第11話 やんちゃ

「「「ありがとうございました!」」」


 月明りだけが煌々こうこうと夜道を照らす。


 藍先輩は、いつもの笑顔で言った。


「大したことはしてないよ。たまたま通りかかっただけだし。ケガとかもないみたいだし。よかったよかった」


「ほんと、先輩に助けてもらえなかったら、私たち今頃……」


 それはとても怖い想像になる。もし、先輩に出会わなかったら……。って、あれ? たまたま?


「……藍先輩、何されてたんですか? 」


「んーっと、妹のお迎え? 」


 こてん、と首をかしげて先輩は答える。


「妹さんがいたんですか !? 」


 桔梗ちゃんが訊く。もちろん私もリナも初耳なので興味津々しんしんだ。


「うん。じゃ、とりあえず君たちを家まで送るから、歩きながら話そう」


 そう言って先輩は歩きだす。


「えっと……妹さん、いいんですか? 」


「うん。ぶっちゃけ、まあまあ使えるのが一緒みたいだし。僕がわざわざ行くこともないし」


 まあまあ使えるの……? 誰か一緒にいるのかな……。


「っていうか、知らない? 川崎かわさき祐希ゆき。高一だよ? 」


 私は知らないけど……。隣でリナも首を横に振る。


「あ、知ってます! 私と同じクラス。めちゃめちゃ可愛い子。え、藍先輩の妹だったんですか !? 」


 桔梗ちゃんは知ってたみたいだ。


「うん。可愛いでしょ」


 先輩は自分のことのように嬉しそう。笑顔当社比1.2倍、ってとこかな。


「ちっちゃいころから可愛かったんだけど、中学一年くらいから可愛さに磨きがかかってね……」


 妹がいかに可愛いかを熱っぽく語り始めた。いつものクールで雅なイメージとのギャップが激しい。もしかしなくても先輩ってシスコン……。


「わ、わかりました。それにしても先輩、すごく強かったですけど、何か格闘技をされているんですか? 」


 非常に申し訳なさそうにリナが先輩の話を止める。先輩には悪いけれど、このまま放っておくと、延々「祐希さん」の話を聞くことになりかねない。


「いや。全部自己流。中学の時ちょっとやんちゃしててね」


 にっこり笑ってそう言われたけど、「やんちゃ」って……。


「ふふふ、ちょっと想像できないでしょ。今は大人しく猫かぶってるからね」


 いたずらっぽく先輩は笑う。


「でも、すっごくかっこよかったです! 」


 興奮に頬を染めて桔梗ちゃんが言う。


「ありがと。あ、でもそれで目立つのはヤだから、内緒で」


 秘密、と口の前に人差し指を立ててウィンク。これは反則だと思う。さぞかしモテるんだろうなぁと思いながら、整った横顔を眺めた。


「あ、私ここまでで大丈夫です。ありがとうございました」


 リナがぺコンと頭を下げる。サラサラと短い髪が彼女の頬を撫でた。


「……じゃあね、リナ」


「またあそぼ」


「足元に気を付けて」


 めいめいに声をかけて、また歩く。


 しばらくの沈黙。三人の足音だけが夜道に響く。どこかから、犬の遠吠えが聞こえた。


「……あの」


 不意に、沈黙を破って桔梗ちゃんが口を開いた。


「ん? 」


 私と先輩は立ち止まって振り返る。一瞬ためらって、桔梗ちゃんは言った。


「先輩って、彼女いるんですか? 」


 ワオーンとまた遠くで犬が鳴いた。先輩は細い瞳をわずかに見開いて、また細める。


「いないよ」


 ふっと口元を緩めて先輩は答えた。その声はいつもと同じようで、どこか冷たさを感じさせながら、少し肌寒い夜の空気を揺らした。


「そう、ですか」


 桔梗ちゃんは、嬉しそうでいて、悲しそうでもあった。相反する感情が混在した表情からは、彼女の真意が読み取れない。ただ、そのどこまでも澄んだ瞳には、藍先輩の姿だけが映っていた。




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