第25話 ドラゴンの里と少女6



『そこな少女よ、我が声が聞こえるか』   


 私は、『竜の里』にある森で、神樹しんじゅ様の声を聞いていた。

 それは夕日に染まる景色を、穏やかに波うたせるような声だった。


「聞こえます」


『我は神樹という。

 お前の名はなんじゃ?』


 温かく深いテレパシーが、じんわりと私の中に入ってくる。


「はい、メグミといいます」


『お主、この世界の者ではないな』 


「はい、分かりますか?」


『分かるとも。

 世界は繋がっておるからの』


 言葉の意味はよく分からないが、自分が神樹様に嫌われていないと分かり嬉しかった。


『お主と竜とのやりとりは、ここで見せてもろうた』


 神樹様は、そんなこともできるのね。本当にすごいわ。


『ドラゴンロードとなりし少女メグミ、お主に頼みがある』


「何でしょう?」


『我が仲間が、危機に瀕しておる。

 仲間を救うてはくれぬか?』 


「それはいいですが、そのお仲間はどこにいますか?」


『上を見よ』


 見あげると、神樹さまの枝から、白い綿のようなものがフワフワと落ちてくる。手で受けると、それは羽子板で使う羽根のような形をしていた。

 神樹様に言われ、ひらひらした外側の皮をむくと、中から青い玉が出てきた。


『その玉が光る方へ進めば、我が同朋にたどり着くであろう』


「分かりました。

 やってみます」


『お主、褒美ほうびを求めぬのか?』


「神樹様のお友達が困っているなら助けるだけです」


『ホホホ、珍しき人間よの。

 じゃから、ことわりを超えた力を手に入れたのじゃろう』


「ことわりを超えた力?」


『お主、自分が幸運じゃと思うたことはないか?』


 そういえば、この世界に召喚される前、地球ではあんなに不幸続きだったのに、今は楽しい事ばかり起きているような気がする。


「幸運かどうか分かりませんが、今は生きていて幸せです」


『ホホホ、その気持ちがさらなる幸運を呼ぶのじゃな。

 まあよい。

 とにかく褒美ほうびは前渡ししておこう』


 自分の体がさらにじんわりと温かくなるのを感じた。


『では、頼むぞ』


 それきり、神樹様はなにも話さなくなった。眠ってしまわれたのかもしれない。


 ◇


 竜が棲む洞窟に帰ると、ピーちゃんのお父さんとお母さんに、神樹様の所であったことを話した。

 ピーちゃんのお父さんが、慌てた感じで洞窟の外に出ていった。

 少しして帰ってくると、緊張した声でこう言った。


「メグミは、すぐに神樹様のお仕事をしなければならない。

 息子よ、今のうちにお別れをしておけ」


 あれ?

 何かおかしいぞ。


「メグミと別れたくない!」


「わがままを言うな、神樹様のお言葉は絶対だ」


「……」


 やっと何がおかしいか気づいた。

 私、竜の言葉がはっきり理解できてる!


「ええと、みなさん、私の言葉が分かりますか?」


「それはテレパシーだから、当たりま――おや?

 何かおかしいぞ」


「そうなんです。

 私、テレパシーを使わないでも、あなた方とおしゃべりできるようになったみたいです」


「ソル・ロード、どういうことでしょう?」


 壁の光る石に照らされた、お母さんの顔は驚きを表していた。


「神樹様が、私に竜と話せる力をくださったみたいです」


「す、すごいわ!

 神樹様にそこまで認めてもらえるなんて」

「本当ですよ。

 お世話をしている我々でも、神樹様とはめったにお話しできません」


 お母さんとお父さんが、感心したように言う。


「メグミ、行っちゃうの?」


「神樹様のお仲間を助けるためだから」


「ボ、ボク、メグミに行ってほしくない!」


 ピーちゃんが足元に来たので、その頭をそっと撫でる。


「お仕事が済んだら、必ず帰ってくるから」


「どうしても、行っちゃうの?」


「ピーちゃん、分かってね」


「ふんっ! 

 もういいっ!」


 ピーちゃんは、部屋の奥にある小さな洞窟に飛びこんでしまった。


「ウチの子がごめんなさい」

「ソル・ロード、申しわけない」


 ピーちゃんのお母さんとお父さんが、しきりに大きな頭を下げた。


 ◇


 神樹様とお話した次の日、私は朝早く、ドラゴンの洞窟を出発することにした。

 私を運ぶのは、なんと竜王様だ。

 竜王様は、大きな身体に革製の馬具のようなものを載せていた。

 

 体を低くした竜王様の後ろから、尻尾しっぽの上を通り、背中へ上がる。

 鞍のようなものに腰かけ、手綱に手を掛けた。


「ソル・ロード、用意はよろしいか?」


「ええ、いいわ」


 竜王様は体をゆすりながら、大洞窟の出口へ向かう。

 背中に乗っている私は、手綱をしっかり握り、振りおとされないようにした。


「ロード、お元気で!」

「我ら一同、いつでもお帰りをお待ちしております!」 

「何かあれば、ぜひ我らをお呼びください!」

「「「お姉ちゃん、また来てねー!」」」


 後ろから見送る竜の声が聞こえる。

 手綱を握るのに必死な私は、一瞬だけ右手を挙げた。

 背後から、すごい歓声が湧く。


 結局、ピーちゃんは、見送りに来てくれなかった。

 少し寂しかったが、これから待っている大切な仕事に集中することにした。


 竜王様は一つ大きく翼をはためかせると、一気に空へ昇った。

 なぜか、この乗り方だとちっとも怖くない。

 肌を撫でる風が、すごく気持ちいい。

 手綱と鞍の効果だろうか。


 竜王様は上空で一度呪文を唱えたが、きっとあれは結界を通りぬけるためだろう。

 山並みが途切れると、下に緑の草原が見えてくる。その中を一本の道が通っていた。

 進む方向は、昨日のうちに大洞窟で確認してある。青い玉は、正しい方向へ向かうと点滅するのだ。

 竜王様は高度を下げ、草原に降りた。


「ソル・ロード、それでは、神樹様のお仕事、よろしくお願いいたします」


「うん、やってみる」


「危険があれば、必ず笛を鳴らしてください」


「ありがとう!」


「では、これにて失礼します」


 巨大な黒いドラゴンは、一瞬で空へ昇ると、ピューッと姿を消した。

 私は草原から道に踏みだすと、どこまでも続くその道をゆっくり歩きだした。

 悲しくないのに、なぜだか涙が止まらない。

 

 空になっても下げているピーちゃん袋を、そっと撫でてみる。

 草原の心地よい風が、私の髪を揺らし、空へ昇っていった。

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