第15話 ドラゴンと少女3
「おい、腰抜けども!
誰かこのジェリコ様の相手をするヤツはいないのか?」
革のブーツをはいたままテーブルの上に立ち、ブロンドの長髪を右手でかきあげている、若い男の人が部屋を見まわす。
「見ろよ、ジェーン!
こいつら俺と戦うだけの勇気もないぜ」
ジェリコと名乗った、ナスビのような形の鼻を持つ若者が、美人のジェーンお姉さんに話しかけている。
「あんた、そんなことをして恥ずかしくないの?!」
怒ったジェーンさんが、言いかえす。
「なんだったら、一人二人ここで燃やしてやろうか?
ナスビ鼻のジェリコは、左手にもったワンドを一人一人の顔に向けていく。
私が以前いた世界なら、さしずめピストルの銃口を人に向けているわけだから、本当にとんでもないヤツだ。
そのとき、どすどす足音がして、ギルマスのヒューさんがやってきた。
「ジェリコ坊ちゃん、またですか?」
ヒューさんの声に力がない。
もっと、きちんと叱ればいいのに。
「おい、ヒュー。
どうして冒険者ってのは、こうも腰抜けぞろいなんだ?」
ジェーンお姉さんが、ジェリコに跳びかかろうとした。
だけど、ヒューさんが大きな手を伸ばし、彼女を止めた。
「ギルマスっ、こ、こいつは、私たち冒険者を馬鹿にしてるんですよっ!」
「ジェーン、ああ分かってる。
だけど、頼むから我慢してくれ」
ジェリコはそれを聞くと、ニヤニヤと笑いながらテーブルから降りた。
彼は、ジェーンさんに近づくと、ワンドの先でお姉さんの豊かな胸の谷間辺りをツンツン突いている。
「ジェーン、お前が俺の女になるってんなら、今すぐにもここから出ていくぜ?」
ジェーンさんが、ジェリコにつかみかかろうとするけれど、ヒューさんのがっちりした腕にはばまれてしまう。
「くぅっ!」
お姉さんの口からそんな声がもれた。
「ジェーンさんは、あなたになんかふさわしくないわ!」
私は自分でも知らないうちに、大きな声でそう言っていた。
ジェリコは、すぐに私の方を振りむいた。
「なんだ?
見ねえ顔だな?
どこの娘だ?
おめえの親ともども消し炭にしてやるぜ!」
ジェリコは近づいてくると、私の喉にワンドを突きつけた。
そのとき、私がさげた袋の蓋がぱらりと開き、ピーちゃんが顔を出す。
ジェリコの視線とピーちゃんの視線が至近距離でぶつかった。
「……ド、ド、ド……」
そんな声をだすと、ジェリコは、まっ青になり震えだした。
ピーちゃんが、頭のすぐ上にある、彼の手をかぷりとくわえる。
ただくわえただけなのは、すぐに分かった。だって、ピーちゃんが普通にかじったら、ジェリコの手がなくなってしまったはずだから。
「……。。。」
ジェリコは、立ったまま白目をむいている。
ズボンから湯気が出ているのは、お漏らししたからだろう。
「汚いわねえ、こいつ」
私がそう言うと、それまで黙っていた冒険者のみんなが一斉に拍手を始めた。
「嬢ちゃん、よくやった!」
「こんなにスカッとしたこたあねえぜ!」
「さすが金ランクね!」
みんなが、それぞれ私に声をかけてくれる。
本当は、私ってばほとんど何もしてないんだけどね。
困ったような顔になったヒューさんだったが、ニッコリ笑うと、大きな手で私の頭を撫でてくれた。
その手はすごく温かくて、私の父さんが生きていたらこんな感じかなと思うと、少し涙が出ちゃった。
ヒューさんは、また困ったような顔に戻ると、ジェリコをお姫様だっこして、ギルドから出ていった。
私はジェーンさんに肩を抱かれ、テーブルに着いた。
◇
ジェーンさんが小声で何か言うと、私たち二人を残し、他の冒険者は外へ出ていった。
「メグミ、さっきはありがとう。
あんなに胸がすいたのは、生まれて初めてよ!」
ジェーンさんも私の頭を撫でてくれる。
さっき出かかっていた涙をごまかすためもあって、私は自分の顔を両手でごしごし拭いた。
「でも、気をつけて。
あいつは、危険なヤツよ。
ジェリコの父親は、ここの町長でね。
あいつが無法を働いたら、いつも父親がもみ消すの。
それに、なにを間違えたか、神様があいつに魔術の才能を与えちゃってね。
この町で、ヤツにかなう者はいないわ」
ジェーンさんの美しい顔が、悔しさでゆがむ。
「ジェーンさん、ヒューさんは、ジェリコがあんなことしたのに、なんで黙ってたんですか?」
「そうね。
本当は正義感が強いヒューさんが、人一倍我慢してるのよ。
ギルマスとエマねえさんの息子さんは、難しい病気に掛かっててね。
その子はこの町にある大きな治療施設に入ってるんだけど、悪いことにそこを経営してるのがジェリコの父親、つまり町長なのよ」
なぜヒューさんや冒険者たちが、ジェリコからの侮辱を我慢していたか、やっと理解できた。
「ジェーン」
食堂のカウンターから、低くてすごくいい声が聞こえた。
シェフのダンテさんね。
「どうしたの?」
「その嬢ちゃんにこれを」
ジェーンお姉さんがカウンターから運んできたのは、ジュージュー焼けた鉄板に載っているお肉だった。
鉄板は、二枚ある。
「ダンテからプレゼントよ。
こっちは、ピーちゃんにだって」
「うわーっ!」
『いいね!』
それは、アイアンホーンっていう牛のお肉で、今まで食べたお肉の中で一番美味しかった。
ピーちゃんなんか、お替りまでしたんだから。
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