第13話 「好き」ということ

窓の外では、まだ雨が降り続いている。


「中村君……」


ベッドの上に横になって、天井を見つめながら私は一人、つぶやく。

口から零れ落ちた彼の名前が私の胸を締め付ける。思わず枕をきゅっと胸に抱いた。


やっぱり私、中村君のことが好きなのかな。


どこかでカエルがケロケロ鳴いている。


雨が水たまりを作る音。


雨が屋根を叩く音。


「好き……」


ひとたび私の中から飛び出してしまった言葉は、もう帰ってはこない。

その二文字は、一人だけの部屋にただ静かに揺らいで、消えた。


なんだか顔が熱い。寝返りをうって、顔をベッドに沈み込ませた。

シーツのひんやりとした感触が心地良く感じられる。


「……課題しよう」


わからないことに悩んでいても仕方ない。リナや桔梗ちゃんにまた聞いてもらおう。そしたらきっと、何かわかる。


ベッドから起き上がって机に向かう。

でも、なんとなくやる気が出ない。ぼんやりと椅子に座ったまま、窓の外に目をやる。


雨は、しとしとと静かに梅雨の空気を濡らすばかりで、何も答えてはくれない。

もともと何か答えを期待していたわけじゃない。でも、誰かに何か答えてほしいような気がしていた。何かって? 何かって何だろう。


──好きって何だろうね?


不意に、この間の藍先輩の言葉がよみがえった。あれは確か、桔梗ちゃんと別れてからの会話だったと思う。



* * *



「好きって何だろうね」


唐突に、藍先輩がそう言った。


「……はい? 」


一瞬、何を聞かれているのかわからなくて、思わず聞き返す。


「誰かを好きになるって、どういうことなのかなぁって」


リナたちならキャーキャー言いながら話すようなことを、藍先輩は至極真面目な表情で言う。


「……わかりません」


何と答えたものか迷って、結局そう答えた。


「僕もわからない。まぁ、だから訊いてみたんだけど。好きな人好きな人っていうけどさ、結局その『好き』ってどういうことなんだろうね。僕は基本的にみんな好きだし、人それぞれいいところ、悪いところあると思う」


藍先輩の静かな声が、住宅街に響く。


「僕は、誰のことが好きなんだろう」


不意に藍先輩が足を止める。


「藤島は、好きな人ってどう思う? 」


「……私は、好きな男の子とかはいませんけど、リナや桔梗ちゃんが好きです。好きって何なのかもよくわかりませんけど、たぶん一緒にいて楽しいってことなんじゃないですか? 」


久々にリナたち以外の人に、ここまで一度にしゃべった。緊張も混じって、口の中がカラカラになる。


「一緒にいて楽しい、か。そうかもしれない。ありがとう、藤島」


フッと息を漏らして微笑むと、また藍先輩は歩きだした。


「ここまでで、大丈夫? 」


「……はい。ありがとうございました」


気が付けば家の前だった。


「じゃ、また部活で」


「……藍先輩もお気をつけて」



* * *



「……ああ言ったけど、結局どうなのかなぁ……」


なぜ、藍先輩は突然あんなことを聞いたのだろう。

……桔梗ちゃんの質問が、一番関係ありそうだけど。


もしかして、藍先輩にも好きな人が? とも思ったけれど、どちらかといえば恋愛じゃなくて兄妹愛な気がする。


きっと私も藍先輩と一緒だ。

好きな人が、好きってことが、わからない。


好きな人。


一緒にいて楽しい人?


一緒にいたい人?


みんな、どうやって「好き」ってわかるのかなぁ。


ピピピピ、ピピピピ……


毎日6時と18時に鳴るアラームの音で気づいた。


「……課題始めてすらなかった……」




  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る