第11話 ダンジョンと少女6

 ダンジョンから外に出ると、いつの間にか朝になっていた。

 薄暗い場所に慣れた目には、朝日が眩しい。

 丸一日、ダンジョンにもぐっていたことになる。


「さあ、問題は、ここからどうするかね」


『ふわ~、それは、ここから町までどう帰るかってこと?』


 胸に抱いている小さな竜、ピーちゃんが、あくび混じりに言った。


「そう、それが問題なの」


『そんなことなら簡単だよ』 


「えっ?

 どうするの?」


『こうすればいいんだよ』  


 ピーちゃんは抱えていた腕の中から空に飛びたつと、私の後ろに回りこんだ。

 いきなり、背中がぐいっと引っぱられる。


「きゃっ!」


 冒険者用の丈夫なベルトをピーちゃんにつかまれ、私は宙に浮いていた。


『じゃ、道案内は頼むよー』


 ピーちゃんは、そう言うと高度を上げた。


 ◇


 ギルマスのサウタージは、心配で胃が痛くなっていた。

 メグミが姿を消してから、もう丸三日たつ。

 彼女の部屋に置かれた荷物がそのままになっているから、突発的な何かが起きたとしか考えられなかった。

 せめて、もう少し早くこの街まで戻っていたら。

 結婚式後のパーティに自分を強引に連れていった叔父のことを、彼女はうらめしく思いはじめていた。


 とにかく、じっとしていても始まらない。

 もう一度、冒険者たちに確認しておこう。

 ギルマス用の部屋を出ると、サウダージは冒険者たちが集まる待合室にやってきた。


「おい、お前は昨日ギルドにいなかったな。

 メグミがいなくなったんだが、何か知らないか?」


 ベテランの冒険者に尋ねてみる。


「ああ、嬢ちゃんなら、ダンジョンにでも行ったんじゃねえかな?」


「おいっ!

 ど、どうしてそう思う?」


「ダンジョンに行くならどんなものが必要か、聞かれたから教えたんだけど」


「それは、いつだ?!」


「三、四日前だよ」


 ちょうど、自分が結婚式でここを離れていた時だ。


「くそう!

 誰か何か気づいたことはないのかい?」


 サウダージが声を張りあげる。

 冒険者たちは、暗い顔で首を左右に振るだけだ。


 珍しくこの時間にテーブルを囲んでいる『赤い棘』のメンバーにも尋ねてみる。


「お前たち、メグミを見なかったか?」


「さあ、知りません」

「「「右に同じー」」」


 メグミが心配で気が気でないサウタージは、普段ならおかしいと思っただろう、女たちのニヤニヤ笑いに気づけなかった。

 サウタージが捜索隊の結成を呼びかけようとした、その時だった。

 ギルドの外が騒がしくなる。

 もしやと思った彼女は、すぐ待合室から外へ飛びだした。


 道行く人々が空を指さし、何か叫んでいる。

 サウダージがそちらを見上げると、鳥のような何かが飛んでいる。

 それがぐんぐん近づいてくると、身体をくの字に折った少女が、その下にぶらさがっているのが分かった。


「な、何だっ!?」


 鳥のような何かは、ギルドのすぐ前に着地した。


「もう、ピーちゃんったら!

 私、高いところ苦手なんだからあっ!」


 泣き声まじりの声がする。

 それは、彼女が心配していた少女のものだった。


「メ、メグミっ、無事だったかっ!」


「あ、ギルマス、ただいまー」


 のんびりしたメグミの声と安心で、サウタージは腰が抜けそうになった。

 しかし、実際に腰が抜けた人もいたようで、ちょうどギルドの前を通りかかった人の多くは、地面に座りこんでブルブル震えていた。


「あんたら、どうし……」


 どうしたんだ、と尋ねようとしたギルマスの口が、開いたまま凍りつく。

 彼女は、目にしたものを信じることができなかった。


 ド、ドラゴン!


「もう、あんなこと次やったら、承知しないからねっ!」


 メグミが叫ぶと、小さなドラゴンがしゅんとうなだれている。

 どういうことだ?


