遠方で歓喜に湧く人々の声がする。

 リンデガルム王太子セイラムとラプラシア王女マナの婚姻により、長らく膠着していた両国の関係にも終止符が打たれた。

 国中で祝杯を掲げる今夜だけは、城も城下も大賑わいだ。


 人気の無い城壁の裏側で、セイジはひとり項垂れていた。


 霧のない夜は、王女の十七回目の生誕祭で訪れたラプラシアの地を思い出す。

 あの夜、月の光の明るさをセイジは生まれて初めて知った。

 青白いその光は、あの日もセイジを嘲笑うように、静かに夜の街を照らしていた。

 


「どうしたセイジ、ようやく心からセイラムの婚姻を祝えるのではなかったのか」


 月の光を遮るように、闇色の身体がセイジの上に影を落とす。ディートリンデの琥珀色の瞳が、慈しむようにセイジの姿を映していた。


「あの髪飾り……」


 いつものように、軽口を叩けばいい。

 そう考えているにも関わらず、セイジの口から零れ出たのは無様に震えた声だった。

 穏やかな眼差しを向けたまま、ディートリンデはゆっくりとうなずいた。


「髪飾りを付けていた」

「ほう……」

「私が、彼女に贈ったものだ」

「……成る程」


 片腕で顔を隠し、吐き出すようにセイジが告げる。城壁にもたれたその身体が、草の上に崩れ落ちた。

 闇に浮かぶ蒼白い月を仰ぎ見て、ディートリンデは静かにその言葉を口にした。


「ラプラシアでは、神の前で永遠の愛を誓う際、互いに贈り合ったものを身に付ける、か……」



 涙が止めどなく零れ落ちた。


 この夜が明けてしまえば、今までと何も変わらない。

 セイジは王太子とその妃を護る騎士として、職務を全うするだけでいい。


 永遠の愛を誓う、そのときに、マナはセイジを選んでくれた。

 誰にも気付かれることなく、セイジだけにその想いが伝わるように。

 それだけで充分だったはずだ。


 はじめから、希望など何処にもなかったのだから。



 セイジの嗚咽を掻き消すように、ディートリンデの嘶きが夜の街に木霊した。

 愛するものとの未来のために兄を見捨てることができなかった、憐れで優しい王子のために。

 夜が明けるまで、ディートリンデは啼き続けた。


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