


「ネルス!

 元気になったのか?」

「顔色がいいね!」

「お菓子食べた?」


 子供たちは、ネルス少年を取りかこみ、食堂から出ていった。


 部屋には、司祭様とナゼルさん、私が残った。


「あの子たちは?」


 私の質問に、司祭様とお姉さんが顔を見あわせる。


「出稼ぎ中の両親が、街に残していった子供ね」


 お姉さんが、暗い顔で話す。


「出稼ぎ?」


「ええ、この街の大人は、そのほとんどが、返しきれないほどの借金を抱えているのです」


 司祭様が、悲しそうな顔で答えた。

 二人は、この町で起こっていることを教えてくれた。


 不幸のきっかけは、領主フランコが税金を少し上げたことだった。

 一部の住民は抗議したが、当時豊かだった大部分の町民は静観していた。

 次に、日常品の価格が値上がりした。

 これは、街に入ってくる物品に、領主が不当に高い税金をかけたのが原因だった。

 そして、再びの増税。

 さすがに、多くの住民が、抗議に立ちあがろうとした。


 ここで、領主が奇策に打ってでた。

『カジノ券』を売りだしたのだ。

 これは、ティーヤム王国の城下町にあるカジノで一日だけ無料で遊べるというもので、購入すると税金の大幅な割引が受けられた。

 何人かの者がそれを買い、カジノへ向かった。       

 

 彼らは大儲けして町に帰ってきた。

 それをきっかけに、多くの人がカジノ券を買い、王都に向かった。


 これは、領主が巧妙に仕掛けた罠だった。

 カジノで遊んだ人は、最初だけは誰でもお金を儲けることができた。

 ところが、ある程度以上儲けると、自分のお金を上乗せするかどうか選ぶことになる。

 欲に目がくらんだほとんどの住民は、自腹を切り、さらにお金を儲けようとした。


 すると、さっきまで勝っていたのが不思議なほど負けつづけた。それを取りもどそうとして、さらに負けが膨らむ。

 カジノ側は、気安く借金に応じた。


 こうして、ほとんどの人が借金を背負うことになった。

 領主は、証文をカタに住民を強制的に働かせはじめた。

 彼が所有する鉱山で働かされる者が多かったが、中には奴隷として売られる者もいた。


 後で分かった事だが、カジノの支配人は、領主の血縁者だった。

 二人は、グルになって町の人を食いモノにしたのだ。


 聖堂で保護している子供たちの親も、そうやって強制的に働かせられているそうだ。


 ◇


 聖堂を出た私は、ナゼルお姉さんに案内され彼女の家に向かった。

 ナゼルさんの家は、この街で一番大きな商家で、大きな敷地を持っていた。

 その敷地には、たくさんの木が植えられ、まるで街の中に森があるようだった。


 石造りの大きな屋敷に案内された私は、二階のナゼルさんの部屋に招かれた。

 ベランダに出したテーブルに着くと、ナゼルさん自身がお茶を持ってきてくれた。


「この家もね、もうすぐ空けわたさなければいけないの」


「ナゼルさんも、カジノに行ったんですか?」


「いいえ。

 父も私も、そんなうまい話は無いはずだと警戒していたの。

 だからカジノには行かなかったんだけど、街の人がモノを買わなくなれば、商家はやっていけないわ」


「そうでしたか」


「私も、来週には王都で働くことになっているの」


「だれも領主のことを王様に知らせなかったんですか?」


「もちろん知らせたわよ。

 だけど、どうも国王の下にいる誰かが、陳情を握りつぶしてるみたいなの」


「じゃ、原因は三人ですね?」


「三人?」


「領主とカジノの支配人、王様の下にいる誰か、です」


「ああ、そうね。

 だけど、彼らが使っている人間も入れたら相当な数になるわよ」


「ところで、この家が売られたら、お庭の木はどうなりますか?」


「領主は、すでに何人も買い手を見つけているみたい。

 ここには、森でも見つからないような珍しい種類の大木があるから、それを狙ってるらしいの」 


「なるほど、やっと分かりました」


 ナゼルお姉さんは、その言葉を、私が彼女の話を理解したという意味だと思ったみたいだけど、「分かった」と言ったのは、そういう意味じゃないの。


 この屋敷に来てから、神樹様がくれた青い玉がずっと光っている。つまり、この庭のどこかに神樹様がいるってこと。それが分かったっていうことなの。

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