「さて、晴れて全員揃ったところで、会議を始める」

「ってちょっと待て」


 赤井はきりりと表情を引き締める。

 だが俺達二人(言うまでもなくもう一人は黄瀬)は、その中で満ち溢れる違和感を見逃しはしなかった。


「……なんで部室があるんだよ?」

「いきなり部室もらえるなんて、話がうますぎねぇか?」


 そこに緑川が一歩進み出た。


「いえいえ。生徒達の積極的に活動に取り組もうとする姿勢に、先生も協力的でしたよ☆」


 それはもう爽やかなスマイルで言う彼に、


「そうそう♪ まぁ最初は教室の空きがないとかどうとか言ってたケド」


 と、桜庭も続く。

 だが、


「それでどうやってもらえたんだよ?」

「ちょっと……」


 ゆっくりと目をそらし、


「……正義の力で★」

「あっ! その手に持ってる写真……教頭? 夜の街で、若い女の人と……」


 ちなみに教頭先生には若い奥さんはいない。


「こ、これって……教頭先生、そんな人だったなんて……」


 俺は衝撃の事実に愕然とした。


「脅迫したんじゃねーか!」

「…………てへっ★」

「とまぁ、そんな訳だ」


 どんな訳だ、赤井。


「それでいいのか、ヒーローが……」


 普通、少なくとも脅迫はしないだろう。


「さて、疑問も晴れてスッキリした所で、改めて会議に移ろうと思う」


 赤井が何ごともなかったかのように仕切り直す。

 確かに疑問は晴れたけれど、


「スッキリしてねーよ」


 だがそんな黄瀬のツッコミも軽くスルーして、ヤツは話を続けた。


「平和な学園にはびこる悪を退治していくというのが我々の活動だが……ひとつ、大変な事に気付いてしまった」


 一転、赤井の顔が険しくなる。

 それにつられた俺は、


「大変な事……?」


 そう聞き返す。

 こいつは一体どんな事に気付いてしまったのか。


「この学園には……」


 この学園には?


「……強大な悪の組織がないのだ」


 何を言い出すのかと思えば、そんな事で。

 俺は危うく座っていた椅子から落ちそうになった。


「あ、気付いちゃった」

「結構かかりましたねぇ」


 ピンクと緑のコンビは、案外冷静だった。


「……あぁ? いい事じゃねーか」


 俺とほぼ同様の反応で、ずり落ちかけた身体を戻しながら黄瀬は言った。


「ていうか普通ないぞ」


 ごく普通の学校に当たり前のように悪の組織が存在されても困るだろう。

 だが赤井は、


「いーやーだー! 悪の怪人と戦うのー!! んでもって必殺技とかでドカーンと……」


 じたばたと、駄々っ子のように(というか実際そうだが)暴れだした。


「怪人なんかいないし、一介の高校生は必殺技なんてないし、蹴ったぐらいじゃ敵は爆発せんぞ!」


 どこの特撮の世界だ。


「んじゃヒーローの意味が……」

「別に敵なんざいなくてもゴミ拾いとか募金とか、そうやって人様の役にだなぁ……」


 溜め息混じりに黄瀬が宥めようとするが、


「うわ、募金だって。その怖い顔で」

「似合わないにも程がありますねぇ」

「うるせぇ!」


 ひそひそと聞こえよがしに言う桜庭と緑川にまた泣きそうになる。

 そんな中で赤井は、


「やだやだ、地味すぎるー!」


 まだそんな事を言っていて、


「あーもうこの子ったら、我儘言うんじゃありません!」


 いつの間にかお母さん口調になってしまっていた。

 しばらくそんなやりとりを繰り広げていたが、突如赤井の動きがぴたりと止まる。


「……決めた」

「あ?」


 小さな呟きに黄瀬が聞き返すと、


「みんなのためだ。ヒーローとして、俺自らが礎となって……」


 その一言に、俺はなんだか果てしなく嫌な予感がした。


「それは、つまり?」


 その先を聞きたくないような気もするが。


「いないなら、作ってしまえホトトギス! 俺が悪の組織を作ってやる!!」


 見事に的中……しないで欲しかった。

 一言一句違わずに、奴は予想通りのセリフを吐いた。


「まっ、待て赤井! 早まるなぁ!!」


 だがこうなったこいつは止められない。


「ハッハッハッハ! ……さらばだ!!」


 赤井は悪人っぽく身を翻すと、

 ガチャッ……


「失礼しましたー」


 バタン。

 一礼して部室をあとにした。

 残された俺達は、


「あ……赤井?」

「マ、マジかよ……」

「あーあ、バカだねーあの人」

「やれやれ、どうなる事やら」


 それは俺にもわからない。

 とんでもない事にならなければいいが……


「赤井……」


 俺の呟きは、閉ざされた扉の向こうには届かなかった。

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