第4話 キノコと少女 


 ギルドに入ってすぐのところは広間になっていて、丸テーブルが四つ置かれていた。

 サウダージさんは、私をそのうちの一つに着かせると、大きな扉から奥へ入っていった。

 他の人たちも姿が見えないから、全員そこから奥へ入ったのだろう。


 ダレーヤおばあさんからもらった木靴で板張りの床をこつこつ鳴らしながら待っていると、やがて、奥の扉からぞろぞろおじさんたちが出てきた。

 最後に出てきたヤポークさんが、満面の笑みを浮かべている。

 なんでだろう?


 彼は私の隣に座ると、テーブルの上にガチャリと何かを置いた。

 それは金貨のようだった。

 ヤポークさんは、それを二つに分けると、一つの山を私の方へ押しだした。

 金貨は十枚ほどあった。


「これは、嬢ちゃんのだ」


「え、でも、私、何もしてませんよ」


「あはは、そりゃ、俺っちも同じだ。

 遠慮なく受けとるでやんすよ」


「そ、そうですか。

 ありがとう」


「俺っちは家に帰んなきゃならねえから、ここでお別れでやんす。

 メグミ嬢ちゃん、元気でな!」


 彼はそれだけ言うと、さっと上着を羽織り、ギルドからとびだしていった。

 知る人もいない場所に一人放りだされ、私は途方に暮れていた。


「黒髪のあんた、メグミだったな。

 ベラコスのギルドへようこそ。  

 ヤポークから頼まれてるから、後の事は心配しなくていいよ」


 黒い眼帯をしたサウダージさんが、隣に座った。

 肩を並べると、彼女は思ったより小柄だった。


「私、これからどうすればいいでしょう?」


「都へ行きたいんだろ。

 あたいに任せな。

 駅馬車が出るのは二十日後だから、それまではここにいるといいさ」


 サウダージさんは、私を安心させるように頷いた。


「ここ?」


「ああ、ギルドにはこういう時のために、宿泊施設があるんだ。

 簡単だが入浴もできるよ。

 あとで職員にも紹介するからね」


「あ、ありがとうございます」


「それから、それは仕舞っときな。

 金貨を見せびらかすなんて、盗んでくれって言ってるようなもんだからね」


「はい、ありがとう」


「あんた、荷物は?」


 ダレーヤおばあさんから渡された、草で編まれた手提げ袋をテーブルの上に置く。

 サウダージさんは、それをごそごそ探り、小さな革袋を取りだした。

 

「さすが、『森の魔女ダレーヤ』だね。

 抜かりがない」

 

 彼女は、革の小袋を私の手に載せた。

 中には、一枚の金貨と数種類の硬貨が入っていた。


「その金貨一枚で、高級な宿に三十日は泊まれる。

 ダークウルフの金が入らなくても、困らないようにしてくれてたんだな」


 心の中で、ダレーヤおばあさんに手を合わせた。

 こんな気持ちになったのは、地球での人生を含め初めてだ。

 感謝の気持が私の体を温かく包んでいた。


 ◇


 ギルドでの毎日は、とても楽しいものだった。

 怖そうに見えたおじさんたちも、打ちとけてみると、すごく優しかった。

 今まで人から優しくされることのなかった私は、よく嬉し涙を流し、それをおじさんたちにからかわれた。


 とりわけ、ギルドマスターのサウダージさんは、身の回りのことから仕事のことまで、なにくれとなく面倒を見てくれた。

 仕事というのは、ギルドのお手伝いだ。

 掃除や洗濯、料理まで、することは山ほどあった。

 何かをしても不幸が訪れないのが、こんなに楽しいことだとは思わなかった。


 私はいつも笑顔になっていた。

 そして、そんな私を見て笑顔になる人がいると気づいた。

 地球にいたとき、鏡の中にいる私は、いつも暗い顔で、笑っていたことなど一度もなかった。もしかすると、そういったことが、余計に不幸を招きよせていたのかもしれない。


 ギルドに来て十日ほどたった頃、サウダージさんから、ギルドに登録しないかと誘われた。

 身元が確かでなくても、登録には支障がないとのことだった。

 私はその話に飛びついた。これで、やっとこの世界での身分ができることになる。


 ◇


 今日は、私が『冒険者』になった記念に、キノコ採集に来ている。ギルドに登録することで『冒険者』という身分が手に入るんだそうだ。


 採集依頼は、『ニガタケ』というキノコを集めるものだった。

 場所は、ギルドがあるベラコスの町から歩いてすぐの森だ。

 人の手が入っているのか、小径が巡らされた森は歩きやすかった。

 

