第14話 ドラゴンと少女2

「やかましいぞ、おめえらっ!」


 大きな男の人がギルドの奥から出てくる。


「いってえ、なんの騒ぎだ?!」


 茶色い髪をポニーテールに束ねた大きなおじさんが、部屋を見まわす。


「おう、嬢ちゃん、すまねえな。

 こいつらが騒いで……」


 おじさんの視線が、ピーちゃんに向く。

 彼は、ドスンと床に腰を落とした。

 木の床が揺れる。


「ド、ド、ドラゴン……」


 倒れたおじさんが震え声を出した。


 ◇


 しばらくして、やっと立ちあがったおじさんが、話しかけてくる。

 彼の手には、サウタージさんからの手紙があった。


「するってえと、嬢ちゃんが本当にメグミでいいんだな?」


「はい、私がメグミです」


「で、そっちがドラゴンのピーちゃんだな?」


「はい」


 彼の大きな手が、カウンターに置いてあった布包みを開く。

 中からは、金色に輝くギルド章が出てきた。


「今日から、メグミは金ランク冒険者だ。

 おう、おめえら、いいか。

 このは、金ランクだ。

 それなりの敬意を示せよ!」


「「「はい」」」


 やっと落ちついてきた冒険者たちが、声をそろえた。

 サウタージさんが、私を金ランクにしてくれたらしい。


「しかし、嬢ちゃん、お前その年だから冒険者になったのは、最近だろう?

 どうやって金ランクにまでなったんだ?」


 大きなおじさんが尋ねてくる。


「それより、おじさんはどなたです?」


「おお、こりゃ悪かったな。

 ワシがここスティーロのギルドマスター、ヒューだ」


「初めまして、ヒューさん。

 さっきのお話ですが、おっしゃる通り、私は冒険者になってまだ一か月くらいです」


 この世界の一か月は、三十日ということだから、それで間違っていないと思う。


「一か月!

 で、どうやったら、たった一か月で金ランクになんかなれるってんだ?」


「最初の採集依頼で、金色のキノコを採りました」


「おおっ!

 黄金こがねダケ採ったってのは、お前さんだったのか」


 黄金ダケを採った事は、この街にも伝わっていたようね。


「それで銀ランクになって、その後、ラストークダンジョンをクリヤしたくらいですが……なんで、金ランクになったんでしょう?」


「ラ、ラストーク……」


 ヒューさんは、なぜか黙りこんでしまった。


「おいおい、ラストークってったら、『死のダンジョン』って呼ばれてる、あれか?」

「ああ、第一層すら、まだ誰もクリヤしてねえって話だぜ」

「入るのさえ禁じられてるダンジョンだわね」


 冒険者たちが騒ぎだす。


「で、お前さんは、その第一層をクリヤしたのかい?」


 ヒューさんが、やっと話しだした。


「いえ、私がクリヤしたのは、一番下の第十層です」


「じゅ、十層……」


 ヒューさんが、また黙りこんでしまった。


「げっ!

 あそこ十層もあったのか。

 第一層のマップさえまだ作れてねえはずだが……」 

「おいおい、それって何か月かけたんだよ!」

「第一層だけで何か月もかかるはずだわ」


 冒険者のおじさんやお姉さんが騒いでいる。

 ヒューさんは、また聞いてきた。


「おい、最下層をクリヤしたってこたあ、もしやダンジョンボスも倒したのか?」


「はい、デミリッチを倒しました」


「「「……」」」


 なぜだかみんなが黙りこんでしまった。

 私は受付にいたおばさんに連れられ、ギルドの奥へ案内された。


 ◇


「こんないい部屋を貸してもらっていいんですか?」


 私にあてがわれたのは、ギルドにあるとは思えないほど豪華な部屋だった。


「気にせずお使い。

 金ランクは、ここを使ってもいいことになってるのさ」


 受付のおばさんは、にっこり笑うと部屋から出ていった。

 ふかふかベッドに横になると、疲れていたのか、私はすぐに眠ってしまった。


 ◇


「メグミ、もう起きなさい」


 受付のおばさんの声で目が覚めた。


「良く寝てたね。

 もう、お昼前だよ。 

 よっぽど疲れてたんだね」


 ふかふかのベッドのせいだと思ったけど、それは言わずにおいた。


「お早うございます」


 私は半分身体を起こした。

 ピーちゃんは、いつもの寝息を立てながら、私のお腹にくっついて寝ていた。

 彼を起こさないよう、そっとベッドから降りる。


「おばさん、お名前は?」


「ああ、昨日の騒ぎで自己紹介もまだだったね。

 あたしは、エマってんだ。

 昨日、あんたが会ったギルマスのヒューは、あたいの旦那さ」 

  

