第17話 ドラゴンと少女5


「はあ、はあ、し、しんどかった!

 こんなに、急いだのは、生まれて、初めて」


 どちらかというとのんびりした私の声が、それまで緊張していた場の雰囲気を壊したみたい。


「メグミ……なぜ」


 ヒューさんが、とても驚いた顔をしている。


「ああ、遅くなった理由ですか?

 あの人の足が遅くて、背中を押してたんです」


 私が後ろを指さすと、そこには二人の男性がいた。

 一人はギルドシェフのダンテさん、もう一人は治療施設の責任者だ。

 私が指さしたのは、治療施設のおじさんの方だ。


「ジェーン!」

「ダンテ!」


 美男美女が抱きあうのって、なんか映画みたい。

 私はそんなことを考えていた。


「きさまっ!

 ド、ドラゴンの!」


「あなたのやりたい放題もここまでよ、ジェリコ!

 ダンテさん、治療施設のおじさんを連れてきてください」


 私が呼びかけると、ダンテさんがおじさんの首根っこをつかみ、半ば宙づりにする格好でヒューさんの前まで連れてきた。


「おい、さっき俺たちにしゃべったことを、もう一度ここで言え!」


 おじさんは、青い顔でぶるぶるふるえているけれど、その目はジェリコの方を見ていた。

 首を横に振りはじめる。

 私はピーちゃん袋の蓋を開け、おじさんの前までゆっくり歩いていく。

 すでに一度それを体験しているおじさんは、違う意味で首を左右に振りだした。


「ゆ、許して……もうドラゴンを近づけないでください!

 言います、全部言います!

 私は町長に言われ、ニコラの治療をおこなっていませんでした。

 飲ませていたのは、塩で作った錠剤で、薬ではありません」


 治療施設の責任者は、一気にそれだけ言うと、がっくりうなだれた。


「な、なんだって!?

 ニコラは、進行性の病気なんだぞ!

 これほど長い間治療してないなんて……」


「ははははは!

 気がつかないお前が悪いんだ!

 まあ、息子がその女と結婚した後なら、誠意をもって頼めば治療してやってもいいぞ」  


 太った男が、そんなことを言ってる。鼻がナスビだから、きっとこいつは、ジェリコのお父さんね。


「そうだね、パパ。

 こいつらには、誠意ってもんを見せてもらわないと」


 げーっ! やっぱり! あの年でパパだって。最初から気持ち悪そうなヤツだと思ってたけど、本当に気持ち悪かったんだね。

 私は、妙に納得してしまった。


「さて、思わぬ中断が入ったが、式を続けようか。

 司祭、頼むぞ。

 誓いのキスが、まだだからな」


 うわっ、なんて気持ち悪い。

 私は思わず引いてしまった。

 下を見ると、ピーちゃんまで引いている。

 私は知らないうちに、ピーちゃんの細かな表情まで読みとれるようになっていた。


「おい、そこの小娘。

 そのドラゴンが少しでも動く気配を見せたら、小僧の足を吹きとばすからな」


 ジェリコが、ワンドを地面にうずくまった男の子に向けている。

 もしかして、これってかなりやばいんじゃない?

 私がそんなことを考えた時、それは起こった。


 ◇


 広場に建つ石塔は、長年、雨風にさらされることで、かなり劣化していた。しかし、造り手が高い技術を持っていたため、古くなってもその形をとどめ続けてきた。

 ただ、さすがに石組みのあちらこちらに、弱いところができていた。

 そして、そのバランスを受けとめる、要石かなめいしともいえる一つの大きな石があった。

 ジェリコが放った魔術がその要石を破壊したため、石塔はいつ崩れてもおかしくなかった。

 おりから吹いた強風が塔の上部に当たると、いよいよ崩壊が始まった。


 ◇


 ドンッ


「な、なんだ!?」

 

 町長がそう叫んだのも分かるわ。自分の足元に握りこぶしくらいの石が落ちてきたんだから。


「おいっ!