 少女は丸くなったドラゴンを腕に抱きあげると、サウタージに近づいてきた。

 ドラゴンを目と鼻の先で見たギルマスは、ぺたりと尻もちをついた。本当に腰が抜けてしまったのだ。


「ギルマス、どうしたの?」


 メグミが、心配そうにサウタージへかがみこむ。

 彼女が抱いたドラゴンの顔が、サウダージの顔すれすれまで近づく。


 パタリ。


 ギルマスが白目をむいて倒れてしまったので、メグミはドラゴンを抱えたまま、ギルドの中に駆けこんだ。


「だ、誰か!

 サウタージさんが倒れちゃった!」


 ドラゴンを目にした冒険者たちで、ギルドの中は天地がひっくりかえるほどの騒ぎとなった。

  

 ◇


 冒険者たちに囲まれ、私はギルマスのサウタージさんからお説教されていた。


「いい?

 ドラゴンは、そんなに気安く扱っていい存在じゃないのっ!

 だいたい、なんですか『ピーちゃん』って、ドラゴンをそんな名前で呼ぶなんて!」


「ギ、ギルマス、話が逸れています」


 受付のお姉さんに指摘されたサウタージさんが、少しだけ冷静になる。


「で、あたいとした約束は、どうしたんだい?

 依頼を受けるなら、銀ランクが三人以上いるパーティと行くこと。

 出かける前に、あたいに知らせること。

 この二つだったね」


 サウタージさんは、彼女の手を私の顔ぎりぎりに突きだすと、指を二本折った。


「は、はい、出かけるのを知らせなかったのは、ごめんなさい。

 でも、銀ランクが三人以上いるパーティとダンジョンに行きました」


「どのパーティだい?」


「『赤いとげ』です」


 冒険者たちが、一斉に部屋の隅を見た。

 そこには、さきほどドラゴンを目にして腰が抜け、身動きが取れない四人の女性がいた。

 サウタージさんがゆっくり立ちあがると、お尻を床につけている『赤い棘』四人に近づいていく。

 まるで虎が獲物へ近よるみたいだね。


「あんたら、メグミの事は知らないって言ったよな」


 ギルマスの静かな言葉に、『赤い棘』の四人が、ブルブル震えている。

 

「銅ランクのあんたらが、この子をどこのダンジョンへ連れてった?」


 えっ!? あの人たち、銀ランクじゃなかったの?


「ラ、ラ、ラストークでしゅ」


 リーダーのグロスさんは、ギルマスの前で、舌を噛むほど怯えている。

 グロスさんの言葉を聞いた冒険者たちが騒ぎだす。


「ラストークだって!?」

「おいおい、ランクさえ付けられねえ『死のダンジョン』だぜ。

 いくらなんでも、そりゃねえだろ!」

「嬢ちゃんを殺す気だったな!」

「ええ、間違いないわね」


 サウタージさんが、私の方を向いた。


「メグミ、こいつらに何された?」


「あのう……そのグロスさんに、武器と防具を取りあげられ、最下層に行く魔法陣に乗せられました」


「「「なんだって!!」」」


 冒険者たちは、驚きと恐怖の表情で顔が青くなり、次にそれがまっ赤になった。

 みんな、凄く怒っているみたい。


「なんてヤツらだ!

 殺人そのものだぜ!」

「嬢ちゃん、よく死ななかったな!」

「ラストークの魔法陣を踏んで帰ってきた者は、今まで一人もいないのよ!」


 サウタージさんが、静かな声でこう言った。


「お前たちをどうするかは、そこのドラゴンに決めてもらおう。

 メグミ、ピーちゃんを連れてきな」


「はい」


 私に抱えられたピーちゃんが、十センチくらいの距離で、『赤い棘』四人の目を覗きこむ。

 彼女たちは、全員が白目を剥いて気絶した。下が濡れているのは、四人がお漏らししちゃったからだろう。

 サウタージさんが何も言わないのに、おじさんたちが彼女たちを縛りあげてしまった。

  

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る