第18話 ドラゴンと少女6

 事件の後、私はギルドの部屋まで帰って眠り、つぎの朝、ヒューさんの案内で彼の家に来ている。

 豪華ではないが、綺麗に整えられた室内は、窓辺に植えた花の香りが漂っている。それはオレンジの香りに似ていて、かつて住んでいた世界を思いおこさせた。


「しかし、なんだってこの子はあんな場所にいたんだ?」


 ヒューさんはベッドで寝ているニコラ君の顔を眺めながら、そう言った。

「あんな場所」ってのは、塔が倒れた時、二コラがベッドの下にいたことね。


「ああ、塔が倒れる前、ぶうってオナラみたいな音がしたでしょ」


「うん?

 おお、そういや、メグミが言うとおりだ。

 そんな音がして、塔の穴から風が噴きだしたんだった」


「ニコラ君は、あの風でベッドの下まで飛ばされたんでしょう」


「おお、そういうことか!

 確かに、あの風なら、この子の身体くらいポンと飛ぶだろうな」


 ヒューさんは、まだ何か考えているようだった。


「あと一つ、納得できねえことがあるんだ。

 あの場所のことは治療所のヤツから聞きだしたとしても、そもそもあいつらが俺たちを罠にはめようとしてたなんて、どうして分かったんだ?」


 本当は、ピーちゃんが念話能力を使ってヒューさんの心を読んだからなんだけど、これはピーちゃんから秘密にするよう言われてるの。


「まあ、たまたまですよ」


「そうか……まあいいか。

 スキルなんかのことを尋ねるのは、マナーに反するからな」


 ヒューさんは、私が何かの能力を使ったと考えているようね。ここは、そう思っておいてもらおう。


「メグミ、ちょいとエマを手伝ってくるから、ニコラを見ていてくれるか?」


「はい、いいですよ」


 エマさんは、私のために豪華な昼食を用意すると言っていたからね。

 ヒューさんが部屋から出ていくと、昨夜ピーちゃんと相談したことを試すことにした。

 赤いハンドバッグから、小型の水筒に似たものを出す。

 慎重に蓋を開けると、ほんの一滴、青い水薬エリクサーをニコラの口に垂らした。


「うまくいくかしら?」

『きっと、大丈夫だと思うよ』

 

 開いたカバンから顔を出しているピーちゃんが、私の方を見て微笑む。

 私もそれに微笑みかえした。


 五分ほどすると、ニコラが目を覚ます気配がした。

 戸口に行き、大声でヒューさんとエマさんを呼んだ。

 すぐに二人が部屋に跳びこんできた。


「う、うん……あれ?

 ここどこ?」


「ニコラ!

 お前の家だぞ!」


 ヒューさんが答える。


「ほんとだ!

 病院じゃなかったのか。

 お母さん、そのお姉ちゃんはだれ?」


「驚くんじゃないよ、ニコラ。

 今日からお前の姉さんになる人だよ。

 メグミっていうんだ」


 エマさんが、私を紹介してくれた。


「ええっ!

 お姉ちゃん?

 やったー!」


 ニコラはベッドの上に立つと、ぴょんぴょん跳びはねる。


「お、おい、ニコラ……お前、身体はなんともないのか?」


「うん、お父さん、なんともないよ。

 あれっ? 

 なんで?

 痛くもダルくもないよ?!」


「ほ、本当かい!!」


 エマさんが叫んで、ニコラに抱きつく。


「お母さん、痛いよ。

 それより、お姉ちゃんと二人で話してもいい?」


「あっ、悪かったね。

 じゃ、母さんはお昼を作ってくるから、お姉ちゃんとお話するんだよ」


「うんっ!」


 ニコラは私をベッドに腰掛けさせると、自分も私のすぐ横に座った。

 それを見るたヒューさんは、笑顔で部屋を出ていった。


「お姉ちゃん、本当にボクのお姉ちゃんになってくれるの?」


「もちろんよ。

 あと、私の友達も紹介しておくね」


 さっき閉めておいたカバンの蓋を開けた。


「これが私の友達、ピーちゃん」


「うわー!

 すっごくかわいいね!」


「ニコラ、怖くない?」


「ピーちゃんがドラゴンだから?

 怖くないよ。

 なぜかっていうとね、寝ているときに夢の中でドラゴンに助けてもらったの」


 石塔がある広場でベッドの下から救われるとき、ニコラは少し意識があったのかもしれないわね。


「君は、本当にピーちゃんに助けられたんだよ」


「ホント? 

 すごい!

 ピーちゃんありがとう!」


『気にしなくていいよ』 


「あれ?

 頭の中で、声が聞こえた?」


「ああ、それはピーちゃんの声だよ。

 それが聞こえるということは、ニコラはピーちゃんから友達だと思われてるんだよ」


「わー!

 すごい!

 ボク、ドラゴンと友達になれた!」


「でも、ピーちゃんと話せるのは、お姉ちゃんとだけの秘密だからね」


「うん、分かった」


 ニコラは、ピーちゃんの頭をそっと撫でている。

 気持ちがいいのか、ピーちゃんは目を細めていた。


 ◇


「ニコラ、あんた、こんなに食べる子だったんだね」


 呆れたように言うエマさんだが、その顔はとても嬉しそうだった。

 昼食のテーブルには、様々な料理が並んでいた。

 ピーちゃんが欲しいと言うものを分けてあげる。

  

「メグミ、ニコラの事では、本当に世話になったな!」


 ヒューさんは、私がスキルでニコラを治したと考えているのかもしれないわね。

 

「弟のために姉が何かするのは当たりまえですよ」


「ボクのお姉ちゃん、すごいでしょ!」


 ニコラが口の周りを汚したままそう言うので、マジックバッグから出した布で拭いてやる。


「ニコラ、お姉ちゃんに恥ずかしくないような男になるんだぞ!」


「うん!

 ボク、お姉ちゃんに凄いって言ってもらえるような人になる!」


「まあまあ、この子は、もうお姉ちゃんっ子になってるよ、あははは!」

「ほんとだぜ、あははは!」


 みんなの笑い声が温かい食卓に響いた。

 私は生まれて初めて、家庭というものを実感した。

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