第29話 神樹と少女4
「やっと着いたね」
風になびく草の向こうに町の外壁が見えてくると、肩から下げた袋から顔を出しているピーちゃんに話しかけた。
ここに来るまで何度か盗賊たちが逃げだしたが、その度にピーちゃんに見つかり、連れもどされていた。
ライとレフは、この前の事が堪えたのか、大人しくしている。
「なんか、イヤな臭いのする町だね」
ピーちゃんが鼻の頭にしわを寄せた。
イヤな臭いというのがどんなものか分からなかったが、まだ門と外壁が見えているだけなのに、なんだか不吉な感じがする。
門の所には、顔色が悪い門番らしいおじいさんが一人ぽつんと立っていた。
町に入るのは私たちだけのようで、他に並んでいる人はいなかった。
「停まりんさい。
あんたら、通行証持っとるか?」
おじいさんは、顔色と同じように暗い声で話しかけてきた。
「通行証?」
「ああ、この町に入るには、領主様が出した通行証がいるんじゃぞ」
「えっ、そうなんですか?」
今までの町でそんなものを求められた事はなかったから、ちょっと驚いた。
「通行証はありませんが……これ、使えますか?」
赤いマジックバッグから取りだした金色のギルド章を見せた。
「なんじゃ、これは?
とにかく、通行証が無ければ入れんぞ」
「それは困ります」
神樹様にいただいた青い玉は、町が目的地だと教えてくれている。
ここで帰るわけにはいかなかった。
私とおじいさんが押し問答していると、四十代のがっしりしたおじさんが出てきた。鎧を着けているから、騎士かもしれない。
「何を揉めている?」
「ペラト様、この
「大切な仕事があるんです。
なんとか、中に入れませんか?」
すがるような思いで、鎧のおじさんに頼みこむ。
「ひい、ふう、みい、十六人もいるじゃないか。
一人ならまだしも、この人数は無理だな」
鎧のおじさんは、私に背を向けようとした。
私はその手を取り、引きとめようとした。
「ええい、何を言っても無理なものは……おい、その手にしてるのは何だ?」
「えっ、これは、ギルド章ですが」
「おい、これは金ランクのギルド章だぞ。
お前らの誰が、金ランクなんだ?」
おじさんが、私の頭越しに、ライ、レイ、盗賊のおじさんたちを見まわす。
みんな、驚いた顔で黙っている。
「どこでこんなものを拾ってきた?」
「これは、私のギルド章です」
「冗談はよせ、嬢ちゃん。
お前が金ランクのはずがなかろう」
ちょっと困ったが、腰に下げているダークウルフのナイフを鞘から取りだした。
「これ、ダークウルフのナイフです」
「げっ!
黒いナイフ……本物かっ!?」
「そうですよ」
「ちょっと、それを貸してくれ。
ここで待っていろ」
おじさんは、それだけ言うと、取りだした布でダークウルフのナイフを巻き、それとギルド章を手に、門の横にある戸口から中へ入っていった。
連れてきたみんなを立たせたままにするわけにもいかないので、とりあえず、地面に座らせる。
「メ、メグミさん、金ランクの冒険者なんですか? 」
ライが、恐る恐るという感じで、私の顔を見る。
「ええ、そうよ」
「ど、どういうことです?
