第12話 傘
「これを平方完成して……」
窓の外はひどい雨。
朝から降り出して、7限目に至るまで、ずっと降り続いている。
数学の授業と、雨音とをぼんやり聞いていると、隣から小さな紙切れが回ってきた。
ちらりと教卓のほうに目をやる。先生は私たちに背を向けたまま解説をしている。
そっと開くと、リナの濃く丸い字が躍り出た。
『何考えてるの?』
リナのほうを見ると、ニッと笑いかけられた。リナは私の隣の隣、つまり間に一席挟んでいる形だ。隣の子とはそこそこ仲良くなって、同じ歌手が好きだということでリナと盛り上がっていた。
『雨、ひどいなぁって』
シャ-プペンを紙片に走らせる。
素早く隣の子に手渡すと、あっという間にリナのもとへ運ばれた。
『ほんと、ひどいね。っていうか、数学全然わからんww』
『真面目に聞けばわかるでしょ』
『聞く気がない。あとで教えて』
『教えてあげるから、とりあえず前向いて先生の話聞きなよ』
『はーい』
適当なところで切り上げないと、リナの「メモ回し」は延々と続く。少しは付き合うけれど、ほどほどにして前を向かせる。
私もちゃんと聞いとかないと。
「じゃあ、次の授業までに132ページの問題2まで解いてくるように」
先生が言い終わるとほぼ同時に、みんなの椅子がガタガタと鳴る。
「ありがとうございました」
教室は一気に騒がしさを取り戻す。その喧騒の中をまっすぐリナは私のもとへやってきた。
「あーあ、この雨じゃ、今日の部活部活は室内トレーニングだよ。梅雨は雨ばっかでつらいねぇ」
憂鬱そうにリナはため息をつく。
「……仕方ないよ。夏になったら遊びに行こう」
教科書類をまとめながら答えると、リナが食いついた。
「そーだよ! みんなで遊びに行こうよ。中村なんかも誘ってさ……って、そういえばサクラ、あれから進展あったの? 」
「……そんな、進展も何も……」
あれから中村君としゃべったのは数えるほどしかない。まぁ、挨拶くらいはするけど。
「ふーん? 私はてっきり、サクラはもう中村のことが好きなんもんだと」
疑わしげにリナは言うが、
「……自分でもわかんないんだもん」
私にはそう答えることしかできない。
「ま、いいや。とにかく夏休み、いや梅雨が明けたらみんなで遊びに行こう」
ついこの間桔梗ちゃんと三人で遊んだばかりだけど……。リナにとってははるか昔のことらしい。
「私は未来を見る女だからね! 」
……なんか違うと思う。
部活に行きたくないと文句を言いながらも体育館へ向かったリナと別れ、昇降口まで来たところで思い出した。
「……傘忘れた」
困ったことに、雨はいまだ止む気配がない。それどころかむしろ強くなってきている気さえする。
どうしよう。濡れて帰るわけにもいかないし……。
と。
「あれ、藤島? どうしたの? 」
噂をすればなんとやら。中村君だ。
「……傘、忘れちゃって。中村君こそ、部活は? 」
「今日はちょっと予定が入ってて休んだ。傘なら、俺持ってるから貸すよ」
私が返事をする間もなく、中村君はかばんの中から折り畳み傘を取り出すと、ひょいと私に放った。
「……あ、ありがと。でも、中村君の傘が……」
「ああ、それは大丈夫。もう一本普通のがあるから。あ、そっちがいい? 」
「……ううん、大丈夫。ありがとう」
久しぶりの中村君との会話。少しぎこちなかったけど、私にしては頑張ったほうだと思う。
「返すのはいつでもいいから。じゃ、気を付けてな」
「……うん。中村君も」
バッと傘を開いて雨の中を歩きだした中村君に、小さく手を振る。
なんだか少し、ドキドキした。
これが恋かはまだわからない。でも、この気持ちは忘れたくないと思った。
雨が、心なしか弱まった気がした。
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