「へえ、ギルマスさんの奥様でしたか」


「奥様っていう柄じゃないんだけどね。

 あたいのことは、エマって呼んでおくれ」


「分かりました、エマさん」


「ギルドの食堂は、毎日、夜明け前からやってるよ。

 休養日はやってないから、気をつけな」


 この世界は六日で一週間で、その最初の日が休養日だ。


「ありがとう」


「あとね、ギルドの食堂で食べれば、酒以外は無料だよ。

 まあ、あんたはまだ酒が飲める年じゃなさそうだけど」


「へえ、すごいですね。

 ベラコスじゃ、食堂はお金がかかりましたよ」


「ああ、それは、あんただけだよ。

 金ランクになると、ギルドでの食事が無料になるんだ」


「そうだったんですね」


 私はサウダージさんに心から感謝した。

 すると、身体がぽかぽかしていい気持ちになった。


 ◇


 私が身だしなみを整えているうちに目を覚ましたピーちゃんを連れ、テーブルがある待合室へ出ていく。


「嬢ちゃん、おはよう!」

「おはようさん」

「メグミちゃん、おはよう」


 冒険者のおじさんやお姉さんが、挨拶してくれる。

 

「さあさあ、ここにお座りよ」


 綺麗なお姉さんが席を立ち、私をそこに座らせてくれた。


「ありがとう」


「ここの食事は、なかなかのもんだよ。

 ちょいと高いんだけどね。

 おすすめは、朝告げ鳥の卵料理だよ」


 美人のお姉さんが微笑むと、すごくカワイイ顔になった。

 この人は、きっとモテるに違いない。


「じゃ、それを食べてみます」


 お姉さんは、食堂用のカウンターに顔を突っこむと、中に声を掛けていた。

 彼女は、もう一つのテーブルから椅子を持ってくると、私の隣に座った。


「メグミ、ラスタークでの冒険を聞かせてもらってもいいかい?」


「話せるところだけでもいいですか?」


 デミリッチとの闘いやお宝の事は秘密にするよう、サウダージさんから言われている。


「ああ、ぜひ聞きたいね」


 お姉さんの目がキラキラする。


「いいですよ」


 私がそう言うと、部屋中の冒険者が周りに集まってきた。

『赤い棘』の人たちにダマされ、魔法陣に乗せられたところから話した。


「ひでーっ!」

「死のダンジョンに置きざりなんて、殺人だよな」

「討伐が初めての女の子にそんなことするなんて、マジ許せない!」


 綺麗なお姉さんが、目を吊りあげて怒る。


「良く生きてたね!」


「ピーちゃんと一緒だったから、何とかなりました」


 メッシュの蓋をかぶせているピーちゃん袋を指さす。


「そ、その袋にあのドラゴンが入ってるの?」


 お姉さんが、怯えた顔をする。

 

「入っていますけど、ピーちゃんは大人しい子だから、怖がらなくてもいいですよ」


「そ、そうかい?」


「はい。

 ね、そーだよね」


 袋に話しかける。


『理由もなく襲ったりはしないよ』


「ピーちゃんも、そう言ってます」


「ド、ドラゴンと話ができるのかい?

 私には、唸り声しか聞こえなかったけど」


 えっ!?

 そうだったんだ。

 ピーちゃんの声って、私にしか聞こえてないんだね。


『そうだよ』 


 ふーん、ピーちゃん、それで寂しくない?


『ボクは、この方が楽なんだ。

 だから気にしないで』 

 

 分かったわ。


 そこで私の卵料理ができたから、それを取りにいく。

 食堂用のカウンターから、野性的な顔つきのお兄さんが顔を出した。


「君がメグミちゃんか。

 金ランクの冒険者に料理が出せるなんて光栄だよ。

 この街にいる間は、なるべくここで食べてくれると嬉しいな」


 お兄さんは、とてもいい声をしていた。


「はい、ありがとう」


 卵料理は、ものすごく美味しかった。卵がちょうどいい半熟になっていて、それと干し肉を焼いたのが絡むと、卵の甘みとお肉の塩味が溶けあい、舌の上に味の花が咲くようだった。


「これ、すっごく美味しいですね!」


 私がそう言うと、なぜか綺麗なお姉さんが赤くなった。


「でしょ、私もこの料理が大好きなの」


 お姉さんは、カウンターの方をチラリと見た。


 綺麗なお姉さんは、自分の名前がジェーンで、シェフの名前がダンテだと教えてくれた。


 ◇


 冒険者たちが討伐や採集で部屋からいなくなると、ピーちゃんと散歩に出かけた。

 スティーロの街は、最初思っていたよりずっと大きく、活気があった。

 石畳に人々が生活する音が響いて、あこがれていたヨーロッパに来たような気分になっていた。

 屋台で串肉を買うと、それをピーちゃんと分けあって食べた。町の人がピーちゃんに驚くといけないから、人気ひとけのない場所でだけど。


 下着や石ケンを買ってから、ギルドへ戻る。

 着替えてからテーブルがある部屋まで出ていくと、顔を赤くした冒険者たちがいた。


「おい、腰抜け。

 誰かこのジェリコ様の相手をする者はいないのか?」


 テーブルの上に、ブロンドの髪を肩まで伸ばしたキザな若者が立っていた。

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