僕と獣と夜桜と


「もう一度、やり直したいの」


 真夜中に、スマホから漏れる懐かしい声。


「やっぱり、あなたじゃないとダメなの……」


 切実な想いに、僕の中の獣が頭をもたげた。

 そうして奴は、心の古傷を掻き毟る。


 胸の奥は悲鳴を上げるけれど、

 そこから目を逸らし、

 必死に気付かない振りをした。


 ここで隙を見せたなら、

 獣は何の躊躇いもなく、

 僕の喉笛を噛み切るだろう。


 突然に別れを切り出し、

 僕の心へ深い傷を負わせたのは君だ。

 恋心など、あの晩に見た夜桜のように

 散り果ててしまった。


 膝をつき、

 いくら花びらをかき集めようと、

 そこへ再び花が咲くことはない。


「今更、どういうつもりだよ」


 僕は桜の枝を折り、

 暴れ続ける獣の額へ渾身の力で突き立てる。

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