第7話 ダンジョンと少女2 

 ダンジョンに行くことをギルマスのサウタージさんに話せないまま、グロスさんと約束した日が来た。

 サウタージさんは、親戚の結婚式があるとかで、ギルドを留守にしていたのだ。


 夜が明ける頃、肌寒さに腕をなでながら西門まで行くと、四人の若い女性が待っていた。


「新米のくせに遅いよ!」

「一体、何してたんだい?」

「おおかた、朝まで男といちゃついてたんじゃないか?」


 幼い頃に受けたいじめの記憶がよみがえり、身体がすくんでしまった。


「あんたたち、おやめ!」


 私をダンジョンに誘ったグロスさんが、彼女の仲間を止めてくれた。


「メグミ、よく来たわね。

 今日、ここに来るってこと、誰かに話したかい?」


「いえ、ギルマスが留守にしていたので話せませんでした」


「そうかい、そうかい」 


 そう言うと、グロスさんは、なぜかニヤリと笑った。


「さあ、それじゃ、行くよ」


「あの、どんなダンジョンに行くんですか?」


「ああ、鉄ランクのダンジョンさ」


 冒険者のランクと同じように、ダンジョンのランクも、鉄、銅、銀、金と上がっていく。

 自分のランクより一つ上のダンジョンまでしか選べない決まりがあった。

 鉄ランクのダンジョンなら難易度も一番下だし、銀ランクの人たちが四人いれば何とかなるだろう。


「分かりました」


 用意されていた馬車は森を抜け、二時間ほどで目的地である山岳地帯に着いた。

 馬車を停めたところから三十分ほど山道を歩いた先には、山肌に人の背丈ほどの穴が口を開いていた。

 入り口横の大きな灰色の岩には、赤い塗料で大きくバツ印が付けてあった。


「さあ、入るよ」


 私は『赤い棘』の四人に囲まれ、ダンジョンの中に入っていった。

 パーティの一人が手にしたカゴからは、ツンとした匂いの煙が立ちのぼっている。魔獣除けの煙だそうだ。 

 私たちは、洞窟を奥へ奥へと入って行った。

 

 ダンジョンの中は温かく、壁がうっすらと光っているので灯りは必要なかった。

 私たちは、やがて広い空間にでた。

 入ってきたもののほかに、数か所に穴がある。


 リーダーのグロスさんは、迷いなくその一つに向かった。


「一旦、ここで休むよ」


 グロスさんが選んだ穴は、奥に続いていない小部屋だった。

 まだそんなに歩いていないけど、もう休むのかしら。


「あんた、ちゃんと武器を持ってきてるかい?」


 グロスさんが、私に尋ねる。


「はい、これです」


 腰につけた小さな盾と剣を彼女に見せた。


「ほう、金持ちだけあって、なかなかのモノを持ってるね」


 二つとも、おじさんたちから勧められて買ったものだ。


「さて、そろそろ出発するかな」


 グロスさんが、私の剣と盾を手にしたまま立ちあがる。

 私も立ちあがったけれど、自分の革カバンがないことに気づいた。

 部屋を見まわすと、なぜか奥の方にカバンが置いてある。


「ほれ、早く取ってきな。

 これは私が持っててやるよ」


 グロスさんは、私の剣と盾を持ちあげてみせた。


「ありがとう」


 みんなを待たせてもいけないから、急いでカバンに駆けよった。

 カバンまであと一歩というところで、突然足元が光りだす。

 そこには、ダレーヤさんの小屋で見たことがある、魔法陣が輝いていた。


「ははははは、永遠にさようならだ、メグミ!

 私らを差しおいて銀ランクだって?

 男にチヤホヤされやがって!

