第12話 ダンジョンと少女7

 縛りあげられた『赤い棘』の四人がどこかへ連れていかれると、冒険者のおじさん、お姉さんたちは、キラキラする目で私を見てきた。

 どうやら、みんな、ダンジョンで何があったか知りたいらしい。

 ピーピーと寝息を立てはじめたピーちゃんを抱いたまま、私はダンジョンで起きたことを話した。


 冒険者のおじさんたち、若者、女の人たちは、お酒も飲んでいないのに顔をまっ赤にして私の話を聞いていた。

 ボス部屋でデミリッチが出た場面になると、みんながまっ青になる。


「デ、デミリッチ……」


 サウタージさんが絶句する。

 私がデミリッチに捕らえられた話をすると、みんなから悲鳴が上がった。

 デミリッチの最期については、みんなも首を傾げていた。


「じょ、嬢ちゃん、お宝は?

 お宝はなかったか?」


 一人の冒険者がそう言ったが、サウタージさんは、ぴしゃりとそれをさえぎった。


「スキルとお宝の話は、ご法度はっとだよ」


「そ、そうでした。

 嬢ちゃん、すまねえ」


 冒険者のおじさんは、心から私に謝っている。


「怖い思いをしたねえ。

 身体が固くなってるだろう。

 ほぐしてやるから、私の部屋に来な」


「ピーちゃんも一緒に行っていいですか?」


「……しょうがないねえ。

 それだけ懐いてるんじゃ、ひき離すわけにもいかないよ。

 連れてきてもいいけど、大人しくさせとくんだよ」


「はいっ!」


 ◇


 広いギルマスの部屋で、サウタージさんと二人きりになった。二人きりと言っても、私の膝にはピーちゃんがいるんだけどね。

 サウダージさんは、いつになく真剣な表情で、次のように切りだした。


「すまないが、こっからはギルマスとしての仕事をさせてもらうよ」


 身体をほぐしてくれるというのは、口実だったらしい。


「はい」


「ドラゴンと心の中で話したことと、デミリッチとの戦闘場面を、もう一度教えてくれるかい?」


 私がそれを話すと、サウタージさんは、ものすごく細かいことまで尋ね、それを分厚いノートに書きこんでいた。

 デミリッチが突然死んだことについて話すと、何か変わったことはなかったか尋ねられた。

 

「そういえば、デミリッチにつかまれた時、まちがって自分をナイフで刺したんですが、なぜか後で治っていました」


「刺したのはどこだい?」


「ええと、この辺りです」


 自分の右胸にある、服の裂け目を指さした。


「服の中に、何か入れてなかったかい?」


「あっ、そうだ!」


 胸ポケットにいれておいた、エリクサーの筒を取りだしてみる。

 それは、まん中あたりが大きく裂け、中身が空になっていた。


「なるほど、やっと分かったよ。

 デミリッチは、アンデッドだ。

 アンデッドの弱点に、治癒魔術がある。

 恐らく死んだ前の状態に近づく事が、ヤツらを消しさるのではないかと言われている」


 サウタージさんは、そこで私が手にしたエリクサーの容れものを指さした。


「お前が自分をナイフで傷つけたとき、それからこぼれ出たエリクサーは、二つの役割を果たしたのさ。

 一つは、お前の傷を治したこと。

 もう一つは、デミリッチを『蘇生』させたことだ」


 ようやく彼女が言っていることが分かってきた。


「死者にとって、蘇生薬は、まさに猛毒のように効いただろうよ」


 デミリッチが消えた理由が分かり、私は気持ちがすっきりした。


「サウタージさん、デミリッチの部屋にあった宝物はこれです」


 横に置いた赤いハンドバッグを彼女に見せようと前へ出す。

 しかし、彼女は、両手を振ってこう言った。


「いいかい、いい女ほど謎が多いもんだ。

 そのバッグの事は、誰にも言うんじゃないよ」


「……分かりました」


「あと、ピーちゃんがここに泊まれるのは、今日だけだよ。

 怖がるヤツもいるだろうし、その子を狙うヤツがいるかもしれない。

 なにせ、ドラゴンの素材は、あり得ないほど価値があるからね」


「分かりました。

 私、明日になったら、ピーちゃんのお父さんがいる所へ向かいます」


「……こっちにおいで」


 ベッドに座っていたサウダージさんが、私を手招きする。

 ピーちゃんを椅子のクッションにそっと降ろし、サウダージさんの横に座わる。

 彼女が、豊かな胸に私を抱きしめる。


「あたしゃね、昔、旦那と娘がいたのさ」


 サウダージさんは、とても穏やかな声で、自分の過去を話してくれた。


「森を通っているとき、馬車が二匹のダークウルフに襲われてね。

 旦那も娘も、やつらに食われちまった。

 たまたま馬車の下敷きになってた、あたいだけが助かったのさ」


 右目の眼帯に触れた彼女は、そこで話を止めると私の頭を撫でてくれた。


「あの子が生きていたらね、あんたくらいの年なのさ。

 あんたの顔を見たときゃ、驚いたよ。

 娘が生きてたら、そうなるだろうって顔だったからね。

 しかも、その子が二匹のダークウルフの死体を持ってきたって知ったときには、運命のようなものを感じたよ。

 魔獣にゃ恐ろしく寿命が長いのがいるから、あの二匹こそが昔あたいらを襲ったヤツかもしれないね」


 私の頬が濡れているのは、サウタージさんが涙を流しているからだろう。


「だけど、あんたがいなくなると寂しいねえ……」


 私の頬は、いつの間にか自分の涙でも濡れていた。 


「お母さん……」


 母親の愛情を受けたことがない私から、いつの間にかその言葉がこぼれたのは、もしかすると、サウタージさんの愛する娘さんが、この世に気持ちを残していたからかもしれない。

 いつの間にか、お日様の匂いがする温かい腕の中で私は眠っていた。

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