第27話 神樹と少女2 

 村長の気くばりで母屋に泊めてもらった私は、次の日、ゆっくり昼前まで寝て、それから出発の準備をした。


「嬢ちゃん、馬車は必要か?」


 村長が尋ねてくれた。


「大丈夫です。

 それより、こちらの方向には、何がありますか?」


 神樹様にいただいた、青い玉が教えてくれた方角を指さす。


「ああ、そっちの方なら、ヘルポリっていうまあまあ大きな街があるな。

 その向こうはもう、フェーベンクロー公国領だ」


「そうですか、ありがとう。

 そのヘルポリに行ってみます」


「そうか。

 あんまり評判のよくねえ町だから、くれぐれも気をつけてな」


「ありがとう」


 その時、表の扉が開くと、昨日見た、のっぽのおじさんが顔を出した。


「嬢ちゃん、もう出発するんだって?

 こいつらの用意もできてるよ」


 戸口に出てみると、大きな荷物を背負った二人の青年が、暗い顔で立っていた。

 二人の頭は、青く剃りあげられていた。


「こっちが、俺の息子の、あ、いや、息子だったライ。

 そっちが、レフだ。

 思いっきり、こき使ってやってくれ」


 それを聞いた二人の青年が下を向く。


「ライとレフね。

 よろしく」


「「……」」


「おい!

 お前たちのご主人様が、挨拶してくださってるんだ。

 ちゃんと、ご挨拶しろ!」


「俺、ライです……」

「レフです……」


 二人の声は最後の方が聞こえないほど小さかった。


「じゃ、出発します。

 村長さん、おじさん、ありがとう」


「嬢ちゃん、荷物はそれだけかい?」


 おじさんが、ピーちゃん袋とマジックバッグを指さす。


「ええ、これだけです」


「何か買ったら、こいつらに持たせたらいい。

 道中気をつけてな」


「では、さようなら」


 二人を連れ村を出ようとすると、水車小屋の陰からレフのお母さんがこちらを覗いているのに気づいた。


「ライ、レフ、村に向かって、『行ってきます』しなさい」


「「い、行ってきます……」」


「もっと大きな声で!」


「「行ってきます!」」


 私は、ツルピカ頭になった二人の青年を連れ、草原の道を歩きはじめた。

 

「さあ、ピーちゃん、また新しい旅よ」


「うん、メグミ、今度は何が待ってるかな」


 ピーちゃんもワクワクしていると分かり、私は嬉しかった。


 ◇


 ときどき道ですれ違う人たちは、ライとレフの頭を見て最初ギョッとしたような表情を浮かべた後、なぜか必ずクスクス笑った。

 時には、お腹を抱えて笑っている人もいる。


「ねえ、ライ。

 なんでみんなは、あんなに笑ってるの?」


「……そ、それは、頭を剃るのは、性的ないたずらをした罰なんです」

  

 なるほど、そうだったのか。

 この二人も、これで少しは懲りるかもしれない。


 日が暮れたので、街道脇の草地にキャンプを張ることにする。

 ライとレフは、思ったより手際よく動いて、二つのテントを張った。

 大きな方のテントには、小さいけれど敷物や家具まであった。

 彼らの背負う荷物が多かったはずだわ。

 

 ライとレフは焚火をおこすと、荷物からまな板やナイフを取りだし、器用に調理を始めた。

 あまり待たないで、具沢山のスープができた。


 レフにお椀とスプーンを渡され、ライが置いた椅子に座る。料理は意外なほど美味しかった。


「美味しいわね」


 ずっと黙っていた二人だが、私がそう言うと、少しだけ笑みが浮かんだ。

 私が尋ねるままに、食材の説明をしてくれる。

 食事が終わるころには、二人とも、暗かった顔が少し明るくなっていた。


 ◇


 メグミという少女が寝たのを見計らい、ライがくるまっていた毛布から顔を出した。


「おい、レフ、起きてるか?」


「ああ」


「じゃあ、手はずどおりやるか?」


「当たり前だ」


「だけど、あの娘一人じゃ、この先、危なくないか?」


「馬鹿言え、ドラゴンがいるんだぞ。

 危ねえわけねえだろ!」


「それもそうだな」


「どこかの町で、冒険者登録するぞ!」


「ああ、夢への第一歩だ!」


 ライとレフは、少年時代、村にやってきた銀ランクの冒険者を目にしてから、自分たちもいつか彼のようになりたいと考えていた。

 彼らが、村を騒がす事件をしばしば引きおこしたのも、冒険者に憧れ行動した結果だった。


 村を出るとき荷物に隠しておいたヘソクリを取りだすと、二人は草原の道を足早に歩きだした。


 ◇


「お頭、今日は獲物がありませんでしたね」


「まったく、しけた日だったぜ」


「まあ、せめてもの救いは、晴れてたってことですかね。

 モリアーナは、きっと今頃、ラウネの白い花が咲いているでしょうねえ」


「おい、故郷の話はするな!」


「へ、へい、すいません」


 この男たちは、かつて隣国モリアーナ帝国の兵士だった。

 一年ほど前にあった隣国との戦いで、大敗を喫し、国にも見捨てられた。

 仕方なく盗賊をして、その日その日を生きているありさまだった。

 頭は、魔道具の灯りに照らされた部下たち、今では手下だが、彼らの表情が暗いのが気になった。

 盗賊団も、潮時かもしれないな。

 明日になったらこの盗賊団を解散しよう。頭はそう心に決めた。


「頭!

 明りが二つ、近づいてきますぜ」


「みんな、静かにしろ!」  

 

 盗賊の頭は、小さな声で鋭く言った。

 前方を見ると、確かに夜道をこちらに向かってくる、二つの灯りがある。


「おい、せっかくの獲物だ。

 逃がすなよ!」


 彼の言葉で、部下たちは低く伏せた。

 獲物の声が聞こえてくる。


「だけど、楽勝だったな」


「ああ、夢の始まりかー、いよいよだな」


「ああ、絶対に銀ランクの冒険者になってやるぞ!」


「冒険者になれば、女性にモテモテだもんな!」


 手下が張った半円形の陣に獲物が入ると同時に、頭は叫んだ。


「かかれっ!」


 棍棒を持った盗賊が、二人の青年に襲いかかる。

 二人の若者は、体のあちこちを見さかいなく殴られ、あっという間に地面に倒れてしまった。


「頭、こいつら割と持ってましたぜ」


 部下の一人が、革袋を頭に渡す。

 

「おお、確かに割とあるな。

 仲間がいるかもしれねえ。

 おい、お前、こいつらを締めあげろ」


「へいっ」


 二人の青年が少女の事をしゃべるのに、それほど時間は掛からなかった。

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