第9話 花嫁と秘密の花園

 セイラムに昔話を聞いた翌日の昼下がり、マナはエステルと共に、リンデガルム城の庭園に建ち並ぶ厩舎を訪れていた。

 庭園の片隅には数多くの厩舎が建っているため、マルクルが預けられた厩舎を探すにも一苦労するものだと思っていた。ところが、王族が騎乗する竜や馬は、リンデガルム王家の紋章が刻まれた一際大きな厩舎に世話を任されていたため、マナが目的の厩舎を探すのに、それほど時間はかからなかった。

 兄王子のテオドールから婚姻祝いで譲り受けた幼いラプラスのマルクルは、リンデガルム黒騎士団の軍馬とは別に、国王グレゴリウスの愛馬と同じ厩舎で世話をされることになったようだ。


「おはよう、マルクル。なかなか会いに来られなくてごめんなさい」


 二本の角が生えた白い額に頬を寄せて、マナはマルクルの逞しい首筋に腕を回した。絹糸のように滑らかなたてがみに指を通し、至福のときに浸る。

 ラプラシアにいた頃は、マルクルや他のラプラスにこうして無闇に絡むたびに、テオドールによく注意を受けたものだった。


「マナ様、厩務員の方にお話を付けて参りました。庭園に連れて出てもよろしいそうですよ」


 厩舎の通路奥から現れたエステルが、マルクルと戯れていたマナに言う。

 エステルの言葉を聞いたマナの瞳が、きらきりと輝いた。


 マナが今日、こうしてマルクルに会いに来た理由は他でもない、久しぶりにラプラスに乗って野山を駆け回りたい気分だったからだ。

 ラプラシアにいた頃は、父や兄に怒られたり喧嘩をしたり、悲しいことや納得のいかないことがあるたびに、兄の目を盗んではラプラスに乗って城の外を駆け回っていた。

 優秀な兄の目を盗むのは難しく、失敗することも多くて、そんなときはあの日のように、ひとりで丘に向かっていたけれど。


 とにかく、マナが薄紅色の乗馬ドレスと革製の乗馬ブーツで身を固め、早朝から厩舎へやって来た理由はただひとつ。

 マルクルに手綱を掛けて、木製の柵を押し開けると、マナはマルクルを連れて厩舎の外へと飛び出した。


 草花の影さえ見当たらない薄霧に覆われた庭園に連れ出すと、マルクルは親馬に甘えるようにマナの胸へと額を寄せた。首筋を優しく撫でて鐙に足を掛けて、マナはそのままマルクルの背に跨った。


