覚醒

 今から五年前、ワタシは死んだ。

 大切な、自分の命よりも大切な家族が目の前で死んだ。

 ワタシの宝物を壊したのは誰だ。

 ワタシの幸福を奪ったのは誰だ。

 この感情はなんだ。怒りも悲しみも憎しみもある、負の感情を全て集め煮詰めたようなこのドス黒い感情はなんだ。

 わからない。わからない。

 でも、力が無かった。復讐を果たすための力が。

 そして、それを求めて……ワタシは死んだ。



 新暦215年 12月3日 ドーラ・グスタフ間国境『星輝きの山』


 メイド服をまとったギャラクセルがワタシに向かって攻撃を仕掛ける。光り輝く星の剣だ。

 ワタシはそれを避けながら、右手を五芒の砲ペンタゴンへと変え、メイド(?)へと向け放つ。


「グスタフにはギャラクセルが居ないという情報だったけど、どこから湧いたのかしら」

「貴女こそずっとスレイヤー任せだったくせに今更出てきて、そんなに私が怖い?」

「まさか。単なる状況判断よ!」


 ムカつくメイドだ。まるで戦闘を楽しむように戦場を軽やかに舞い踊る。戦う事が、自分が死ぬかも知れないというスリルが、敵を殺すという快感が、奴を笑顔に変える。

 ーー虫酸が走る。

 ワタシが最も嫌う類の女だ。こういうやつがいるからワタシの家族は……。


「貴女イイわ。ギャラクセルの癖に攻撃に殺意が篭ってる。熱く燃え滾る炎のようで私も昂ぶってくる」

「死ね」

「でも、残念よね。貴女のその本気さに私は応えることができない」


 一瞬、目に憂いが帯びる。

 ギャラクセルの癖にと宣っていた割に、コイツも相当異端者じゃないか。

 造られた存在なのに、人間と同じように感情の炎に身を焦がす。ワタシとコイツは同類だ。

 --だからこそ、殺意が湧く。


「その様子だとまだ出逢えていないようね。ならば本気を出せない今だからこそ、ここでオマエを破壊する。星を掴む前に、希望を摘む」


 --デギ・ドツロイハノジダワ。

 無線のマイクに向かってそう唱える。ワタシの切り札を解放するための暗号(じゅもん)だ。

 ドーラの超弩級砲から発射される爆音がここまで響く。切り札を打ち出したのだ。


「そうこなくっちゃ」


 それを見て、コイツの口角が釣り上がる。そんなにも死にたいのなら望み通りにしてやる……!


 --そして、ワタシは鋼の城へと姿を変えた。






 新暦218年 11月24日 グスタフ国王宮 寝室


 ……目がさめると、そこは見知った天蓋が広がっていた。


「おや、やっと起きましたか」


 いつもと同じ朝。透き通るようなソプラノボイス。良き一日を期待してしまうような気持ちのいい日差し。

 あぁ……。


 ……………………。


 …………………………ん?


 ふと違和感を覚える。頭が覚醒してきた事で、記憶が掘り起こされる。

 そして、あの感触を思い出し、咄嗟に腹部を見る。


 --何もない。


「おはようございます、アルスさま」

「セイル……?」


 ベッドの淵に座る、その黒髪の女性に目をやる。

 俺はあの時、彼女に不気味なほどに光っている剣で腹部を刺された。今でもその光景を鮮明に覚えている。

 ブリザードのような彼女と血に染まる俺の体。


 ……でも、その時の傷がない。

 この記憶を確証できる証拠がない。


「アルスさま、朝食の準備出来てますよ」

「セイル」

「なんですか?」

「お前は裏切ったのか……?」

「いいえ? どうして裏切ったと思うのですか?」


 じゃあ、この記憶はなんだ……?


「い、いや、なんでもない。酷い悪夢でも見たみたいでな」

「あぁ、もしかしてアレの事言ってます? なら現実ですよ」

「え?」


 何がなんだか……。分からない事ばっかりだ。


「あぁそういえば起きるのは3年ぶりですものね。じゃあ一から説明しましょうか」

「ちょっ、ちょっと待って!今なんて言った……?」

「え、一から説明しましょうか?と」

「そこじゃなくて俺が起きるのは何年ぶりって言った?」

「起きるのは3年ぶり、でしょうか」

「えっ……」


 俺の頭上には、見知った天蓋が広がっていた。





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