金ランクには、超一流の冒険者しかなれませんよ!」
「ふーん、そうなんだ」
レフも、驚いた顔のまま話しかけてくる。
「ダークウルフのナイフ、本物ですか?」
「うん、本物」
二人は顔を見あわせると、急にその場に土下座した。
「「ご、ごめんなさい!」」
「な、なんなの?」
「金ランクの方に失礼の数々、申し訳ございません」
「俺たちが間違っていました」
急に態度を変えたライとレフに、私は戸惑うばかりだ。
しばらくすると、慌てた様子の鎧おじさんが戻ってきた。
「金ランクの方とは知らず、失礼しました。
どうぞ、お入りください」
大きな門が開くと、私たちはぞろぞろと町の中へ入った。
◇
ヘルポリは、かなり大きな街だった。
大通りは広く、石で舗装されている。
家々は、木造二階建てが多いが、中には石造りの大きなものもある。そういう家は、決まって広い庭があった。
気になったのは、人々に笑顔が見られないことだ。私たちの姿を見た町の人は、みな顔を背け、家の中へこそこそ入っていった。
そして、なぜか人通りがあまりなかった。
「メグミ殿、宿泊先はお決まりで?」
ペラトという名前だと分かった、鎧おじさんが話しかけてきた。
「いえ、まだ決まっていませんが」
「どうか、ご領主様の所においでいただけませんか?」
「でも、私たち、これだけの人数いるから……」
「それは、大丈夫です。
ぜひ、よろしくお願いします」
年上の人から丁寧に頭を下げられると、イヤとは言えないなあ。
「分かりました。
そうさせてもらいます」
私たちは、街に入るなり、領主の所へ案内されることになった。
◇
「おお、あなたが金ランクのメグミ殿か?
はるばるよう参られた」
手入れが行きとどいた、広大な屋敷に招かれた私たちは、まるで玉座のような椅子がある部屋に連れて来られた。
目の前には、ちょび髭を生やした太った小さなおじさんがいた。
「私が、ここヘルポリの領主、フランコです。
お見知りおきを」
おじさんは、丁寧な言葉で挨拶したが、なぜか椅子にふんぞりかえったままだ。
「こんにちは、メグミです」
「この度は、ヘルポリにどのようなご用で」
「フェーベンクロー公国からの指名依頼で、そちらに向かっております」
この設定は、ピーちゃんと話して決めてあった。
「おお、そうですか。
お発ちになるのは、いつです?
「この街で、旅の疲れをとれば、すぐにでも」
「ああ、そうですか。
では、それまでは、ここでごゆるりとなさってください」
「ありがとう」
元気がない住民と較べ、彼の顔はてかてかと光り、いかにも元気そうだった。
まるでこのおじさんが、街の人たちからエネルギーを吸いとっちゃったみたい。
やがて私がそう思ったのは、あながち間違いではなかったと知ることになる。
◇
盗賊のおじさんたちは、二人ずつ分かれて部屋を取った。私は大きな続き部屋を割りあてられた。
本来従者が使う部屋もついており、そこはライとレフ用だ。
二人がお風呂に湯を張ってくれたので、それに入る。
ピーちゃんも洗った。
最初嫌がっていたピーちゃんだけど、お風呂のお湯にぷかぷか浮くことを覚えると、気持ちよさそうにしていた。
私がお風呂から出る時には、彼はお湯に浮かんだまま寝てしまっていた。
ピーちゃんを抱き、ふかふかのベッドでぐっすり眠った。
◇
翌日、朝食を食べるため食堂に入った私は、知らない人たちから声をかけられ、驚いてしまった。
よく見ると、それは髭を剃ってさっぱりした盗賊のおじさんたちだった。
元は軍人さんだそうだから、きちんとした格好をすると、全く別人に見える。
「メグミ様、今日はどうお過ごしで?」
執事のおじさんに声を掛けられる。
「今日はゆっくりここで体を休めるつもりです」
「承りました」
「あ、そうそう、お昼寝するから、起こさないでくださいね」
「はい、分かりました」
朝食を終えた私は、庭を散策するふりをして木立に入ると、赤いハンドバックからフード付きローブを取りだし、それを羽織った。
「ピーちゃん、お願い」
ピーちゃんは、袋から出るとフードの上から腰のベルトをつかみ、私を吊りあげた。
木々が壁ぎりぎりまで生えているところを選び、屋敷の外に出た。
道行く人が空を飛ぶ私を見て驚きの声を上げたが、ピーちゃんは、さっと高度を下げると路地裏へ私を降ろした。
再び袋に入ったピーちゃんを抱え、私は町を歩きはじめた。やはり、街を行く人の姿は少なく、みな元気が無かった。
落ちついた雰囲気のお店があったので入ってみる。
店の中は磨いた木を沢山使っていて、少し暗いのもあいまっていかにもくつろげそうだ。
それなのに、お客は私の他、カウンターに座る一人しかいなかった。二十過ぎに見える女性で、私をジロジロ見ている。
私がフードを取ると、ちょっと驚いた顔をした後、話かけてきた。
「お嬢ちゃん、外から来たのかい?」
「ええ、昨日来たばかりです」
「なんでまた、こんな街なんかに来ようって考えたんだい」
「私、冒険者なんです。
依頼を果たしに、フェーベンクローへ行く途中です」
「ああ、そういうこと。
ここは、最近じゃ、よそ者が入ってこれないようになってるからね」
「どうしてです?」
ちょうどその時、店の奥から顔立ちのよい、初老の男性が出てきた。
「いらっしゃいませ。
初めての方ですな」
「はい、昨日街に着きました」
「ほう、外の方ですか。
それは珍しい」
「どうして、外からの人が珍しいんですか?」
おじさんは、それには答えず、お品書きだろう布が張られた板を渡してきた。
「ええと、何か飲みたいのですが、おすすめはありますか?