 仔馬特有の少し高音の嘶きが庭園に響き渡る。

 マナを背に乗せたまま、マルクルは仔馬らしく無邪気に庭園を駆け回った。

 心地良い風に吹かれながら、ひとしきり羽を伸ばして、落ち着きを取り戻したマルクルの背の上で、マナは庭園を見渡した。


 早朝ということもあり、訓練をする騎士たちの姿はまだ見えない。

 ほっと一息つくと、マナはマルクルを連れてエステルが待つ厩舎前へと向かった。


 いつもなら剥き出しの地面が延々と続く庭園に、マルクルが駆けた軌跡どおりに瑞々しい草花が芽吹いていた。

 不毛の地に植物を芽吹かせる、この不思議なちからこそが、ラプラスが精霊馬と呼ばれる所以だ。


「ありがとう、マルクル」


 礼を告げてマルクルの首筋を愛おしむように撫でると、マナはエステルを呼び寄せて、芽吹いたばかりの草花の傍にしゃがみこんだ。

 真っ白な小さな花がそこかしこに花開いて、まるで雪のようだ。


「こんなに小さくては、摘んでしまったら可哀想ですね」

「そうね……セイラム様の寝室に飾ることができればと思ったけれど、確かに可哀想ね」


 小さく溜め息をつき、互いに顔を見合わせる。

 ぴったりと呼吸が合ったことがなんだか可笑しくて、ふたりはくすくすと笑い出してしまった。


「さぁ、マナ様、そろそろお部屋に戻られませんと、セイラム様が心配されますわ」


 エステルが立ち上がり、マナを促した。

 けれどもマナはエステルを一瞬見上げただけで、足元の花びらへと視線を落とすと、ゆっくりと首を横に振った。


「エステル、先に戻ってお茶の準備をしておいてくれないかしら。わたしはマルクルを厩舎に連れて行くから」

「いけません、マナ様。そのようなことは使用人のわたしにお任せください」

「お願いよ、エステル。もう少しだけマルクルといたいの」


 胸の前で祈るように手を結び、マナが懇願すると、エステルはわずかに躊躇ったあと、困ったようにうなずいた。


「ありがとう。また部屋でね」


 城に戻るエステルの後ろ姿を見送りながら、マナは小さく手を振り続けた。

 エステルは何度か庭園を振り返り、マナの様子を窺っていたけれど、その姿が見えなくなったところで、ようやくマナはぽつりとつぶやいた。


「落ち込んでるって、気付かれていたかもしれないわね」


 子供の頃からの付き合いだ。

 血の繋がった父や兄よりも、エステルはマナのことをよく理解している。マナのちょっとした感情の変化だって、彼女にはお見通しだっただろう。

 くすりと微笑むと、マナはマルクルの手綱を引いた。


「望んで王女に生まれたわけじゃない。それなのに、王女というだけで好きなひとを好きでいることすら許されないなんて、酷い話よね」


 霧の中をゆっくりと歩きながら、マナはマルクルに囁いた。つぶらな瞳でマナをみつめるマルクルが、同意するように小さく鼻を鳴らす。湿った鼻の頭を撫でてやると、マルクルは嬉しそうにふさふさの尻尾を大きく揺らした。

 