「ニガタケ採りは、久しぶりだねえ。

 二十年ぶりくらいじゃないかな」


 サウダージさんが、わざわざ案内してくれている。

 他に荷物持ちの少年が一人いた。


「ルエラン、あんた、そりゃまた毒キノコだよ」


 ルエラン君は、ニガタケ採りが苦手なようだ。


「それにくらべ、メグミは凄いねえ。

 一本もハズレがないよ」


「そ、そうですか?」


 私はキノコの種類も分からないから、歩く先々で目についたキノコを採っているのだが、それが全てニガタケだったみたいだ。

 けれど、その私の前にもやっと見慣れないキノコが姿を現した。

 マツタケに似た大きなキノコで、傘が淡く金色に光っている。

 初めて他のキノコを見つけたから、ニガタケではないけれど、サウダージさんの所へ持っていった。


 そのキノコを一目見たサウタージさんの目が大きく開く。


「こ、黄金こがねタケ……」


 しばらく、それを眺めていたサウタージさんは、ニガタケ採集を中断すると、私とルエラン君を連れギルドに戻った。


 ◇


 ギルドに着いた私たちは、テーブルがある部屋の大きな扉を開け、その奥へ入った。

 少し廊下を歩くと、がらんとした倉庫のような場所に出た。

 そこに来たのが初めてだったので、辺りをきょろきょろ見まわした。ルエラン君も同じようなことをしているから、彼もここが初めてなのかもしれない。


「おやっさん、鑑定頼む」


「おお、ギルマス、お帰り」


 倉庫の奥から、背が低いけれど、すごくがっちりしたおじさんが出てきた。片足が悪いようで少しびっこをひいている。


「鑑定ったって、今日は嬢ちゃん連れてニガタケ採りに行ったんだろう?」


「ああ、だが、その嬢ちゃんが、こんなもん採っちまってな」


 サウタージさんは、丁寧に包んである布を開き、金色のキノコを取りだした。  


「お、おいっ!

 まさか、黄金タケかっ!    

 おいおい、本当かよ」


 おじさんは奥へひっこむと、分厚い本とワンドを持って戻ってきた。


「万物の元素よ、我が求めに従い、ここにその名を示さん」


 おじさんのワンドが振られると、キノコの少し上に丸い魔法陣が現れた。

 彼は分厚い本を覗きこみ、魔法陣に現れた文字と比べているようだ。


「ま、まちげえねえ……黄金タケだ」


 サウタージさんが、私をぐっと抱きしめる。


「嬢ちゃん、よくやったよ」


「黄金タケってすごいんですか?」


「ああ、見つかっても、何十年に一度さ。

 山奥や森の奥にしか生えないと言われてる。

 よくあんな町の近くに生えてたもんだ」


「そうですか」


「もっと喜んでいいんだよ。

 こいつぁね、一つで金貨千枚の価値があるんだ」


「ええっ!」


 私は思わず叫んでしまった。ギルドで冒険者から教わった物価で、金貨一枚が地球の百万円くらいだと予想していたからだ。

 百万円×千だと……十億円にもなる。


「サウタージさん、これは三等分しましょう」


「えっ!

 だけど、金貨千枚だよ」


「そんなにあっても、私には使いきれません。

 三人で採集に行ったのだから、三等分してください」


「……いいのかい?」


「お願いします」


 振りかえると、ルエラン君が床に手を着き、泣いていた。


「ルエラン君、どうしたの?」


「か、母さん、か、母さん……」     


 声を掛けると余計に泣きだしてしまったから、結局ルエラン君が何を言いたいか、よく分からなかった。

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