第26話 神樹と少女1
草原の道を通りかかった荷馬車に乗せてもらい、私は、とある村へとやってきた。
木造の小さな家々が、こじんまりと集まった小さな村だ。
村がある方角は、青い玉が示す方角から少しずれていたが、歩くより荷馬車の方が早いから、とりあえずこの村まで来たのだ。
荷馬車の持ち主は、この村に住むおじさんで、トンベと言う豚のような魔獣を飼って生計を立てているそうだ。
おじさんは、私を村長の家に案内してくれた。
この村には宿屋がないから、旅人はみな、村長の家にある離れに泊まるのだそうだ。
ここのところお風呂に入っていなかったから、村長から大きなタライを借り、それに井戸水を張り水浴びをした。離れの木窓がカタカタ震えているから、外は風が出てきたのかもしれない。
さっぱりした私は、体を乾かすため、薄布を体に巻きつけた。
◇
レフとライの二人は、なにかあれば騒ぎを起こす村の問題児だ。彼らは、幼いころから悪童で、隣家の柵を壊し、トンベが村中を走りまわる騒動を起こしたり、魔獣の子を森から拾ってきて、それを探しに来た魔獣の親が村の家々を壊したり、とにかくそういったことが絶えなかった。
青年になった二人は、そのいたずらもエスカレートしてきた。
今日、村に帰ってきた荷台車に乗った黒髪の少女を見た二人は、彼女に興味を持った。なぜなら、彼らはそれほど美しい女性を見たことがなかったからだ。
「おい、ライ、ホントに大丈夫なんだろうな?」
「ああ、大丈夫だ。
前にもやったことがある」
「おいっ!
なぜ、俺を呼ばなかったんだ!」
「そのとき俺が覗いたのが、どこかのおばあちゃんだとしてもか?」
「……い、いや、もういい」
「いやー、あんときは驚いたぜ。
帽子をかぶってたから、年が分からなかったんだよなー」
「その点、今回は間違いないな」
「ああ、この目で見たからな」
二人は、黒髪の少女が泊まっているはずの村長宅にやってきた。
そっと離れに近づく。
暗い中、音を立てぬよう、ゆっくり離れに近づく。
木窓の外で息を整えると、ライはそっと木窓を押した。そうすることで、木窓にわずかな隙間ができるのだ。
レフとライが目にしたものは、この世のものとは思えないほど美しかった。
少女は、下半身を木製のタライ張った水に沈め、水浴びをしていた。
後ろにある簡素なベッドに置かれた板のようなものが虹色に光っている。少女の輪郭が、その光で浮かびあがる。
ライとレフは、それほど美しいものを見たことがなかったから、いやらしい気持ちさえ消え、ただ魅せられていた。
残念なのは、逆光のため、少女の体が細部まで見えない事だ。
それでも、二人の青年は、心をぎゅっと何かにつかまれるようだった。
水音を立て少女が立ちあがったとき、なぜか二人は、しゃがんでしまった。
「お、おい、レフ、どうするんだ」
「お、俺たちゃ、冒険者になるんだろ。
これくらいのことができなくてどうするんだよ」
「……そ、そうだな」
「じゃ、中に入るぞ、いいな?」
ライとレフの二人は、表の木戸に回りこんだ。
ライが懐から、細長い針のようなものを取りだす。
「へへへ、これが、こんな時に役に立つとはな」
それは、かつて魔獣が村を襲った時、その体から落としていったものだった。
粗末な掛け金はカチリと音を立て外れた。
顔を見あわせた二人が、部屋の中に踏みこんだ。
部屋の中には、薄い布を体に巻いただけの美しい少女が立っていた。
彼女は、満面の笑顔でこう言った。
「嬉しい!
来てくれたのね!」
◇
水浴びした後、体に布を巻いたタイミングで、ドアが開いた。
あれ?
私、カギをかけていたはずだけど。
そこには誰かが立っていたけれど、私はそれが目に入らなかった。
だって、その後ろにピーちゃんがいたんだもの。
「嬉しい!
来てくれたのね!」
ピーちゃんが、私の胸に飛びこんでくる。
「メグミっ!」
ピーちゃんが小さな顔を私の胸に押しつけてくる。
私は、彼をぎゅーって抱きしめた。
「な、なんだよ、そいつは!」
「ま、魔獣なんか持ちこみやがって!」
二人の若者が何か言っているけれど、私は聞いてなかった。
「おいっ、何とか言えよっ!」
若者の一人が私の肩に手をかけようとした。
ピーちゃんが、その手をパクリとくわえる。
若者が、ピーちゃんと目を合わせた。
「ドドドドド、ドラゴーン――」
その人は、白目をむいて倒れちゃった。
「ライ!
