スレイヤーvsキャンサー
11月2日 グスタフ国 兵器開発研究所
「このロボットが?」
カニの様なシルエットをした三メートルほどのロボットを見上げる。グスタフの軍事施設、その一角にある格納庫だ。
俺は新型の軍事ロボットが出来たというので、それの視察に来ていた。
「無駄にデカいですね」
と、セイル。
「この大きさで『スレイヤー』の速さについて行けるのか?」
『スレイヤー』はブレードのみを装備したドーラ国の軍事用人型ロボである。人間大のサイズに細身の体。そして、なんといってもその速さは敵ながら認めなければいけないモノがある。
「恐れながら、王子。それは杞憂というものです」
グスタフの軍事ロボットの開発部門を一任されているウズルは言った。分厚いメガネが特徴的な、白衣を纏った男だ。
……正直、この男は苦手だ。上手く言えないがどうにも合わない。
そんな俺の思いなど知らずに、ウズルは手元に映像を映しつつ話始める。
「ドーラの『スレイヤー』はスピードこそありますが、パワーはありません。そこで私たちが考えたのが、こちらの多脚型強襲ロボ――通称『キャンサー』です! 見てください、このカニをモチーフにしながらもその実、どちらかといえばサソリとかザリガ二っぽいこの美しいフォルム……」
「それはいいから『スレイヤー』への対策をどう講じているのか。その辺りを詳しく教えてくれるか?」
「はっ、私とした事が申し訳ございません」
ウズルはこちらにペコリと頭を下げる。が、すぐ顔を上げると何事も無かったかの様に説明を始めた。
「話を戻します。ドーラの主力である『スレイヤー』は先ほども言った通り、パワーはありません。……まぁ『ボマー』が居ますがアレの説明はここでは省きましょう。
で、ですね。我が国の主力たる『ファイター』と『ファング』ではスピードに対処できません。そこで、『キャンサー』の出番な訳です。
スピードを捨てる代わりに装甲を厚くする事で、そもそも『スレイヤー』の刃を無効化してやればいいのでは? というコンセプトをようやく形に出来たのがこの『キャンサー』という訳なのです! いやぁ、大変でしたよぉ」
ウズルはドヤ顔でそう言った。
コンセプトは確かに悪くはない。攻撃が効かなければ倒される事もない。
しかし、1つ問題が頭をよぎる。
「こいつはどうやってスレイヤーに攻撃をするんだ?」
「そんなの決まってますよぉ……!えーと」
ため息を吐く。
大方防御の事を考えるあまりに攻撃する事が頭から抜け落ちていたのだろう。
追尾ミサイルでも積めれば問題はないのだろうが、我が国の財力ではそんな高額なモノを買う金などない。
無理して買ってもせいぜい一回分だけ。
防御が完璧でも攻撃を与える術がない。こんなにも惜しい事があるものか。
「次の『定期戦』までにこの問題をなんとかしとけよ」
11月20日 グスタフ国 アルスの部屋
「はぁ……」
我が国の新兵器『キャンサー』に不安しか感じない。ウズルはどうにも『攻撃される』という前提で開発するばかりで『攻撃する』という行為が頭から抜け落ちてるように思えた。
このような調子では今日の『定期戦』では負け、また土地を奪われるだろう。
「もう3分の2も取られてますしねぇ」
セイルはこれといって残念そうでもない表情で言った。
グスタフ国とドーラ国のちょうど真ん中にそびえ立つ山。豊富な鉱山資源を採掘することができる、文字通りの宝の山である。
それを奪い合い、どちらかが独占するまでこの戦争は続く。
1回勝利すれば土地の5%を領土に出来る……広大な土地を獲得するためとは思えない条件ではあるが、
戦争はロボットたちが繰り広げる一大イベントと化しているのだから、それを見に来るために観光客は当然増える。
観光客が落す利益は馬鹿には出来ないものがあるし、当然勝利国にはそれ相応の報酬がある。勝ち続けさえすれば、兵器やそれを運用する資金を除いてもプラスになる。
ルールを設けられているわけだから大損を食らう心配も少ないし、町の崩壊も国民への被害の心配もないから『世界一安心・安全な戦争』というキャッチフレーズはなんの間違いでもない。
だが、それらはあくまで勝てばの話。
負ければ土地は奪われ、金だって払わなければいけない。正直言って負け続けている
「今回は勝てると思います?」
セイルは問いかける。
防御一辺倒で攻撃出来ない
そんな状況なのだから、当然答えは決まってる。
「無理だな」
「今回はえらい素直ですね」
この場は俺たち以外誰も居ない2人だけだから、誰が聞いてるかも分からない広場とは違う。
「俺だって今の状況で勝てると言えるほど、甘ちゃんじゃないさ」
セイルはその答えを聞いてどことなく口を歪める。
グスタフはドーラに負ける。だが、もしそれを一手で覆すほどの駒が手に入るならば……?
