第16話 ドラゴンと少女4
三日ほどして、私がそろそろ町を離れようかなと思っているとき、事件は起きた。
朝食のために、丸テーブルがある待合室に行くと、その時間にしては珍しくヒューさん、エマさんの夫婦とジェーンさんの三人だけが、テーブルに着いていた。
いつもは開いているギルドの表扉も、なぜか閉まっている。
エマさんは、普段カウンターのこちら側に出てこないから、何かあったのかもしれない。
私がそう思ったのは、それだけが理由ではなく、三人がとても深刻な顔をしていたからだ。
三人は私の姿を見ると、なぜかぱっと席を立ち、部屋から出ていった。
挨拶もせずに出ていくような人たちではないから、これは普通ではない。
私はピーちゃん袋の方を見た。
◇
その区画は町はずれにあり、この辺りに人が住みだした最初期の家並みがある。
家々はすでに屋根が落ちており、壁がまともに残っているものは少なかった。
すでに人々から捨てられた区画だ。
その中央には、比較的大きな広場があり、年月を経てもしっかりとした、石造りの塔が建っていた。
かつては、時を知らせる鐘が置かれていたのかもしれない。
広場にヒーとエマ夫妻、そしてジェーンの三人が入ってくると、塔の陰から太った初老の男とローブを着た中年の男、そして、地球なら小学校低学年くらいの少年が一人現れた。
「ここまでやってきたのは、褒めてやる」
ナスビ鼻をした初老の男が、突きでた腹をゆすりながら、偉そうに言った。
「お願い!
ニコラを返して!」
日頃、温和な表情のエマが顔を歪めて叫ぶ。
少年は、夫婦の息子だった。
「返してもいいが、まず、こちらの言い分を聞いてもらわねばな」
太った男がそう言った時、石塔の陰からジェリコが現れた。
寝ていないのか、彼は目の下に隈をつくっており、ぼさぼさになったブロンドの髪が鳥の巣そっくりだった。
「きさまら、よくもこのジェリコ様に恥をかかせてくれたな」
そう言うと、青年は取りだしたワンドで少年の背中を少し押した。
たったそれだけで、少年はよろよろ前に倒れ、両手両膝を地面に着けてしまった。
「「ニコラ!」」
ヒューとエマの声が重なる。
「その子には、なにもしないでっ!」
ジェーンが叫ぶ。
「ああ、いいだろう。
だが、お前には、この場で俺と結婚式を挙げてもらうぞ!
おい、持ってこい!」
ジェリコの声で、石塔の陰から柄の悪い二人の男が現れた。
彼らは、大きなベッドを運んでいた。
二人は、それをジェーンとジェリコの間に置いた。
「ど、どういうこと?」
ジェーンの声が震えている。
「なんせ結婚式だ。
することをしないとな」
ジェリコは、ベッドに置かれたふかふかの掛け布をワンドの先でつついた。
「最高級の羽毛を使ったものだぜ。
さぞ寝心地がいいだろうな」
彼はそう言うと、ニヤニヤ笑った。
「じゃ、自己紹介といくか。
こちら、司祭さまだ。
わざわざ、隣町から早馬を飛ばして来ていただいたんだぜ。
じゃ、始めてくれ」
本当はただの流れ者で、金で雇われただけの男が司祭の格好をしている。彼は、紙に書かれた言葉をぎこちなく読んだ。
「えー、あー、ジェリコ様、こちらの女性を一生愛しますか?」
ジェリコがニヤニヤ笑いのまま答える。
「まあ、気が向いたらな」
司祭が、ジェーンの方を向く。
「あー、あなた、ジェーン、こちらの殿方を一生愛しますか?」
「だ、誰があんたなん――」
彼女がそう言いかけると、ジェリコがワンドを石塔に向け、魔術を放った。
ワンドの先から火の玉がほとばしり、それは石塔の基部に命中した。
大きな石が一つ、木っ端微塵になり、空いた穴からは石塔内部の闇が見えた。
いつ詠唱したとも思えぬ、ジェリコの早業だった。
ニヤニヤ笑いを浮かべた彼は、地面で咳こんでいる少年にワンドの先を向ける。
「断ってもらっても、俺はな~んにも困らないんだぜ、げへへっ」
品性のかけらもないジェリコの言葉は、しかし、ジェーンを打ちのめした。
「わ、私は生涯、この人を――」
ジェーンがそこまで言った時、少女の甲高い声がそれをさえぎった。
「待ってーっ!
ちょっと待ってーっ!」
それは、ピーちゃん袋を抱えたメグミだった。
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