第3話 狼と少女

 ダレーヤおばあさんの家を出た私は、ヤポークさんの荷馬車に乗り、町に向かっていた。

 荷馬車と言っても、屋根もついていない素朴なものだ。

 ヤポークさんは、荷台に乗る私へ、気さくに話しかけてくれた。


「へえ、メグミ嬢ちゃんは、どっから来たか分からねえのか」


「はい、そうなんです」


 地球の事を説明しても、きっと理解してはもらえないだろうから、そのことは黙っておいた。


「都で誰か知りあいに会えるといいね」


 ヤポークさんは、前の御者台で口笛を吹きだした。

 その曲は聞いたことがないものだけれど、なぜか懐かしく感じられた。

 森の中の一本道を馬車に揺られて進む。

 青空の下、そよ風が肌をなで、とても心地よかった。

 

 だけど、その快適な旅は、突然終わることになった。

 森の中から黒い獣が出てきたのだ。


 ◇


「ダ、ダークウルフ……」


 森から現れたのは、二匹の黒い獣だった。

 ほっそりした体は、いかにも俊敏そうだ。

 なにより、体長が二メートル以上あった。


「な、なんでこんな時間に……」


 御者席に座るヤポークさんの背中が、ブルブル震えている。

 

「も、もうお終いだ……」


 ダークウルフがどれほど恐ろしいか知らないから、私は割と落ちついていた。


「ヤポークさん、ダークウルフって?」


「も、『森の王』とも言われる魔獣なんだ。  

 昼間っから出てくることなんかねえはずなんだが……」


「なんとかなりそうですか?」


「嬢ちゃん、すまねえ!

 こいつに襲われて生きのびたやつは、ほとんどいねえんだ」


 私は地球での体験を思いだした。不幸が不幸を呼ぶ、大福恵おおふくめぐみとしての人生を。


 ◇


 ロックバードは、巨大な渡り鳥で、空高くを飛ぶことで知られている。

 そのロックバードは、群れからずいぶん遅れ、上空を飛んでいた。

 仲間の群れは、すでに遥か北を飛んでいる。   

 この個体は病気にかかり、少し出発が遅れたのだ。


「ケエエ!」


 先を急ぐロックバードが、大きな鳴き声をあげる。

 そのとき、巨大な鳥のお尻から、一抱えはありそうな石が二つ、ころりと出てきた。

 ロックバードは、腹の中に入れた石の間に食べ物をはさみ、すりつぶして消化する。だが、緊急時には、石を体外に排出することもできた。

 この鳥は、仲間に追いつくため石を捨てたのだ。


 二つの石は、速度を上げながら落ちていった。


 ◇


「ひいっ!」


 ヤポークさんが悲鳴を上げたのは、二匹の巨大な狼が、彼めがけ飛びかかったからだ。   

 大きなナイフほどある狼の牙が、まさに彼の首に食いこもうとしたとき、それは起きた。


 グシュ ズーン


 突然、狼の頭部がはじけたように見えた。

 地震のような振動が、私が乗る馬車の荷台に伝わってきた。

 ガタガタ震えていたヤポークさんが、やっとその目を開ける。


「な、なんでえこりゃ!?」


 馬車の両脇に、襲ってきた巨大な狼が倒れていた。

 頭から血を流しているところを見ると、何かがそこに当たったのだろう。

 震える足で御者台から降りたヤポークさんが、狼の死体を調べている。


「い、いってえ何が起きたってんだ?」


 土の道には、クレーターのような穴が二つできており、大きな石が転がっていた。

 しきりに首をかしげていたヤポークさんだが、狼の死体を荷台に引きあげることにしたようだ。

 ちょうど積んであった藁のようなものを荷台の床に敷きつめると、その上に二体の狼を積んだ。

 私も手伝ったけれど、すごく重くて腕が痺れてしまった。


 荷台には狼が横たわっているから、私はヤポークさんと並んで御者台に座ることになった。

 青ざめていた顔色が消えると、ヤポークさんは大声で歌を歌いだした。

 なぜ死にかけたばかりの彼が上機嫌なのか、その理由は分からなかったが、その歌で私が元気づけられたのは確かだ。 

 

 ◇


 私たち二人と獣の死体が乗った荷馬車は、日が暮れる少し前、街に着いた。

 気温が低くなり、顔に当たる風は冷たかったが、ダレーヤさんが着せてくれたローブは温かかった。


 街の周囲は、高い石壁に囲まれている。

 きっと、森で襲ってきた狼のような生き物から、街を守るためだろう。 

 街に入る門の所には、兵士のような人が二人、槍を手にして立っていたが、ヤポークさんをよく知っているのか、彼の顔を見ただけですぐに通してくれた。


 門から入ってすぐの、木造の大きな建物前で荷馬車が停まる。

 御者台から降りたヤポークさんが、両開きの扉を押しあけ中に駆けこんだ。

 建物の中が騒がしくなると、七、八人のおじさんが出てきた。全員たくましい感じの男性で、顔や体に古傷がある人が多かった。


「ヤポーク、俺たちをかついでるんじゃねえだろうな?」


「いえ、旦那、とにかく見てくださいよ」


 おじさんたちが、カンテラのようなものを掲げ、狼の死体を載せた荷台を覗きこむ。


「げっ、ダ、ダークウルフ……」

「おいおい、マジか、これ!」

「しかも、二匹……」


 みんな呆然と立ちつくしている。

 建物の中から、右目に黒い眼帯をつけた、たくましい感じの中年女性が出てくる。彼女は、動きやすそうな、カーキ色のシャツとズボンを身に着けていた。


「ギルマスっ!

 こいつの言ってるこたあ、本当ですぜ。

 本当に、ダークウルフです」


 おじさんの一人が、眼帯の女性に話しかける。


「あたしゃ、自分の目で見るまで信じないよ」


 ギルマスと呼ばれた女性が、荷台に横たわる狼の死体をまじまじと見ている。


「……なんてこった!

 こりゃ、間違いなくダークウルフだよ」


 呆れたような女性の声で、男の人たちから歓声が上がる。

 ヤポークさんの背中を、バシバシ叩いている人もいる。


「おい、ヤポーク。

 こいつは、ギルドで引きとって構わないか」


「ええ、大きな牙を二本だけもらえますか?」


「……いいだろう。

 おい、お前たち、運びこめ!」


 女性の掛け声で、おじさんたちが、巨大な狼を建物の中に運びこんだ。


「あんたは?」


 話しかけてきた女性の左目には、なぜか優しさが浮かんでいた。


「初めまして、メグミといいます」


「黒髪かい、珍しいね。

 あたしゃ、ここのギルマスでサウタージってんだ。

 とにかく、あんたも中へ入んな」


「ありがとう」


 こうして、私はサウタージさんと知りあった。

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