ライ!
どうしたんだ!?」
倒れた若者に駆けより、かがみこんだもう一人が視線を上げ、ピーちゃんと目を合わせた。
「ひっ!
ドドドドド、ドラゴーン――」
全く同じセリフを言って気を失うなんて、兄弟かしら?
なぜか二人とも、股のところが濡れてるわね。
とにかく、村長さんに報告しておこう。
マジックバッグから破れたテントの生地を出し、それを二人の上にかけた。
服を着てから、村長さんの家に向かった。
◇
「キサマら!
それでも男かっ!」
黒い口髭を生やした体格のいい村長さんは、離れに来た二人の若者をすごく叱っていた。
彼らは股を濡らしたまま、ヒモで縛られ、母屋の床に転がされている。
「守るべき女性を覗くとは、なんたる下劣!
しかも、その部屋に押しいるとは、トンベにも劣るヤツらだっ!」
村長が吐きすてるように言う。
そのとき、家の外が騒がしくなると、数人の男女が入ってきた。
「ライ、これは一体どういうことだ!」
痩せた背の高いおじさんが、縛られている若者の一人に声をかける。おじさんは、こめかみに青筋を立てていた。
「レフ、あんた、このお嬢ちゃんを覗いただけでなく、部屋に押しいったって本当かい!」
ぽっちゃりした体形のおばさんが、目を吊りあげている。
「ふむ、どうしたもんかのう。
さすがにワシも、もうかばってやれん。
騎士の駐屯所に突きだすかの」
村長が、低い声で唸るように言う。
「とにかく、今日限り、お前とは親子の縁を切る!
たった今から、親でもなければ子でもない。
分かったな、ライ!」
のっぽのおじさんは、青年を許すつもりがないらしい。
「あんたも同じだよ。
もう、家にゃ入れないからね!
とっとと、どっかに行っておしまいっ!」
レフの母親らしいおばさんも、目を吊りあげ怒っている、
最初、青い顔をしていた青年二人は、とうとう涙を流しはじめた。
「ご、ごめんなさい、もうしません」
「すみません、俺が悪かったです」
「そうだよ、そのセリフに何度もダマされてきた。
今度という今度は、我慢の限界だよ!」
おばさんが、持っていたホウキの柄で、かなり強く青年のお尻を叩いた。何度も何度も。
この人、今まで、よっぽど悪いことしてきたのね。
「痛っ!
痛いっ!
母ちゃん、許してっ!」
「痛い?
そうかい。
女性にとっちゃね、裸を覗かれるのは、痛いどころじゃ済まないんだよっ!」
おばさんはそう言うと、ことさら強く青年のお尻をぶった。
ホウキは、ぽっきり折れてしまった。
のっぽのおじさんが持っているのは、乗馬鞭のようだ。
それを情け容赦なく、もう一人の青年に振りおろす。
「痛っ!
痛いっ!
や、やめっ、痛っ!」
おじさんは、息を切らすまで鞭を振るうと、やっと叩くのをやめた。
「ライ、レフ、お前らは、村から出ていってもらう」
村長は、きっぱりした口調でそう言った。
「問題は、嬢ちゃんへの償いだが――」
「あのー、ちょっといいですか?」
私は、思いきって口をはさんだ。
「ん?
なんだい、嬢ちゃん。
できる事なら、この二人にさせるから言ってごらん」
「私、今から大事なお仕事があるんです。
この二人に手伝ってもらってもいいでしょうか?」
おじさんは、ほんの一瞬考える顔をしたが、すぐに頷いた。
「そりゃいい。
しかし、こいつらが、二人して嬢ちゃんに悪さしかねんぞ」
「それは、大丈夫です」
私は、きっぱりとそう言った。
「そ、そうか?」
村長さんは、二人を見おろした。
「本来、駐屯所に突きだして牢にぶち込むところだが、嬢ちゃんの頼みなら仕方ない」
「嬢ちゃん、いいのかい?」
おばさんは、私のことが心配みたいだ。
「こいつが何かしたら、ワシに知らせてくれ。
必ずだぞ、嬢ちゃん」
おじさんの顔には、懇願するような表情が浮かんでいた。
この人、本当は自分の息子が心配なのかもしれないわ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます