人のいない街
新暦218年 11月24日 グスタフ国王宮 寝室
「私がアルスさまをいじめてから3年の月日が経っているのは事実です」
何故かにこやかに笑いながらセイルは卓上カレンダーを差し出す。
どこかセイルの言葉に引っかかりを覚えながらも、言葉には出さずカレンダーへと目を落とした。
そこには新暦218年11月24日と書かれている。俺の記憶が確かならば、あの日は215年の11月20日である。
この暦が事実であれば俺は約3年間意識を失っていた事になる。
セイルが俺は刺した事よりもその事実が衝撃であった。
3年。3年の月日は短いようで長い。時代が新しいモノへと移り変わるには充分な時間である。だからこそ『我がグスタフ国が現状どうなっているのか』という疑問が真っ先に頭に浮かんだ。
なんだかとても、悪い予感がして胸が締め付けられるようだ。
「まぁ口で説明するより、実際に見てもらった方が早いですね」
11月24日 グスタフ国 城下町 広場
人の気配が無い寂れた街が目の前に広がっていた。
無人の機械が『星輝きの山』をモニターへと写しだしている。ただそれだけ。
それを見る者は勿論の事、広場を利用する者も自分たち以外には誰一人としていない。
3年前は寂しい街ではあったが、この街のメインとも言うべき広場に人の気配が無くなる事などまずあり得なかった。
それなのに何故?
「約1年前に敗北してから、ずっとこうです」
我が国が負けた。
その報告はショックであった。しかし、よく2年も保ったものだと思った。俺が意識を失う前で既にギリギリの状態であったのだから。
「負けたか……」
「はい、負けましたよ。そりゃもうコテンパンです」
セイルは表情を崩さなかった。どこか憂いのある表情に一瞬見えたが気のせいであろう。
そんなセイルを見て、ふと自分の記憶との齟齬を見つける。
セイルはあの時、明らかに怒っていた。だから、きっとセイルは俺の願いなど聞き入れずこの国を去るものだと心の隅では思っていたのだ。
しかし、結果は違った。3年もの月日が流れても俺の側にメイドとして立ち続け、俺が目覚めるのを待っていてくれた。
そう思うとなんだか胸に熱いものがこみ上げてくる。
……あの時、刺した事もきっとあの時怒りに我を忘れてしまったからだろう。きっとそう。
「セイル、ここまで国を守ってくれてありがとう……」
「勘違いしてもらっては困ります」
「ふぇ?」
意外な返しに思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
「私がアルスさまを刺したのは、私が思いっきり遊ぶための下準備ですよ。それ以外の何物でもありません」
「照れなくてもいいんだぞ」
「……今度はそのお気楽な頭を刺し貫きますか」
その冷たい目で睨みつけるのはやめてくれ。
なんだかセイルとこんなやり取りをするのはとても久しぶりな気がする。今思えば最近……と言っても3年前であるが、あの時の俺は戦争の事で頭がいっぱいになってしまっていて我を忘れていたような気がする。
我々は敗北した。だからかもしれない、胸のつかえが下りたように思えて、何故だか安堵感のようなモノを覚える。
--負けてこんな事を思うなんて、俺は王子失格だな。
「それにしても、今日は何かイベントでもあるのか?」
「イベント?」
「だっておかしいじゃないか。街に人が全くいない。特にここは人通りの多い場所だったはず。なら、郊外かどっか離れた場所でイベントがあるからみんな行ってると考えるのが自然じゃないか?」
「あぁ、それは--」
セイルが言葉を紡ごうとしたその瞬間、目の前に鋼の巨人が降ってきた。
『みぃ〜つけたッ!!』
地響きと共に地面が揺れ、レンガで出来たタイルがヒビ割れ壊れる。
土煙の中で赤く光る2つの目がこちらを見ている。
「え?」
俺は呆然とその様子を見ることしか出来なかった。一瞬の出来事であり、脳の処理が追いつかない。
「セ、セイル、なんだアレは!?」
「話の途中で敵だなんて、ソーシャルゲームじゃないんですよ?」
動揺する俺とは対照的に、セイルは表情ひとつ変えない。まるで今起こっている事がさも当然のように。
『狩り尽くしたと思ってたが、こいつはラッキーだな!』
『おうよ!……ん?おいおい!!相棒!あいつ、1億だぜ!1億!』
『1億……てことは、あいつが行方不明だとかなんとか言ってたグスタフの王子かよ!』
1人は野太い男の声、もう1人の方は合成された電子音のような声で喋っていた。
各所が傷や土で汚れているがシルバーで塗装されたアーマーを纏うロボット。限りなく人型に近いシルエットをしているがサイズは人とは比べものにならないほど大きい。恐らくは噂に聞く巨人型。
しかし、アレが何なのかは分かっても、何故空から降ってきたのかが分からない。
もう戦争は終わったのでは無かったか?
「えぇ、戦争は終わりましたとも」
セイルはこちらの考えをまるで見透してるように答えた。
--また、その目だ。冷たくて、どこまでも、どこまでも機械的な目。
「ですが、戦争で負けた国が今まで通り平和に暮らせると本気で思っているわけではないでしょう?」
「…………」
信じたくはなかったのかもしれない。だから、目を背けてまた平和になったものと思い込んでいた。
なら、聞き間違いでは無かったのか。
あの男が言った『狩り尽くした』という言葉は。
セイルはこちらに手を差し伸べながら笑う。
道化である俺を嘲笑うように、魔の道へと誘い込む悪魔のように。
「また戦争する気、ありますか?」
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