「このまま、ならな」
「……ふーん。アルスさまが今日ここに私を呼んだのはそれが理由ですか」
セイルはため息混じりにそう答える。表情はどことなく面倒臭そうな顔を浮かべている。
だが、やって貰わねばならない。例え、あの方との約束を破ったとしても『ギャラクセル』である彼女なら負けはしない。
「あぁ、お前なら出来るだろ?」
「嫌だ、なんて言える空気ではありませんね」
「それなら――」
「ですが、答えはNOです」
「え?」
彼女の氷のような青い瞳が俺を睨みつける。
セイルは美少女と呼べるほどに可愛らしい容姿をしている。作られた存在なのだから当然ではあるが。
だからなのか、その目はとても冷たく怖い。人を人とも思っていないような、まるで用が無くなったらどれだけ親しかった人でも殺してしまうような冷徹で機械的な目を向けられた日には、俺は蛇に睨まれたカエルのように縮こまるしかない。
だが、これだけは譲れなかった。
我が国はもうジリ貧だ。新兵器などを作るにも違法紛いのギャンブルで国民から金を搾り取るしか他にない。
だが、それだけやっても我が国はあんなガラクタしか創り出すことしか出来ない。これ以上負ければ我が国は金を払うことが出来ず、敗北するだろう。
「君はあの『ギャラクセル』じゃないか!? それならばあの程度の敵、簡単に倒せるんじゃないのか?」
「えぇえぇ、そのようなこと、私なら朝飯前です」
「ならばその力を我が国に貸してくれ……!」
俺は無様にも頭を下げ、頼み込む。こんな所を人に見られでもしたらどんな問題になるか分かったものではない。が、そんな事は今はどうでもいい。
一機で通常の人型兵器百機分にも匹敵すると言われている『ギャラクセル』が目の前にいるのだから……!
「だから、それでは契約違反だと言っているんですよ」
「そんな事は分かってる」
「いや、分かっていませんよ。私たち『ギャラクセル』にとってどれだけ大事なのか」
「その上で君に頼んでいる。我が国と運命を共にしてくれ」
「……はぁ。分かりました、分かりましたよ。そんなに言うのならば私も考えがあります」
折れた!これで勝った!我が国は安泰だ!
「お前が運命を共にしろ」
「え」
顔を上げた瞬間、腹部に冷たい鉄が差し込まれる衝撃と生暖かい液体が流れ落ちる感触に襲われる。
――何が起こった。なんだ、これは。
「『如何なる場合も戦争に加入することはならない』この契約が破棄された場合、グスタフの王子どちらかの遺体を貰う約束をどうやら忘れていたようですね」
バカな人、とセイルは呟きながらも俺への攻撃をやめようとはしない。
「こんな、こと……許されるとでも……」
「いいじゃないですか。これであなたが大好きな戦争に参加出来ますから」
意識が朦朧とする。血が止まらない。
世界が灰色に染まっていく。
「ま、それは貴方が適合出来ればの話ですけど」
「セイルぅぅぅぅう!!!!!」
――その日、グスタフは謎のメイドの乱入によって勝利を収めたという。
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