◆
遠方で歓喜に湧く人々の声がする。
リンデガルム王太子セイラムとラプラシア王女マナの婚姻により、長らく膠着していた両国の関係にも終止符が打たれた。
国中で祝杯を掲げる今夜だけは、城も城下も大賑わいだ。
人気の無い城壁の裏側で、セイジはひとり項垂れていた。
霧のない夜は、王女の十七回目の生誕祭で訪れたラプラシアの地を思い出す。
あの夜、月の光の明るさをセイジは生まれて初めて知った。
青白いその光は、あの日もセイジを嘲笑うように、静かに夜の街を照らしていた。
「どうしたセイジ、ようやく心からセイラムの婚姻を祝えるのではなかったのか」
月の光を遮るように、闇色の身体がセイジの上に影を落とす。ディートリンデの琥珀色の瞳が、慈しむようにセイジの姿を映していた。
「あの髪飾り……」
いつものように、軽口を叩けばいい。
そう考えているにも関わらず、セイジの口から零れ出たのは無様に震えた声だった。
穏やかな眼差しを向けたまま、ディートリンデはゆっくりとうなずいた。
「髪飾りを付けていた」
「ほう……」
「私が、彼女に贈ったものだ」
「……成る程」
片腕で顔を隠し、吐き出すようにセイジが告げる。城壁にもたれたその身体が、草の上に崩れ落ちた。
闇に浮かぶ蒼白い月を仰ぎ見て、ディートリンデは静かにその言葉を口にした。
「ラプラシアでは、神の前で永遠の愛を誓う際、互いに贈り合ったものを身に付ける、か……」
涙が止めどなく零れ落ちた。
この夜が明けてしまえば、今までと何も変わらない。
セイジは王太子とその妃を護る騎士として、職務を全うするだけでいい。
永遠の愛を誓う、そのときに、マナはセイジを選んでくれた。
誰にも気付かれることなく、セイジだけにその想いが伝わるように。
それだけで充分だったはずだ。
はじめから、希望など何処にもなかったのだから。
セイジの嗚咽を掻き消すように、ディートリンデの嘶きが夜の街に木霊した。
愛するものとの未来のために兄を見捨てることができなかった、憐れで優しい王子のために。
夜が明けるまで、ディートリンデは啼き続けた。
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