あ、お酒は飲めません」
「そうですね。
この辺りの特産品をお出ししましょう」
おじさんがその用意をしている間に、お姉さんがさっきの質問に答えてくれた。
「この街はね、領主によって支配されてるのさ」
私はお姉さんが言っていることがよく分からなかった。
「領主が領地を支配するのは、普通じゃないんですか?」
「ここの支配はね、普通とはちょっと違うのさ」
その時、私の前に、背の高いグラスが差しだされた。
かき混ぜるためのタンブラーが添えられている。
「ナゼルさん、その話は他所の方には……」
おじさんは、お姉さんの方に咎めるような視線を送った。
出されたグラスに口をつけてみる。それは少しとろみがある飲み物で、いままで味わったことが無い風味だった。しいて言えば、熟した柿のような味だった。後口にさっぱりした甘みがのこり、とても美味しい。
「美味しいですね」
「外の方に褒めてもらえると、嬉しいですね」
おじさんは、初めて笑顔になった。
お勘定を払うとき、その値段に驚いた。もの凄く高いのだ。
私はさっきのジュースしか飲んでいないのに、銀貨一枚も取られた。日本の価値で言うと、一万円もしたことになる。
「お嬢さん、値段が高くてすまない。
でも、仕方がないんだよ」
おじさんは、とてもすまなそうな顔をしていた。
私は再びフードをかぶると、店から外へ出た。
肉串を売っているお店があったので、それを二本買ってみる。
これも、すごく高かった。二本で銀貨一枚と銅貨二十枚もした。
人から見えないところで腰を降ろし、ピーちゃんと一緒に肉串を食べる。
「うえ~、まずいね」
ピーちゃんが言うのも当たりまえだ。
肉串は筋が多く、臭みを消す工夫がしていないのか獣臭かった。
今まで私が食べたものでワースト3確実のまずさだ。
いつもは食べ物を残さない私が、一口しか食べられなかった。
ピーちゃんも、ほとんど口をつけていない。
「あ、いたいた」
人の声がしたので、あわててピーちゃん袋に蓋をする。
「お嬢ちゃん、探したよ」
それは、さっきお店にいた女の人だった。
「それ、まずいだろ」
私が両手に一本ずつ持った肉串を指さす。
「美味しいとはいえませんね」
「まあ、そうだよね。
でも、そんなものでも、街の者にとってはごちそうなのさ」
女の人は、少しもじもじしていたが、思い切ったように言葉を続けた。
「それ、食べないならもらっていいかい?」
「ええ、どうぞ」
私は、肉串を二本とも彼女に渡した。
「私は、ナゼルって言うんだ。
嬢ちゃんの名前は?」
「メグミです」
「メグミ、この街の事を外の人たちに伝えてくれないか?」
「え、ええ。
いいですけど、どうしてですか?」
「そうだね、説明するより見てもらった方が早いね。
着いてきてくれるかな?
それほど歩かないから」
「はい、分かりました」
背中を向け、歩きだしたナゼルさんの後を追った。
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次回、明朝七時ごろ更新の予定です。
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