***



 マルクルを厩舎に送り届けると、マナは早足で城へと向かった。

 今頃セイラムの部屋では、エステルがお茶の用意を終えて、マナの帰りを待っていることだろう。

 所在無さげに部屋の隅で立ち尽くすエステルの姿が目に浮かぶ。セイラムとふたりきりでは、きっと気不味い思いをしているはずだ。

 半泣きで小言を捲し立てるエステルの顔を思い浮かべ、マナが笑いかけた、そのときだった。

 庭園の道沿いに、微動だにせず立ち尽くす人影が見えた。

 薄っすらと霧がかった視界においても、それが誰のものなのか、マナはすぐに理解した。


 いつもそうだ。

 たとえ遠目で背格好がわかり難くても、彼が纏う雰囲気のせいか、マナはすぐに彼の存在に気が付いてしまう。

 まだ距離はある。気が付かなかった振りをして、そのまま部屋に向えばいい。

 そう考えて、マナは歩調を速めた。けれど——。


「これは、貴女が……?」


 すれ違いざまに声を掛けられて、マナは思わず足を止めてしまった。

 聞こえなかった振りをして通り過ぎれば良い。

 そう思っているのに、すぐにでも立ち去りたい思いとは裏腹に、足がまったく動かない。


「この庭園で緑を見たのは初めてです。リンデガルムの地に花が咲くなど、あの場所の他にないものと思っていました」


 地面に片膝をついて、セイジは驚きを隠せないようだった。

 普段の愛想のない口調とは違い、妙に暖かく感じられる声だ。


 いつもならマナの存在に気が付かない振りをする癖に、どうして今日に限って話しかけてくるのだろう。

 小さく息を呑むと、マナは躊躇いがちに口を開いた。


「……ラプラスは森と湖の精霊。彼らの足元には緑が芽吹き栄えるのだと、わたしの祖国では、そう伝えられています」


 震える声を誤魔化して、セイジに背を向けたまま、マナは続けた。


「セイラム様のお部屋にお花を飾りたくてマルクルのちからを借りました。でも駄目でした。そのような小さな花、摘んでしまったら可哀想ですもの」


 胸の前で指を結んでセイジに向き直って、マナは小さくつぶやいた。

 顔を上げることはできなかったけれど、うつむいた目に映った足の動きで、彼が立ち上がり、マナと向かい合ったことがわかった。


 僅かな沈黙が降りる。

 ややあって、黙り込むマナにゆっくりと歩み寄ると、セイジはマナの耳元に唇を寄せ、囁くように静かに告げた。


「マナ様、時間はございますか?」

「え……?」


 所在無さげに指先を組み直しながら、マナが顔を上げる、その前に、マナの指はセイジの手のひらにすっぽりと包まれていた。

 返事を待とうともせずマナの手を引いて、セイジは王家の紋章が刻まれた飛竜の厩舎へに向かって歩き出した。

 まるで、お伽話の王子様がお姫様をさらうように。



***



 深い霧に覆われた真っ白な視界で、雲間から射す陽の光がきらきらと輝いていた。

 七色にきらめく幻想的な光のなかを、ディートリンデは真っ直ぐに突き進む。


 何度か行き先を尋ねても、一言、見せたいものがあると言うだけで、セイジはマナの問いにまともに答えようとはしなかった。

 二、三度大きく羽ばたいて、ディートリンデが雲の上へと躍り出る。いつか見たあの景色と同じように、マナの眼下には雲の海が広がっていた。


 見上げれば、ディートリンデの手綱を握ったまま、真っ直ぐに前方の空を見据えるセイジの顔が目に映った。

 視線の先の雲の上に、孤島のように浮かぶリンデガルム峡谷の頂が見えた。



「素敵……!」


 青々と茂る草の上に飛び降りて、マナは両手を広げ、感嘆の声をあげた。

 あたり一面に真っ白な花が咲き誇る。そこはまるで、空に浮かぶ花園のようだった。


「神竜の聖域——このリンデガルム峡谷で唯一、草花が枯れずにいられる場所です。幼い頃、亡くなった母に教わりました」


 そう言うと、セイジは振り返ることなくマナの横を通り過ぎた。

 真っ直ぐに花園を突き進み、中央に置かれた大きな石碑の前で立ち止まる。片膝をつき、見慣れない文字が楔で刻まれたその石碑をしばらく見上げて、セイジは草の上に小さな白い花束を備え、静かに瞼を閉じた。

 倣うように隣に膝をつき、セイジの顔を覗き込む。 祈りを終えて眼を開けたセイジに、マナは尋ねた。


「セイジさんのお母様……?」

「母は神竜を祀る一族の生まれで、巫女を務めていました。父の寵愛を受けて王家に嫁いだものの、当時は城の中でも色々と確執があったらしく……早くに亡くなりました」

「ご病気、ですか?」


 セイジの横顔をみつめてマナが問うと、真っ直ぐに石碑を見上げたまま、セイジは一言、無感情に告げた。


「毒殺です」


 一瞬、その言葉の意味を考えて、マナはごくりと息を飲んだ。


「珍しいことではありません。いつの時代でも、金と権力が集まる場所では起こり得ることです。容疑がかかったのは第一王妃ベアトリス——兄上の母君でした。父が兄上を今でも憎んでいるのも、おそらくそれが原因でしょう」


 そう言うと、セイジはようやくマナに目を向けて、悲痛な面持ちでうつむくマナを労わるように優しく告げた。


「ご安心ください。マナ様の御身は、私が命に代えてもお護り致します」


 確かに、玉座の間でセイラムが倒れたあのとき、セイジはグレゴリウス王の前に立ちはだかり、必死にマナを守ろうとしてくれた。

 それは、必ずセイラムに王位を継がせるという、幼き日の騎士の誓いによる使命感からの行動だったのかもしれない。けれど、王の言葉に絶望したマナを、あのときセイジが救ってくれたのは、紛れもない事実だった。

 それだけではない。

 セイジは不機嫌そうにしていても、いつだってマナに親切にしてくれていた。

 霧の庭園で話したときだって、拒絶されたと落ち込むマナに、真剣に向き合ってくれようとしていたのに。


「……セイジさん、ごめんなさい。わたし、自惚れていました」


 跪いたままのセイジをみつめて、マナは噛みしめるようにその言葉を口にした。


「セイラム様に教えていただきました。幼なかった貴方の騎士の誓いも、貴方がリンデガルムの王位継承権を放棄したことも。玉座の間で口にされたあの言葉は、わたしのことなんて関係なかった。あのとき貴方は、王位を継ぐことそのものを拒絶したんですね」


