第11話 対極の邂逅

 パーティ会場は突然開いた大穴から出てきた巨人達により、大混乱へと陥った。

 だがこの不測の事態から迅速に収拾へ導いたのは二人の来訪者だった・・・

「せっかくのエルム家全員が集うパーティだというのに散々だ」

「少し静かにして、これで傷が癒えるはずよ」

 愚痴をこぼすエルム家の男。

 聖職者と思わしき装いをした少女が掌から光を生み出し、男の腕の傷がみるみる塞がっていく。

「おお!ありがとよ・・・!アンタ、光の修道女さんなのかい?」

「私は祓魔師ふつましなんだけど・・・似たようなものね」

「国は違えど・・・あなた達に聖女様の加護があらんことを」

 少女は目を伏せると、短杖を胸元へ寄せ、祈るような仕草を取った。


 庭園を見渡し怪我人を確認している最中、白光の鎧を装備した青年が館から出てくる。

「フレッド!」

「これで全員みたいだ。エステル、治療の方は?」

 白光の国からの来訪者、聖騎士アルフレッドと祓魔師エステル。

 この二人が混乱を最小限にとどめていた。


「一通りは終わったわ。何が起きているの?エルムの騎士は?」

「他の騎士達も見当たらない」

「噂通りの金にならない仕事はしない、傭兵まがいだったみたいね」

 エルムの騎士達を鼻で笑うエステル。

「そんな・・・騎士とは弱き人達を救うのが…」

 同じ騎士という称号も国によっては重みが違うのか。

 落胆するアルフレッド。

「白の国以外の騎士なんて、信用できないわよ」

「そういう、排他的な考えはよくな――」


 その時、領主館の方向から甲高い鉄同士をぶつけた様な音が大きく響く。

「何の音・・・?館の方からね」

「・・・行こうエステル、嫌な予感がする」


 アルフレッド達は緊張した表情で領主の館の中へ入って行く・・・

 建物内にはまるで今見ている光景を風景画にして、切ってずらした様な光景が広がっている。

 まるでおとぎ話のような、今まで見たことのない奇妙な違和感が二人を襲う。

「どこも同じ高さで切れ目が走っているわ・・・」

 切れ目の発生源をたどるように館を走る二人は、パーティ会場へと辿り着く。




「・・・これは!」

「うっ・・・なんなの・・・これ・・・」

 二人が目にしたのは横たわる裸の遺体が複数、それと同じ数の床に転げ落ちた人間の頭。

 既に全員息絶えている、即死に違いない。

「皆、同じ傷で首を刎ねられてる・・・相当な手だれの仕業だ」

「て、天へ旅立つ者達に聖女様の祝福を・・・」

 エステルは短杖を胸に構え、祈りを捧げる。

 短杖を握る手は初めて見る惨殺死体に、僅かばかり震えていた・・・


 異様な事に全ての遺体が見事に首から上を失くし、断面はまるで血を抜き取ったように白い。

“人の形”を保ってはいるが遺体の皮膚はしぼんで干からびたような皺が全身に広がっている。

 不思議な事に、床や壁には血の後が一切見られない。


 一体彼らが何者なのか二人には見当がつかなかった。

 ふと、アルフレッドがエステルに問う。

「そういえば襲撃者の特徴は?」

「みんな言ってることが違ったわ、女だとか男だとか空を飛んだとか」

 エステルは遺体を見つめたまま、震えた声でアルフレッドへ答える。

「それにしても…ひどい…」

 動揺するのも無理はない。

 彼女が今まで見た事があるのは、葬儀の為に死化粧で整えられた遺体だけ。

 聖騎士アルフレッドの旅に同行しているとはいえ、死体を見る事に慣れている訳ではない。


「ただ・・・みんな、ひとつだけおなじことを・・・いったわ」

「一つだけ・・・?」

「・・・『黒い霧を見た』って」

 なんにせよ、襲撃犯の正体が分かる筈も無かった。


 必死にこみ上げる嘔吐感をぐっとこらえるエステル。

 強気な少女だが、こういった経験が薄いことはアルフレッドも重々承知していた。

 配慮が足りなかった事に反省するアルフレッド。

「ごめんよエステル、辛いなら無理をしなくても・・・此処から先は僕だけで―」

「い、いい・・・少し刺激が強すぎただけよ・・・」


 建物内に広がる切断面がみしみしと音を立て、徐々に崩れ落ちていく。

 後ろを振り向くと、会場の入口が崩れてしまい戻る事ができなくなっていた。

 襲撃者達の進入路だったであろう床の大穴も天井の一部が落ち、塞がれてしまった。

「きゃあ!」

「エステル!こっちだ!」


 アルフレッド達は北側の破られていた窓から外へ飛び出し、瓦礫の下敷きを免れた。

「・・・なんとか助かったね」

「はぁ・・・はぁ・・・あれ?」

 全力疾走した後、肩で息をつくエステルは足元のガラス片に気づく。

「・・・皆同じ方向に避難したはずなのに、どうしてここを突き破った後が…」

 明らかに、誰かがここから脱出した痕跡だ。

 結論はひとつしかない。

「きっとこの先にこの事態の原因がいるはずよ・・・」

「行こう、エステル。襲撃者を捕まえる!」





 一方ルーク達は庭園を駆け抜け、合流地点を目指していた。

 飛行が可能である『魔女』のレイチェルがいるにも関らず、彼らが地に足を付け逃走するのには訳があった。


「ドレッドと違って私は足が遅いから、文句は言わないでね」

「たまには空を飛ばないで、こういうのもいい運動になるんじゃないか」

「『魔女』は運動しなくても魔法でどうにでもなるの!」

 レイチェルはたまにこうやって魔女であることをひけらかす時がある。

