屋上の風は強く、心なしか冷たかった。


「……来たか」

「赤井……」


 赤井は、すっかり変わり果てていた。

 低く、抑えられた声。

 風にはためく漆黒のマント。

 こいつは本当に、あの正義バカの赤井なのか?


「その名は捨てた。今の俺は悪の首領、アカイサウザーだ」


 瞬間、空気が凍りつく。


「……うっわぁ、痛い」


 桜庭が冷静に素直な感想を述べる。


「その黒マント、もしかして自作ですか?」


 あまりの滑稽な姿に、容赦なく緑川がツッ込む。


「しっ! 黙っててやれって!!」


 こんな状況でも、いい人だな黄瀬。

 ……気を取り直して俺はアカイサウザー、もとい赤井に向き直った。


「もうこんなバカな事はやめろ。戻って来い」

「それはできん。この学園を恐怖で支配する、それが悪たる俺の使命だからな」


 作ったような低い声が返ってくる。

 どうあっても、俺の呼び掛けに応えるつもりはないようだ。


「何故そんな事をする必要がある! 悪なんて……必要ないだろ!?」


 と、そこに、


「そうですねぇ、所詮貴方の悪事なんて、たかが知れていますし」

「そろそろ気が済んだでしょ? 戻って一緒にまた活動しようよ」


 緑川と桜庭が珍しく一歩進み出た。


「なに?」


 赤井が睨みつけるが、桜庭はそれをにっこりと微笑み返す。


「僕も結構楽しかったんだよ? ヒーロー同好会の活動」

「桜庭……」

「そうです」


 緑川がそれに続く。


「仲間と一緒に何かやるのはいい事ですよ? たとえ地味でも、有意義です」


 今度はいつもの人を馬鹿にした感じではない、心からの言葉。


「緑川……」


 まだ声を作ってはいるが、赤井が明らかに動かされつつあった。


「……ったく」


 そこに黄瀬が、


「無理やり仲間に引き入れといて、挙句戻れねぇだぁ? ……認めねーぞ、俺は」

 慣れない事を言ったせいか、照れくさそうにそっぽを向いた。

「黄瀬……」

「……さ、戻って来い」


 俺が手を差し伸べると、


「青野……みんな……」


 一気に赤井の目が潤みだし、


「すまん。俺は、俺はぁ~っ!!」


 途中から完全に元の声に戻り、マントを脱ぎ捨てて俺に泣きついてきた。


「まったく……寂しがり屋のくせに、意地張りやがって」

「あ~りゃりゃ、呆気ない」

「彼も結構無理してたんでしょう」


 泣きじゃくるリーダーを囲むメンバー達。


「いいんじゃねーのか? めでたしめでたしって事で」


 と、


「うむ……」


 赤井が鼻をすすりながら、


「終わり良ければ全てよし!!」

「お前が言うな!!」


 屋上に、盛大なツッ込みが響き渡った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る