 セイジは否定も肯定もしなかった。

 ただじっと、真っ直ぐに向けられたマナの視線を、澄んだ碧い瞳で受け止めていた。



 石碑に祈りを捧げたあと、マナは花畑に戻り、セイラムの部屋に飾るために花を摘み始めた。

 聖域を埋め尽くすように咲き誇る純白の花の花びらは、近付いてよく見ると、縁に近づくにつれて氷のように透きとおっている。茎と葉から漂う草の匂いと花びらのあまい匂いが混ざり合った心地よい香りに、沈んでいたマナの気持ちも軽くなっていくようだった。

 白い花を一本一本、根元から丁寧に摘み取って花の束を作る。出来栄えに満足していると、マナに背を向けてしゃがみ込んでいたセイジが、思い出したように口を開いた。


「そういえば、先ほど庭園でお会いしたとき、随分と浮かない顔をされていましたが、何かございましたか」


 口調は淡々としていたものの、セイジの言葉にはささやかな思いやりが感じられた。

 思いつきと勢いで連れてこられたものだと思っていたけれど、セイジが強引にマナを連れ出した本当の理由は、おそらくこれだったのだ。

 胸の奥がふわりと暖かくなるのを感じながら、 マナはセイジの問いに正直に答えた。


「……セイラム様に言われてしまいました。たとえ愛情がなかったとしても、一国の王家に生まれたものの責任として、国のために結婚して欲しいと」


 お互いに背を向けたままだったけれど、セイジがこちらを振り向いたのが、マナにはわかった。


「本当に兄上がそんなことを……?」


 訝しむような視線が背に刺さる。マナはゆっくりとうなずいて、握った花束をみつめたまま話し続けた。


「……でも、少しずつお互いに歩み寄って、いつか愛し合うことができたなら、それはとっても素敵なことですよね」


 セイジは応えなかった。

 ただ変わらず背中に感じるセイジの視線が胸に痛くて、マナはなぜだか責められているような気持ちになった。

 こんなふうに感じるのは、マナにやましい気持ちがあるからなのかもしれない。


 いつ頃から気付いていたのかはわからないけれど、おそらくセイラムは、マナがセイジに惹かれていることを知っていた。

 だからこそ、愛し合う必要はないと明言したうえで、政略的な手段としての婚姻をマナに誓わせたのだ。


 今すぐセイジへの憧れを消してしまうのは難しい。それでも、この想いはいずれ美しい思い出として、過去のものに変えることができる。

 セイラムとの婚姻が政略的なものだとしても、お互いを思いやり、長く支え合うことで、きっと自然と愛情のある夫婦になれるはず。

 そんなふうに、マナは考えていた。


 はじめから愛情を切り捨てるセイラムのあの言葉は、マナの淡い期待を完全に否定したようなものだった。

 マナが憧れていた、築こうとしていた夫婦の姿は、虚像でしかなくなってしまったのだ。

 先に裏切ったのはマナのほうなのだから、セイラムを責める資格などあるはずもない。それなのに勝手に傷ついて落ち込んでいる。

 愚かで狭量な自身の存在は、とても恥ずかしいもののようにマナには思えた。


「ことの経緯が分からない以上、不用意な発言は控えるべきだと考えますが、貴女が落ち込む必要はないと、私は思います」


 しばらくの沈黙のあと、セイジは穏やかな口調でそう告げた。


 何故、こんなときに優しくするのか。

 優しくされてしまえばそのぶんだけ、忘れなければならないこの想いが、忘れ難いものになってしまうのに。

 嬉しいのか悔しいのか、自分でも判断がつかない。

 溢れそうな涙を堪えながら、マナは殊更明るく言った。


「セイジさんって、損な性格ですよね。実はとっても優しいのに、素っ気なくて無愛想だからその優しさが全然伝わらない。背が高いからちょっとした行動が威圧的に感じてしまうし、あまり感情を表に出さないから、困っているのか機嫌が悪いのかもわからなくて——」