 お前ら、誰か隠れてるやつが石を投げたな!?」


 彼がそう尋ねても、私たちは答えない。なぜなら、石塔の方を向いて立っている私たちからは、その異変が見えているからだ。

 塔の上部がぐらぐら揺れ、石の欠片かけらがぽろぽろこぼれ落ちている。

 町長の足元に落ちたのは、その一つに過ぎなかった。


「ニコラっ!」


 ヒューさんが息子を助けるため駆けよろうとしたが、それは出来なかった。

 なぜなら、巨大な石塔がその形を大きく変え、崩れはじめたからだ。

 石塔内部の形が変わったからか、さっき基部に開いた穴から、突風が吹きだした。

 そのあまりの勢いに、「ブフォン」という太く低い音が鳴ったくらいだ。


 当たり前のように、塔はジェリコたちの上に倒れた。

  

「ニコラっ!」


 塔から吹きだした突風にふらついたヒューさんだったが、再び息子の方へ飛びだそうとする。彼を止めようと、その腰にダンテさんが必死でしがみつく。

 倒れた石塔が轟音を立て、地面に激突した。


 ズズズズーンッ


 巨大な石が、私のすぐそばで地面にめりこむ。


「ああ、ニコラ!

 私の坊や!」


 地面に転がる大きな石の間を、エマさんがふらふら歩いていく。

 

「エマっ!」


 ヒューさんが、その後を追った。

 二人は恐らくその下にニコラがいるだろう大きな石の所まで行くと、がっくり膝まずいている。

 

「ジェーンさん、ダンテさん、そのおじさんを連れて少し下がってください」


 私がそう言うと、それまで石塔の崩壊で呆然としていたジェーンさんたち二人が、ぎこちない動きで治療所のおじさんを連れ、広場の端まで下がった。

 動けそうにないヒューさんとエマさんは、ピーちゃんが二回に分けて空中を運んだ。


「ピーちゃん、できる?」


『こんなの簡単だよ』 


 ピーちゃんは爪を食いこませると、巨大な石を持ちあげた。

 私は、石の下から出てきたものに駆けよる。

 それは、ボロボロになったベッドだった。


 ベッドは片側二本の足が折れていたが、残り二本は折れずに石を支えていたようだ。

 石をどこかに運んだピーちゃんがが戻ってきて、ベッドも持ちあげてくれる。

 ベッドの下からは、身体を丸めたニコラ君が現れた。

 彼は気を失っているようだが、見たところ、かすり傷一つない。

 その彼を背負うと、広場の端にいるエマさんたちの所まで連れていく。


「ニ、ニコラ!

 ああ、私の坊やっ!」

「ニコラ!

 ワシは夢を見てるのか?!」


 エマさんとヒューさんが、二人して息子を抱きしめる。 

 とても心が温かくなる光景で、両親がいない私は、それがとてもうらやましかった。

 きっと寂しそうな顔をしていたのだろう。ジェーンさんが、慰めるように声をかけてくれた。


「メグミ、あなたは怪我していない?」


「はい、大丈夫です!」


「あなたが私たちを助けてくれたのね?」


「えーっと、そのおじさんを連れてきたのは私ですが、塔を倒したのは私じゃありませんよ」


 石塔崩壊のショックで、ぼーっと座りこんでいる治療所のおじさんを指さした。


「えっ!?

 そうなの?

 私は、また、あなたが魔術か何かで塔を倒したのかと思ったんだけど」


「あははは、私、魔力が無いんですよ」


「えええっ!!

 それでよくラストークダンジョンをクリヤできたわね!」


「運が良かったんです」


 横にいたダンテさんが、いい声でこう言ってくれた。


「何であろうと、今回のことでヒューさんの家族と俺たち二人を救ってくれたのは、メグミ嬢ちゃんだ」


 彼は、私の頭を撫でてくれた。


「そうだぞ、メグミ。

 ダンテの言うとおりだ。

 お前は、今日からウチの娘だ。

 ニコラが目を覚ましたら驚くぞ。

 こいつは、前から姉さんを欲しがってたからな」


「ヒューさん……」


「そうよ、メグミ。

 今日からあなたは、私の娘よ!」


 エマさんが、私をぎゅってしてくれる。

 みんなの温かさに包まれ、私は目を閉じた。

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