 死のダンジョンで、モンスターのエサになりなっ!」


 振りむくと、『赤い棘』の四人が、お腹を抱えて笑っている。

 私は手を伸ばし、自分のカバンをつかんだ。

 だって、それにはお弁当とお茶が入ってるんだもん。

 カバンを手にすると同時に、魔法陣の光が強くなり、何も見えなくなった。 

 

 ◇


 周囲が再び見えるようになると、自分がさっきまでと違う部屋にいることに気づいた。

 壁が白っぽく滑らかで、さっきの部屋より明るい。  


 途方に暮れた私は、足元の魔法陣から出ると、とりあえずお弁当を食べることにした。

 昨日夜、キッチン担当のおじさんが作ってくれたそれは、すごく美味しかった。

 私が好きな卵料理や干し肉を焼いたものが、薄く焼いたクレープのような生地に包まれていて、それに香ばしいソースが掛かっている。


 二つあるランチの片方を食べおえたとき、部屋の隅で何かが動いているのに気づいた。

 コウモリ? カラス?

 翼があるその生き物は、ピクピク身体を震わせていた。


 近よってよく見ると、それは映画で見たドラゴンの形をしていた。

 でも、その大きさは、私が抱えられるくらいしかない。

 片方の翼に大きな傷があり、血がじくじくと湧きだしていた。


 私は懐から筒を取りだした。これは、お母さんが治ったお礼にと、ルエラン君からもらったエリクサーだ。彼が、昨日ギルドまで届けてくれた。

 薬をこぼさないよう慎重に筒の蓋を開けると、ほんのわずかをドラゴンの傷に垂らした。

 傷から白い煙があがる。煙が消えた時、傷は薄いピンク色の皮膚を残し消えていた。

 だけど、ちっちゃなドラゴンは、一向に元気が戻ったように見えなかった。


 そのごつごつした体を両手で持ち、そっと裏がえしてみた。

 お腹にも何かが突きささったような痕があった。三つあるお腹の傷にもエリクサーを少しずつ垂らした。


 傷が全部治ったドラゴンは、寝息を立てて丸まった。

 それが余りにも気持ちよさそうだったから、その姿勢をまねてみる。いつのまにか私も眠りに落ちていた。


 顔を何かにくすぐられ目が覚める。

 それは、あの小さなドラゴンだった。


『やっと起きたね』


 えっ!?

 何か聞こえたようだけど、気のせいかしら。


『気のせいじゃないよ、ボクだよ』


 小さなドラゴンがくるりと身体をひるがえす。


「あなたなの?」


『言葉に出ださなくても伝わるよ』


『あなたは誰?』


『ボクはドラゴン』


『それは、分かってる。

 どうして、そんなに小さいの?』


『自分に魔法を掛けたんだ』


『どうして?』


『父さんが若いころ挑戦したダンジョンに、ボクも来てみたかったの』


『君のお父さんは、きっと大きくなってから、挑戦したんでしょうね』


『ど、どうして分かるの?』


『だって、あなたさっきまで傷だらけで、死にそうだったじゃない』


『……そ、それは言わないで!』


 小さなドラゴンが、翼で自分の顔を隠している。

 すごくカワイイ。


『そうだわ。

 元の大きさに戻れるように、もう一度魔法を掛けるといいんじゃない?』


『それが、ダメなんだ。

 一度かかるとしばらく解けない魔法なの』


『バカねえ』


『ふ、ふんっ!』


『ところで、あなた何という名前?

 私はメグミ』


『メグミ、ボクの命を助けてくれてありがとう。

 ボクの名前は、$%&'#』


『それじゃ、私には発音できないわね。

 そうねえ、あなたはピーちゃん』


『ど、どうして、そんな名前になっちゃうの?』


『あなた、さっき寝てたでしょ。

 そのとき、ピー、ピーって寝息たててたの』


『そ、そんなあ!

 なんか、もっとカッコいい名前ないの?

 ボク、ドラゴンだよ』


『もう決まった名前だから諦めなさい』


『えー、そんなー』


 小さなドラゴンは泣きそうな声で訴えている。


『ピーピーうるさいから、やっぱりピーちゃんね』


『くうっ。

 命の恩人じゃなかったら、食べちゃうのに』


『なんですって!

 ピーちゃん、ピーちゃん、ピーーちゃん!』


『ご、ごめんなさい、もう言いません!』


 こうして、私はドラゴンのピーちゃんと友達になった。

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