 ドレッドが呆れた理由もルークには大体分かって来た。

 こういう表現をする時はつまるところ『お前とは違う』と言いたいのだ。


「こんな短期間で覚えた魔断であんな威力が出せるなんて、正直おかしいと思ってた」

「ハ、ハハハ・・・本当にごめん・・・」

「・・・しっかりとんでもない“反動”を貰ってるね」


 屋敷を半壊させるほどの衝撃を放った代償に、ルークは地面から足を放せない不可思議な現象が発生していた。

「地面に体のどこかしらがついていれば、ゆっくり走る事はできるみたいだ」


 レイチェルが言うには非現実的な魔法ほど多大な魔力を必要とするという。

 魔力の保有量を超えた場合には魔法の動作が停止するのが普通だが…

 強い意思で無理矢理に魔力を引き出した場合、それ相応の反動が発動する。


 ルークは“自分の魔力を使えない”

 それ故に周囲から魔力を集め、剣へ宿らせている。

 魔断は常に魔力を集め続けている状態であり、強力な魔力の奔流が“光る刃”として発生する。


 精神力が左右する魔法の理では想いや意思が重要になる。

 それは意図せず反動も招くほど過剰な魔力を強く欲していたという事。

 ルーク自身にも思う節はある。

 終撃に不可視の“鎌”を放った時には強い疲労感と一時的に左手の感覚を失っていた。

 その事実から、レイチェルはモーガンがどうして『魔断』を教えなかったのか納得できた。

「あなたは冷静そうに見えて、精神はまだまだ子供ってこと」

「な・・モーガンと同じ事を・・・オレはもう大人だぞ!」

「そういう台詞は『魔断』を使いこなせるようになってから」

 ルークは無意識の内に起きる反動の原因を精神の未熟さと指摘され、機嫌を悪くする。


「・・・ところで聞いてもいいか」

「どうかした?」

「巨人相手に苦戦してたのに、エフラムは・・・『冥府送り』できたのか?」

 ルークはあんなに苦戦した相手にいったいどう渡り合ったのか興味があった。

「解毒薬を使ったの、前に薬瓶を拾ったでしょ?あれから即興で作ったの」

 巨人の速さからして接近戦に持ち込まれると勝ち目がない事を予想したレイチェルは解毒薬を作っていた。

 護衛の兵士に招待状がないのを誤魔化したときのように操り、エフラムへ一杯の茶を飲ませた。

 元の人間に戻った後、暗殺する算段を立てていたレイチェルだが、計算が外れる。

「飲んだと思ったら・・まるで頭以外の部位が意思を持つように膨れ始めて・・・」

「・・・最終的に四散して絶命したよ。その後、巨人が次々と地下から溢れるように・・・あとね」

 歯切れが悪い喋り方をするレイチェル。

「背中に腕が何本も生えていたの、例えるならアレは“羽”と言ったほうがいいかも」

 今までの話の流れから聖血清は危険な強壮薬と聞いていたが・・・

 巨人からさらに変貌を遂げた話を聞いたルークは身の毛がよだった。

「その話・・・本当なのか・・・?」

「腑に落ちないって顔してるね。他には何かある?」

「一つあるんだけど・・・これは今じゃなくていい」


 ルークはヒドゥンの事も聞こうとしたが、後方を確認して口をつぐんだ。

 闇夜に浮き出るような“白い影”が視界に映ったような気がしたからだ。

「・・・それよりも黒霧を撒けるか?後方に何か人影が見えた気がする」

「相変わらず妙な視力をしてるね・・・構わないよ」

 黒霧は風に乗り、あっというまに庭園の道を隠した。

 後方の景色が見えなくなるほど深い暗闇が生まれる。

「これで大丈夫かな」

 安堵したレイチェルが再び走ろうとしたときだった。


『光よ!我が盾に集いて闇を打ち払え!ライジング・サン!』


 黒霧の中から声高な男の叫び声が聞こえると、霧が晴れまるで日中のように周囲が明るくなった。

 今までこの黒い霧を打ち破った人物をルークは見た事がない。

「おいおい・・・大丈夫じゃない・・・黒霧が消えたぞ・・・!?」

 動揺を禁じえないこの状況で、最も焦りを見せたのは言うまでもない術者のレイチェルだった。

「この黒霧の中で魔法を使えるのは・・・とても極端な結論しかない・・・」

「・・・どういうことだ?」

 ルークに黒霧が効かない事も不思議には思っているが、彼は霧を払う魔法を知らない。

 黒い霧は負の感情を煽り、恐怖を誘い、幻覚を創りだす。

 そんな中、正常な精神を保ったまま魔法を発動させるのは容易な事ではない。


「心を殺すほど堕ちた“狂人”か、心の闇を知らない“聖人”くらい・・・でしょうね」


 霧を飲み込んだ日輪は落ち着きを見せ、光が薄れていく。

 光の中から現れる二人の人影。

「やっと追いついたわね・・・」

一人は白いローブを着た金髪の聖職者風の少女。

そして盾を掲げた白い騎士の男。


「あなた達ですね?この惨事を作り出したのは」

 盾を露でも払うように降ろすと、女と同じ色の金髪と精悍な顔立ちが露になる。

 騎士は自らの胸に手を当て堂々と名乗る。

「僕は聖騎士アルフレッド・ウィル・ロード」

 白い鎧に施された金色の装飾やマントが威風を放つ。


「速やかに投降を願います」

「嫌だと言ったら、どうする?」

「ならば・・・」


 警告を無視したルークの問いにアルフレッドは剣を構え、迷いの無い瞳をこちらへ向ける。


「人を殺めた罪・・・聖女様に代わり神罰を執行します」

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