第13話 ドラゴンと少女1

 肩から下げた革袋に、小さなドラゴン、ピーちゃんを入れ、草原の中を通る一本道を歩く。

 革袋は、ダークウルフの革でサウダージさんが作ってくれたものだ。

 ギルドを出発する時、みんなが笑顔で、でも涙を流しながら見送ってくれた。

 

『メグミ、本当に、ボクのためにギルドを離れてよかったの?』


 ピーちゃんが念話で話しかけてくる。


「うん、気にしないで。

 いつでも帰ってきていいよ、ってみんなが言ってくれてたし」


『父さんが住んでるレッドマウンテンまでは、強い魔獣も出るし、大変な旅になると思うよ』  

 

「気にしなくていいよ。

 それに、魔獣が出ても、ピーちゃんがやっつけてくれるんでしょ?」


『それは、そうだけど……』

 

「なら、この話は、もうお終い。

 それより、ピーちゃんが今までどうやって育ってきたか教えてくれる?」


『何で、そんなことを知りたいの?』


「だって、私たち友達でしょ。

 友達の事を知りたくなるのは、当たり前じゃない」


『そうなのかな。

 でも、あまり話すことはないよ。

 ボクたち竜は、子供の間、里から外に出ないから』


「里?」


「竜が棲む里があるんだよ。

 竜のみんなは、『ドラゴニア』って呼んでる。

 竜は、大昔に他の世界からここへ来たんだって。

 その世界にあった竜の故郷ふるさとが、そういう名前だそうだよ」


「へえ、『ドラゴニア』かあ、いつか行ってみたいわね」


「メグミは、変わってるね。

 普通の人間は、ドラゴンって聞いただけですごく怖がるのに」


「だって、ピーちゃんがドラゴンだからね」


「な、なんか、ボクが大したことないみたいに言われてる気がする」


「き、気のせいよ。

 それより、レッドマウンテンまでは、まだ遠いの?」


「うん、まだかなりあるよ。

 だから、この前、ダンジョンから町まで帰ったときのように、ボクが飛んでメグミを運べば早いのに」


「あれは、もう絶対にいや!」


「どうして空を飛ぶのが怖いのかな。

 すっごく気持ちいいのに」


「人それぞれなのよ」


「まあ、歩くのはメグミだから、このままでもボクは構わないけど……」


 こうして、私とピーちゃんは、青空の下をどんどん歩いていった。


 ◇


「おじさん、ありがとう」


 ここまで乗せてくれた、荷馬車のおじさんにお礼を言う。


「この街は荒っぽいヤツも多いから、嬢ちゃん、気をつけてな」


「ありがとう」


 目の前には、山の斜面に広がる街があった。

 あちらこちらから、白い煙が昇っている。

 活気がある町のようだ。


「さて、どうしよう。

 サウタージさんは、この町に着いたら、まずギルドへ行くようにって言ってたけど」


『ギルドの場所を、人に聞けばいいんじゃない?』


「そうね、そうしてみる」


 ピーちゃんのカバンには、粗い網目のフタが付いていて、今はそれを閉じている。

 ドラゴンを見たら驚く人もいるだろうからね。

 ギルドの場所を知らないから、前から歩いてくる桶を抱えた女の人に、道を尋ねることにした。


「あのー、すみません」


「あら、カワイイお嬢ちゃん、なんだね?」


「この町のギルドって、どこにありますか?」


「ああ、お父ちゃんが、そこにいるんだね。

 この道をそのまま歩いてくと、左側に大きな二階建てがあるから、すぐに分かるよ。

 屋根にドラゴンの風見鶏があるから、間違えようがないよ」


「そうですか、ありがとう」


 ◇


 ギルドは、ベラコスのものより、かなり小さかった。

 両開きの扉を押し、ギルドの中へ入る。


 二つあるテーブルのところにいた男の人や女の人が、ジロリとこちらを見る。

 ベラコスのギルドに比べると、みんなの表情が暗い気がした。


「おい、嬢ちゃん。

 来る場所を間違えたんじゃねえのか?」


 革のチョッキを着た、痩せたおじさんが声を掛けてくる。

 チョッキの前が開いてるから、肋骨が浮かんだ胸が見えていて、なんだかカッコ悪い。


「ここは、ギルドですよね?」


「そうだぜ」


「じゃあ、間違えじゃありません」


 私はそう言うと、誰も並んでいない受付の前に立った。


「おや、お父さんかお母さんに、会いに来たのかい?」


 受付にいた、ふくよかなおばさんがそう言った。


「私、メグミと言います。

 これをお願いします」


「これは?」


「ベラコスギルドのサウダージさんから、預かってきました」


 手紙と布に包まれた品物を、分厚い木のカウンターに置く。


「じゃあ、見せてもらうよ」


 おばさんは手紙を開くと、それを読んだ。


「なんだって!

 金ランクの冒険者が来るのかい。

 嬢ちゃん、お父さんはどこだい?」


「私一人です」


「そんなはずは、ないだろう。

 メグミって、金ランクの冒険者がいるはずだよ。

 嬢ちゃんのお父さんじゃないのかい?」


「だから、メグミは私です。

 でも、私は銀ランクですよ」


 私の後ろで、ガタガタっと音がする。

 振りかえると、二つのテーブルに座っていた何人かが、立ちあがっていた。


「おい、おめえみてえな小娘が、銀ランクのはずねえだろう!」


 さっき話しかけてきた痩せたおじさんが、床にぺってツバを吐いた。

 汚いなあ、もう。


「でも、本当だもん」


「そんなはずは……ねえさん、どうした?」


 おじさんが驚いている。彼の視線は、私を通りこし、受付を見ていた。

 振りむくと、おばさんが、まっ青な顔をしている。手に持った手紙がプルプル震えている。


「ド、ドラゴン……」


「ねえさん、ドラゴンがどうした?」


 痩せたおじさんが、もう一度尋ねた。


「そ、その……ドラゴン」


「この小娘が、なんだって?」


「ド、ドラゴンを連れてるって」


 部屋の音が消えた。

 次の瞬間、みんなが爆笑した。


「ははは、エマねえさんは冗談が上手いって前から思ってたが、こいつぁ傑作だな!」

「だいたい、ドラゴンって、連れて歩くにゃでっかすぎるだろう、ガハハハ!」

「エマさん、最高!

 あははははっ!」


 みんな、おばさんと私の方を指さし、すごく笑っている。

 お腹を抱え、床に膝をついてる人がいるくらいだ。 

 しょうがないから、カバンの蓋をぱらりと開けた。

 こちらを見ていたみんなの目と、ピーちゃんの目が合う。


「「「……」」」


 みんなが、笑った顔のまま動きを停めた。

 そのまま、五分くらい時間がたった。


 水が落ちるような音がしたのでそちらを見ると、笑った顔のまま停まっているお姉さんの足元に、水たまりができている。

 おしっこ漏らしちゃったのね。

 失礼だなー。


 もう一度、私が受付のおばさんの方を向くと、後ろでもの凄い騒ぎが起きた。

 それはもう気にせず、おばさんに話しかける。


「私、さっき言ったように、銀ランクです」


 ところがピーちゃんの方を見たおばさんも、動かなくなってしまった。

 困っていると、大きな声がした。


「やかましいぞ、おめえらっ!」


 奥の部屋から出てきたのは、見あげるほど大きなおじさんだった。

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