「喧嘩を売っているんですか?」


 笑いが混じるその声から、どこか優しい苦笑いでこちらを見つめるセイジの顔が思い浮かぶ。

 これが最後だと自分自身に言い聞かせながら、マナはあくまで冗談めかせて、ふたたびその言葉を口にした。


「でもわたし……貴方のそういうところが好きだわ」

「……また、そのようなお戯れを」


 つぶやいたセイジの声は、以前図書室で聞いたような険のある声ではなく、呆れたようでいて、それでも暖かみのある声だった。

 優しいその声が、マナの想いを後押しする。


「自分でも不思議なの。わたしはもっと地味な顔立ちが好きだし、目線を合わせやすいあまり背の高くない男性のほうが好みだわ。貴方のような堅苦しい言葉遣いのひとよりも、わかりやすくて柔らかい言葉でお話するひとのほうが好きなの。それなのに、いつだって思い浮かぶのは貴方の顔ばかりなのよ」

「……有難いお言葉ですが、貴女の気持ちにはお応えできませんよ」


 振り向かずに淡々と、セイジは答える。

 こんなときでも軽くあしらわれてしまうなんて。そんな自分が滑稽に思えて、マナは思わず笑ってしまった。


「わかっています。貴方は冷静で賢明な方ですもの。このようなわたしの言葉も、恋に恋する愚かな娘の戯言だと、上手く受け流してくれるでしょう。セイラム様との婚姻を控えている身でこんなことを言えるのは、貴方が絶対にわたしの言葉に絆されないとわかっているからです」


 自分でも驚くほど、その言葉はすらすらと紡がれた。

 マナにとって、それは本当の気持ちばかりだったけれど、ほんの少しだけ、そこには嘘が混じっていた。


「……なるほど、私はただの捌け口というわけですか。残念ですが、恋人でもない女性を甘やかす趣味はありませんよ」


 溜め息混じりのセイジの声。

 その直後、微かに草を踏む音がした。

 立ち上がったセイジが、マナのほうへ歩いてくるのがわかる。


 良い加減なことばかり口にして、また彼を怒らせてしまったのだろう。

 きつく目を閉じて、花束を両手でぎゅっと握り締めて、マナは身を強張らせた。



 ぽすん、と軽い音がして、何かが頭のうえに落ちてきた。慌てて髪に手を伸ばして、手にしたそれを確認する。

 大きく見開かれたマナの瞳に映ったのは、純白の花を編んで作った花冠だった。


「すみません、驚かせてしまいましたか」


 動きを止めたマナの顔を、セイジが横から覗き込む。

 瞬きすることさえ忘れて花冠をみつめたまま、マナはつぶやいた。


「……ええ、驚きました。まさか貴方が、こんな子供のような真似をするなんて、思ってもみなかったから」

「手厳しいですね」


 そう言って、セイジが朗らかに笑う。釣られるようにマナも笑い出していた。


 あんなに真面目な声を出していたくせに、マナに気付かれないように、セイジはずっと花冠を作っていたのだ。

 素っ気ない態度の裏で、こんな女の子のような真似をしていたなんて。


 マナは口元を手のひらで覆い、溢れ出しそうな笑いを堪えていた——つもりだった。

 気がつけば、一筋の涙がほろりと頬をつたっていた。


「……でも、とっても嬉しい……」


 声が震えてしまうのを、抑えることができなかった。

 嬉しくて嬉しくて、溢れる涙を止められなかった。

 情けない、 恥ずかしいと思っているのに、声をあげて泣き出すのを止められない。


 子どものように泣きじゃくるマナの隣に、セイジが黙って腰を下ろした。花園の向こうにきらめく陽の光に目を細め、躊躇いがちに手を伸ばす。

 マナの肩に触れる、その前に、その手は草の上におろされた。


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